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第21話 「製作依頼」

 やがてルウの採寸は終わった。


「どうした? エルダ」


 支店長のマルコ・フォンティから、エルダと呼ばれた若い女性の仕立て職人は、切なげに溜息を吐き、顔を伏せた。


「おいおい、具合でも悪くなったのか?」


「……いいえ、大丈夫です」


 心配そうなマルコの問いかけに対し、エルダは泣きそうな顔で首を横に振った。


「失礼します」


 エルダは掠れた声でそう言うと、部屋の片隅に控えたのである。


「どうしたんですかね?」


 マルコは不思議そうに首を傾げるが……

 思い直したように話を切り替えた。


「まずは革鎧からですな。素材のサンプルをいくつかお持ちします。それから同じくサンプルを基にしてデザインを決めます。ちなみに法衣ローブや普段着をお選びいただくのも同じやり方ですよ」


「分かった」


 ルウは、マルコの話を理解したようだ。

 フランはふたりの会話を聞きながら、どのような素材が出てくるのか、自分の事の様に「どきどき」していた。


 最初の素材が出された。

 何と!

 凄まじい魔力波オーラを発する白銀の皮革である。


「す、凄い……」


 と、フランが息を呑めば……


「はい! これはかつてある英雄が倒した古代竜エンシェントドラゴンの皮です」


「エ、古代竜エンシェントドラゴンなの?」


「はい! 当店自慢の逸品でございまして、お値段は……」


 いきなりとてつもない素材をマルコから提示され、フランは驚愕の表情だ。

 思わず喉が「ごくり」と鳴った。


「神金貨3枚、金貨3万枚分※となります」

 ※金貨3万枚分=3億円。


「え、ええええっ!」


 思わずフランは大声を出した。

 いくら上級貴族の令嬢とはいえ……

 常識では考えられない素材を見て金額を聞いて、とても驚いたのである。 


 エ、古代竜(エンシェントドラゴン)……

 それも……金貨3万枚って?

 何、これ!?

 こんな凄いの初めて見たわ……

 いくらルウに買ってあげるといっても、流石にこの値段は無理……


 と、その時。

 フランの思いを破るように、何とも脱力しそうなルウの声が響いた。


「悪いけど……これでフランシスカ様と俺、ふたり分の革鎧を作ってくれないかなぁ」


 ルウが収納の腕輪から取り出したもの……

 それは同じような質感をした、漆黒の皮素材であった。

 

 先にマルコが提示した、古代竜だという輝く白銀の皮……

 彼の言う通り、滅多にあるものではない。

 

 しかしルウが取り出したものは……

 古代竜の皮を遥かに超えた、圧倒的な存在感を放っていたのである。


「こ、これはっ! 一体どうされたのですかっ!?」


 それまで余裕だったマルコの表情が一変した。

 一流の商人である彼は、ひとめ見たら商品の『格』を判断する事が出来る。


「ええと、俺の爺ちゃんから、秘蔵のお宝だぞって譲られたものだよ」


 アールヴのソウェルの秘蔵の宝!?

 一体、どのような意味であろう?

 

 フランはとても気になったが、今はそれどころではない。

 

 ルウが、私の革鎧も作って欲しいと言った?

 聞き間違いじゃない?


 すぐに飛び上がりたいくらい、

 否、天にも昇る気持ちとは、まさしくこの事なのかと、フランは実感していたのである。


「ど、どちらにしても! い、今、ドヴェルグ※の職人を呼びますので、しばし、お待ち下さいっ!」

 ※ドヴェルグ=ドワーフです。


 マルコが、急ぎ職人を連れて来るよう、エルダへ命じた。

 

 すると、控えていたエルダがすっ飛んで行き……

 まもなく小柄ながら筋骨隆々、髭面の典型的なドヴェルグの男がエルダに伴われてやって来た。


「何だ、何事だ! エルダが早く来いって言うから来てやったけどよ」


 ルウとフランが先に名乗ると、ドヴェルグは意外にもそのいかつい容貌に似合わず人懐っこい笑顔を向けて来た。


「兄さん、俺はオルヴォ・ギルデンだ。このマルコとは結構長い付き合いでな。元々、バートランドに居たんだが、王都にまで来ちまった」


 フランは、武器防具にはあまり詳しくはない。

 だが、この大陸でも指折りの武器防具職人、オルヴォ・ギルデンの名は聞いた事があった。

 噂では大変な偏屈で、自分が気に入った仕事しかしないと聞いていたが……


「がはは! 何の因果で、せわしくこんな暮らしにくい王都になあ、おい?」


 オルヴォはマルコに同意を求めるが、彼は支店長という立場もあるのであろう、曖昧に笑っている。


「で、俺に見て貰いたいってのは、その滅茶苦茶凄そうな皮かい?」


 やはりオルヴォは、ドヴェルグの一流職人らしい。

 特別商談室に入った瞬間、ルウが提示した素材の異様さに気付いていたらしいのだ。


「むうう……こ、これは!」


 オルヴォが唸るのを、マルコが興味津々といった感じで見守れば……


「おおお、これは何てこったい!」


 大声で叫んだ後……

 「ふう」と、大きくため息を吐いたオルヴォは、熱に浮かされたように喋り始めた。


「確かな事は言えないが……これは多分、神代かみよの頃に生きていた真竜王の皮だ。死ぬ前に、こんなお宝に巡り会えるなんて感動もんだぜ!」


 真竜王?

