第205話 「フィリップの驚き」
名前が似ていると指摘がありました。検討の結果、申し訳有りませんが、変更を入れます。
マルク・ヴァロフ⇒ザハール・ヴァロフ
レオニート・アレフィエフ⇒ボリス・アレフィエフ
時間は少し遡る。
ロドニア騎士団とヴァレンタイン王都騎士隊が国境代わりの橋上の真ん中で一触即発状態で睨み合っていた時、侍女頭のブランカ・ジェデクは様子を見に行くと飛び出したのである。
ブランカはリーリャに対して外は危険なので馬車で待っているように言い残した。
やがて外から洩れ聞こえて来た騎士達同士の罵声を聞いてリーリャはやはりと思わざるをえなかった。
そもそも自分の父である国王ボリスを筆頭として、ロドニア側の態度は傲慢この上なかったのだ。
ヴァレンタイン側に対して余りにも礼を逸した数々の行いにより絶対に争いになるとリーリャは最初から危惧していたのである。
しかしリーリャは自分の命にそんなに拘っておらず達観していた。
父の道具に過ぎない自分など状況次第では簡単に殺される可能性がある事も理解していたのである。
それから約2時間が経った。
外がやっと静かになり、興奮したブランカが中に乗り込んで来たのである。
「リーリャ様、大変です! 実は我が騎士団とヴァレンタイン王都騎士隊の間で『果し合い』がありまして……何とヴァレンタイン側が勝ちました。そ、それも9対2で戦ったにも関わらずにもです」
「ブランカ、落ち着きなさい。いきなりそう言われても経緯が全く分りません。最初から説明してください」
息を切らして喋るブランカ。
全く表情を変えずに語るリーリャを見た彼女は自分だけが興奮していたのを知り、大きく溜息を吐いてから、ゆっくりと語り始めたのであった。
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「という訳なのです」
ブランカがそれまでの経緯を話し終わるとリーリャの口元に微笑が浮かぶ。
それを見たブランカは怪訝な表情になる。
彼女にはリーリャの真意が見えなかったからだ。
「ふふふ、井の中の蛙大海を知らず……驕っていた我が騎士達には良い薬になったでしょう」
「リーリャ様! そんな事を仰っている場合ではありません。勢いに乗じて怒りに我を忘れたヴァレンタインの騎士達に乱暴でもされたら如何致します!」
ブランカの言葉を聞いたリーリャは一瞬驚いたように目を見張ると、その後に大声で笑い出したのである。
「ふふふふふ! 可笑しい! ブランカったら、魔獣じゃあるまいし、相手はヴァレンタインの騎士ですよ。そんな鬼畜のような所業をするわけがありません」
それを聞いたブランカは怒ると同時に呆れてしまう。
何という無防備な娘だろうと……
「リーリャ様、それは男性を全くご存じないから出るお言葉でございます。どんな紳士的な男性でも状況次第では狼になります」
ブランカが必死に説いてもリーリャは黙ってにこにこと笑っている。
その様子を見たブランカはそれ以上説得するのを諦めたのであった。
その時である。
馬車の外からこの隊を指揮するロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルから報告があると声が掛かったのであった。
30分後――マリアナよりヴァレンタイン側からの方針の決定が下されたのを知ったブランカ。
彼女はその内容に信じられないくらいの譲歩を感じ相好を崩した。
「おお、何と! それでは負傷した我が騎士団の団員を手当てしてくれた上にセントヘレナへの随行も許すと言うのですか?」
「はい。その上、リーリャ様の歓迎式典のパレードにも参加して良いとの事です。そして……いや、やめておきましょう」
マリアナの美しい横顔が一瞬曇ったが、目先の安全を保証されたブランカの目にはその憂いの表情は目に入らなかったようである。
しかしリーリャも別の事を考えていたのだ。
父ボリスは面子と誇りを第1に考える性格である。
格下だと侮っていたヴァレンタインの騎士達に一方的に敗北したマリアナ達を許す寛容さはあるのだろうか?
答えは……否である。
その結末を考えるとリーリャは自分の行く末よりも騎士達の行く末が気になったのである。
願わくば死ぬのは自分1人で良い……この聡明な王女はそこまで追い詰められていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ正門前、1週間後……
正門上の物見櫓から周囲を見張っていた衛兵は見覚えのある旗が先頭に、そして隣国ロドニアの旗が後方にたなびいて来るのを見つけて急いで王宮に使いを走らせた。
国賓であるリーリャ王女を迎えに行った王都騎士特別選抜隊の一行が無事に戻って来たのである。
報せを受けた王国宰相のフィリップ・ヴァレンタインは急いで支度をして一行を出迎えた。
フィリップは思い出す。
魔法女子学園の理事長であるアデライド・ドゥメール伯爵を呼び寄せたあの日の事を……
これからの事を相談しようと言うアデライドが持ちかけて来たのは彼女の娘フランシスカを娶った義理の息子にあたるというルウという青年に今回の件に関してある程度の権限を与えてくれと言う一見無茶な 申し入れであった。
責任は自分が取るというアデライドの態度にフィリップは戸惑うと同時にレオナール・カルパンティエ公爵など数人の貴族の娘がこのルウと言う青年に嫁いだらしいという噂を思い出していたのだ。
その真偽を確かめるとアデライドは笑顔で頷き、肯定する。
つまり噂は事実だったのだ。
更にアデライドの話した事にフィリップは愕然とする。
リーリャ王女が出発した事の連絡、一団に同行した食客という2人はルウの手の者だという。
そしてそれは騎士隊を預かるカルパンティエ公爵とライアン伯爵も承知の上との事だと。
「閣下には申し訳無いと思っております。しかし何分緊急の件でしたし、国の危機を救うには迅速に対応するしかありませんでした」
確かにアデライドの言う通りではあろう。
もし王女が出発した情報が来なければ警護の対応の遅れなど、それを口実にロドニアはいろいろと難題を吹っかけて来るのは想像出来た話なのである。
しかし秘密裏に事を運ばれ、これからの事に対処出来ない宰相たる自分の立場と面子はどうなるのだ?
一瞬そう考えたフィリップは目を閉じて苦笑し、首を横に振った。
ふ……馬鹿だな。
このような事こそ私の権限や責任で秘密裏に処理しなければ……
陛下には……兄上にはご負担をお掛けしない、こんな時の為の宰相ではないか。
フィリップはそんな葛藤を胸に王女達が来訪するのを待っていたのである。
しかし、王女が無事に着いてもそこからが本当の自分の仕事だ。
リーリャ王女への様々な対応に始まり、その王女とヴァレンタイン王家との橋渡し役の重責が彼の両肩にのしかかる。
そして険悪になりがちな警護役のヴァレンタイン王都騎士隊とロドニア騎士団のバランス調整も必要である。
騎士団以外に随行するロドニアの者達への配慮も欠かせない。
そして最大の仕事が野心を剝きだしにしたロドニア国王ボリス・アレフィエフへの連絡、調整等になるのだ。
そんな悲壮な覚悟を持って一行を出迎えたフィリップに驚愕の表情が浮かぶ。
何と正門から入場したヴァレンタインのとロドニアの一行の間には長年の知己のような雰囲気が流れ、和気藹々としていたのであった。
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