第203話 「圧倒」
「な、何! あ、ありえん!」
地に伏したイグナーツを慌てて運ぶロドニアの騎士達を見てロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルは歯軋りする。
それに引き換えヴァレンタイン王都騎士団からは大きな歓声が上がった。
圧倒的に有利と思われていたロドニア騎士団の屈強な騎士の1人が何という事かヴァレンタイン王都騎士隊の食客にあっけなく倒されてしまったからである。
「さあ、次はヴァレンタイン王都騎士隊食客ヴィーネン、前に出よ!」
ヴィーネンを呼び出す王都騎士隊を統括するレオナール・カルパンティエ公爵の声にも一段と力が入る。
「ロ、ロドニア騎士団ボフミル・デイエク前に出よ!」
逆にロドニア王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカの声も心なしか震えている。
次に進み出たボフミルは身長2m、体重120kgを遥かに超えるという巨漢であった。
ヴィーネンもやはり兜をつけずにボフミルを見詰めており、クレイモアを杖代わりにして立っていた。
つまり構えてもいないのである。
それを見たボフミルは激高した。
「き、貴様ぁ! イグナーツの仇め、覚悟しろ!」
「ははは、それならバルバなのだがな」
不敵に笑うヴィーネンを見てボフミルは更に熱くなる。
「黙れ、黙れ、黙れぃ! お前を殺せば次はそいつだ。し、死ねぇ!」
ボフミルはやはりヴィーネンの兜を装着していない一見無防備な頭部を狙った。
がいいいいいん!
重い金属音がした。
今度はヴィーネンがクレイモアでボフミルの一撃を受けたのだ。
ボフミルは渾身の力を込めて斬り伏せようとする。
しかしヴィーネンは涼しい顔だ。
「さすがロドニアの騎士は力を自慢するだけの事はある。まあまあといった所かな」
「う、動かない! それに手、手が痺れて……」
ボフミフの剣を持つ手はわなわなと震えていて思うように力も入らないらしい。
その上、ヴィーネンの凄まじい力に抑え込まれて思うように動かせないようなのだ。
「ははは、ほれぇ!」
そうこうしているうちにヴィーネンは軽くクレイモアを捻るとボフミルはその膂力に負けて容易く剣を巻き上げられてしまう。
クレイモアは弧を描いてボフミルの手から飛んで行った。
「ううう、ち、畜生! こうなったら自棄糞だ」
剣を取り上げられたボフミフは雄叫びをあげてヴィーネンに向けて突っ込んで来た。
もし殺されても自国の名誉の為に、後で戦う仲間の為に、1回でも相手に拳を入れようとする捨て身の行為である。
それを見たヴィーネンも大剣をその場に投げ捨てた。
な、何ぃ!
ヴィーネンを見ていたジェローム・カルパンティエは驚いた。
敵は丸腰である。
普通に考えたら一方的に嬲る事が出来る筈なのだ。
そんなジェロームの眼前で身体と身体が激しくぶつかり合い、2人の巨漢はがっちりと組み合う。
突っ込んだボフミフもヴィーネンの取った行動に意外なようだ。
「な、何故!?」
「お前が素手なら私も素手だ。それがこの果し合いの趣旨であろうぞ」
爽やかに答えるヴィーネンにボフミフはハッとするが、直ぐにその表情が笑顔に変わった。
「ヴァ、ヴァレンタインにもあんたのような騎士が居たとはな……」
「ははは、ボフミフとやら。全てを分かりあえなくても、人とはひょんな事がきっかけで友人になれるものだ。この戦いが終わったら私がエールでも奢ってやろう」
それを聞いたボフミフは満足したように頷くと組んでいる腕に力を入れ直す。
ボフミフの腕に力瘤が盛り上がるが、ヴィーネンの身体は相変わらず動かない。
「ふん!」
ヴィーネンがそれで終わりかというように気合を入れると易々とボフミフを自分の真上に抱え挙げた。
真上に抱え上げられたボフミフはもう覚悟を決めたようだ。
暴れたりしないで、じっとしている。
「良い覚悟だ」
やがてヴィーネンによりボフミフの巨体が思い切り地に投げられ、石造りの橋はその衝撃で大きく揺れた。
そしてもろに背中から落ちたボフミフはあっけなく意識を手放したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後の戦いも全く一方的なものであった。
この大陸でも1,2の強さを誇るという自慢の騎士達がバルバとヴィーネンの前に、あっけなく敗れて行くのである。
マリアナは未だに白昼夢を見ているような思いであった。
しかし真剣勝負だというのにバルバとヴィーネンは決してロドニアの騎士達を殺そうとはしなかったのだ。
彼女にはそれだけが不思議であった。
バルバとヴィーネンの真意を測りかねていたのだ。
そうこうしているうちに、とうとうその時はやって来る。
ロドニア騎士団が最後の自分を残すのみとなったのだ。
相手はバルバである。
マリアナは勇ましく名乗ると橋の中央に進み出た。
「いざ推参! 団員の仇は私が取る」
「ははは、良い覚悟だ。参るがよい!」
クレイモアを構えるマリアナは他の団員の様に迂闊に相手の懐に飛び込もうとはしなかった。
ロドニア騎士団の団員達の戦い振りを見ていた彼女はバルバとヴィーネンの力と技術が、自分達に比べて遥かに上である事を認めざるを得なかったのである。
しかしマリアナにも誇り高きロドニア騎士団副団長としての意地があった。
彼女は相打ちになっても良しとする覚悟を既に決めている。
それは一瞬の隙を突いた捨て身の攻撃を、それも相手にとって1番防ぎ難いと思われる攻撃を仕掛けるのだ。
それは相手に対して最短距離の軌道で仕留める突きである。
剣術の突きは速度と的確さ、そして踏み込みの鋭さが優れていないと決まらない攻撃だ。
クレイモアは突きには不向きの大剣ではあるが、マリアナが副団長としてその地位に居る最大の理由は 卓越した剣技であり、中でも彼女の最大の得意技は1拍で対戦相手の身体部分2箇所に攻撃出来る突き技、いわゆる2段突きだ。
この技でマリアナはもう何人もの敵を屠って来たのである。
相手にどれだけ通用するか分らないが、マリアナに残された手はそれしかなかった。
焦るな……
相手の一瞬の隙を見落とすな……
マリアナは逸る気持ちを抑えて、一撃にかけるタイミングを待った。
選抜した9人が既に倒され、後が無いロドニア騎士団の団員達は固唾を飲んで勝負を見守っていた。
バルバの剣を持つ手が僅かに下がったのをマリアナは見逃さない。
「たおおおおっ!」
隙ありと見て裂帛の気合と共に踏み込んだマリアナの2段突きが炸裂した。
しかし、バルバの動きは『誘い』であった。
マリアナの攻撃は既に見破られていたのだ。
バルバはマリアナが放った最初の突きをあっさり躱すと、クレイモアを払い除け、素早く巻き上げて弾き飛ばしたのである。
「勝負あり! この対戦、ヴァレンタイン王国騎士隊の勝ちとする」
勝負が決まった瞬間、レオナールの高らかな声が橋の上に響いたのであった。
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