 真竜王って確か……

 

 フランが幼い子供の頃、神話で読んだ話だが……

 この世を創世した神=創世神が、自分に敵対する者が現れた際、猛き竜の姿に化身して征伐していた事があるという……

 創世神が竜の姿である時に、とある女神との間に生まれた御子が竜の始祖である神聖竜王であり、その直子が真竜王であると言われているのだ。


 こうして……

 創世神の御子を始祖とし、創世神の一族として竜族の繁栄は始まった。

 しかし、後年に力を過信して横暴な振る舞いをする、真竜王の傲慢さに創世神が怒った。

 それまで不死であった竜族に対し、有限の命を与え直して……

 竜は、世界に敵対する邪悪な怪物……

 というイメージを、世界の人々に抱かせるような啓示を出した……という。


 創世神により永遠の生命を剥奪され、邪悪なイメージを植えつけられた竜族。

 彼等は創世神の処置を恨み、その強大な力を背景に世界の各所で暴れまくった。

 それ以来、竜は……

 人族やアールヴ、ドヴェルグを含めた、全ての種族に対する敵として認識されているのだ。


「神の御子の子孫……」


 オルヴォの話に……

 ルウを除いた全員が、呆然としていた。


「ああ、とんでもないぞ。真竜王は不死でこそなくなったが、神に匹敵する強さだったそうだ」


 オルヴォはまたも「ふう」と溜息をつく。

 ドヴェルグ特有の、素材に対する好奇心が彼を興奮させているようだ。


「俺達ドヴェルグから見ればよ、絶対に嘘臭い話だが……アールヴの伝説に出て来る史上最強のソウェルって奴が戦って倒したと言われているんだ」


 フランには、すぐに「ピン!」と来た。

 

 史上最強のソウェルって……

 ああ!

 その人がルウの育ての親なんだわ。


 オルヴォは「ふん!」と鼻を鳴らし、吐き捨てるように言う。


「あの糞いまいましい、アールヴの奴等の間では、心技体に優れた天才的なソウェルなんだとよ」


 糞いまいましいか……


 ルウはオルヴォが毒づくのを見て、苦笑した。

 無理もない……

 アールヴとドヴェルグは種族同士、決定的に仲が悪かったから。

 

 ルウはマルコに了解を取り、オルヴォに話し掛ける。


「ギルデンさんと言ったな」


「オルヴォと呼び捨てで良い」


「ではオルヴォ、実は俺、アールヴとの縁があって彼等の民とも言える者なんだが……仕事は受けて貰えるのか?」


 問われて、オルヴォは改めて見た。

 ルウを頭からつま先まで。


 不思議な雰囲気を持つ男である。

 ルウの漆黒の瞳……

 相手が男ながら、見ていると意識が深く深く吸い込まれて行きそうだ……


 軽く頭を振ったオルヴォは、


「糞アールヴの依頼など、普通なら絶対に受けないが、このお宝絡みだ」


 オルヴォは、「にやり」と笑い、親指をビッと立てた。

 浅黒い顔に、笑った口から覗く歯がやけに白い。


「喜んで……受けさせて貰おう!」


「おお、ありがとう。なら、改めて相談があるんだけど……」


 快諾したオルヴォへ、ルウが穏やかに問い掛け、そして苦笑した。


「俺さ、払う金の事を全く考えていなかった……今、持っている分で足りるかな?」


 のんきなルウの物言い。

 聞いたオルヴォが爆笑する。


「金? ははははは! 良いぜ、良いぜ! 金なんか何とかしてやろうぜ、マルコよぉ!」


 オルヴォは面白そうに叫んでいる。

 

 フランは何故かホッとした。

 自分を不良達から助けた際のルウの表情には、何者にも絶対に容赦しないといった凄味があったから。 

 

 初めてフランを助けた時も同様である。。

 あの時もルウは……

 襲って来た異形に対し、全く容赦しなかった。

 

 だが今のルウは穏やかで飄々としながら、何とも言えない温かみがある。

 

 怒ると怖いけれど、しっかりと私を守ってくれる頼もしいルウ、

 のんきで優しく温かいルウ、

 私は……どちらのルウが好きなんだろう?

 

 困ったように頭を掻くルウを見ながら……

 フランは「くすり」と笑っていたのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

皆様の応援がしっかり私の活力となっております。


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