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第210話 「憤怒と情欲の魔神」

 蒼い火球がだんだんと輝きを増し、何者かが現れようとしている。

 その眩きの照り返しを受けた黒髪の悪魔は顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「がはあ、あああああ!」


 咆哮と共に現れたのは巨大なドラゴンに跨り、雄牛、人間、そして山羊計3つの頭を持つ異形の悪魔だ。

 蛇の尾、足には鴛鴦おしどりのような水掻きを持ち堂々とした体躯を誇っている。

 またその手には巨大な槍と旗を持っていた。


 モーラルはリーリャを守るように彼女の前面に立ち塞がる。

 リーリャはモーラルの背後から異形の悪魔の様子を怯えたようにそっと見詰めていた。


 実体化し終わると自分を召喚したグレゴーリィに向って一礼した異形の悪魔は、改めて黒髪の悪魔に対して向き直る。

 異形の悪魔は真っ赤に裂けた口から息と共に真っ赤な炎が吐き出され、目の前で相変わらず微笑を浮かべている黒髪の悪魔に対して問い質す。


「我があるじに逆らうはお前か? 我の名は分かるな? 言ってみろ?」


 腕組みをしたままの黒髪の悪魔は表情を変えず、平然と言い放つ。


「お前は悪魔アスモデウス……『憤怒と情欲の魔神』と呼ばれる者よ」


「正解だ、褒美としてなるべく残酷な方法で殺してやろう」


 名ばかりか2つ名まで言い当てられたアスモデウスは満足して頷いた。

 しかし黒髪の悪魔は苦笑いすると、ひとさし指を左右に軽く振る。


「ははっ、勘違いするなよ。俺が逆らうというよりお前の主が約束を守らない男だから単に困っているだけだ。まあ良い、どちらにしてもお前など俺の敵ではない」


 黒髪の悪魔が人を喰ったような物言いをするとアスモデウスの表情が一変する。


「無礼なり、小物の悪魔の分際でこの愚か者めが!」


「人間の女に横恋慕し散々醜態を見せた貴様に、俺は愚か者などとは呼ばれたくないな」


 まるで以前からの知り合いのように馴れ馴れしく話す黒髪の悪魔に対してアスモデウスの目は更に怒りに満ちた。


「ききき、貴様それを口にしたな。どうやら我を怒らせたいようだが覚悟は出来ているな?」


 アスモデウスはそう言い放つと、跨った竜も主人の怒りを感じたのか怖ろしい声で咆哮する。


「さすが憤怒と情欲の魔神様だ。怒るだけならとても怖そうだ」


 止め処も無い黒髪の悪魔の挑発にアスモデウスはこめかみをぴくぴくさせている。


「き、貴様ぁ! 殺す!」


 その時、黒髪の悪魔の後ろで誰かが吹き出す声がした。

 モーラルとリーリャである。

 アスモデウスが目をこらして見ると今迄自分の姿を怖れていた筈の人間の少女達が面白そうに笑っているのだ。


「き、貴様等ぁ! 許さん! があああああああああ!」


 矮小な人間の少女達に嘲笑されるいう屈辱に、切れたアスモデウスが吼える。

 やきもきしながら、その様子を見守っていたグレゴーリィが大きく叫んだ。

 当然、言葉は出ないので口をぱくぱく動かすだけである。


『アスモデウス、愚図愚図するなぁ! その得体の知れない悪魔を早く殺せ!』


 しかしグレゴーリィの魂の叫びは念話となり、アスモデウスに伝わった。


「御意!」


 アスモデウスは言われるまでもないという表情で、無造作にその口から灼熱の炎を吐きかけた。

 それは以前、あのメフィストフェレスが使用した煉獄ゲヘナの炎と呼ばれる魔法と同等に近い威力の業火である。

 大概の敵は一瞬のうちに消し炭になって消滅する程の威力を誇る、それをアスモデウスは魔力を使わず、口から放射して敵に大量に浴びせかける事が可能なのだ。


 しかし!


 その『業火』は黒髪の悪魔に届く前に忽然こつぜんと消え失せた。


「馬鹿な! 我の煉獄ゲヘナの息が届かない!? い、いや何かの間違いだ!」


 今度は自らの口だけではなく跨った竜の口からも大量の炎が浴びせられる。

 しかしやはり炎は黒髪の悪魔に届く前に虚しく消えてしまうのだ。


「ははっ、何度やっても無駄だな。俺にお前の息は効かない。逆効果だよ」


「糞ぉぉぉぉ!」


 炎が効かないと悟ったアスモデウスは手にした槍を黒髪の悪魔目掛けて思い切り放り投げる。


「その槍はあの魔槍ロンギヌスに匹敵する! 逃げても無駄だぞ! 貴様が躱しても追尾するのだ。覚悟しろよ、我を侮辱したその人間の小娘共々、貴様を刺し貫く!」


 巨大な刃を持つ魔槍が音を立てて迫る!

 ――が、黒髪の悪魔に変化は無い。

 ただ腕を組んでモーラルとリーリャを守るかの様に立ち塞がっているだけだ。

 

 その時である。

 

 黒髪の悪魔の背に何か大きな影が浮かび上がった。

 そして槍がアスモデウスの言う通り3人を刺し貫くかと思えた瞬間である。

 金属を重く弾いたような音が鳴り響くと魔槍は回転しながら逸れ、黒髪の悪魔から少し離れた位置に力なく落ちたのである。


「ななな、何故だ! どうやって弾いた! お、お前は法衣ローブを着ているだけで盾など持っていない筈なのに!」


 アスモデウスが驚いたのは無理もない。

 魔槍はもし弾かれたとしてもアスモデウスの意思を反映して再度、黒髪の悪魔を貫こうとする筈なのだ。

 それが魔力を失ったらしく異界の床に転がっている。


「ま、まさか……み、見えるぞ、あ、あれはぁ!?」


 何と黒髪の悪魔の背には巨大な天使の羽が出現していたのだ。

 それは以前悪魔ヴィネと戦った時に現れた黄金に輝く美しくも神々しい12枚もの羽である。


「あ、あんなアーラを持つ御方は他には居ない! ま、まさか貴様、い、いや貴方様は!?」


 アスモデウスが絶叫する中でリーリャは黒髪の悪魔の背に突如現れた羽を呆然と見詰めていた。


「あの美しい天使の羽こそがあの方だけでなく我々をも守護してくれる完全な翼ペルフェクトゥスアーラよ」


 モーラルが上気した顔で嬉しそうに呟く。


完全な翼ペルフェクトゥスアーラ……」


「そう……創世神にも決して折る事の出来ない……あの方だけが生まれ持った翼なの」


『ええい! どうしたアスモデウス! 主はこの私だぞ! 腑抜けになっている暇などない。早くそいつを殺すのだ!』


 最後の切り札として召喚したアスモデウスが戦意を喪失して行くのを見たグレゴーリィは地団太を踏んで悔しがる。


『アスモデウス、お前は決して私に逆らえない! この書がある限りな』


 グレゴーリィはアスモデウスを召喚した時に使用した一片の紙切れを懐から再び取り出した。


 そしてまた指でなぞり、何か唱えるとアスモデウスは急に苦しみ出してしまったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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