第202話 「果し合い」
ロドニアの王女の名前と紛らわしいので王宮魔法使いの名前を変更しました。
申し訳ありません。
旧:リリー・ハンゼルカ⇒新:ラウラ・ハンゼルカ
マリアナ・ドレジェルはヴァレンタイン王都騎士隊の食客、バルバとヴィーネンと名乗った2人の壮年の男を訝しげに見た。
マリアナは不思議だった。
いくらロドニア騎士団が挑発したとはいえ、普通はあんな申し入れをする事などはありえない。
余程、腕に自信でもあるのか?
2人共、身長は190cmをゆうに超えているであろう。
鍛え抜かれた堂々たる体躯をしている。
ヴァレンタインの騎士隊の中にあっては体格が抜きん出て良く、ロドニアの騎士に全く見劣りがしないのだ。
次に何気に顔を見ると1人は重々しく思慮深そうな表情だが、目付きが異常に鋭く口髭を生やした男。
もう1人は猛々しさを感じながらも理知的な雰囲気を持つ男である。
2人と改めて対峙してみて、マリアナは今迄体験した事の無い怖ろしい迫力を感じるのだ。
こ奴等……まるで猛獣だ。
1人は鷲、もう1人は獅子の様な雰囲気を持っている。
マリアナがそんな事を考えていた時であった。
「ロドニア騎士団副団長マリアナ殿!」
「な!?」
マリアナはバルバがいきなり声を掛けて来たのでまともに返事が出来ない。
「どうした、お嬢さん?」
今迄重々しい表情をしていた男は一転して柔和な笑みを浮かべている。
それを見てからかわれていると思ったマリアナは頭に血が上りカッとなった。
「軽々しく私の名を呼ぶな! 何用だ!」
「ははは、お互いに後で遺恨を残さぬよう取り決めをしておいた方が良いと思ってな」
「取り決め……だと!」
「そうだ」とバルバは大きく頷いた。
しかし腕組みをしてバルバを睨みつけるマリアナの目は怒りに燃えている。
「ははは、騎士団の副団長ともあろう者が冷静さを欠いてはいかん。まずは武器の選定だ。悪いがそなた達の武器を貸してはくれまいか。私達はそれを使わせて貰おう。後で武器の差だと言われたくないからな」
「ふ、ふざけるな! 我等はお前達になど決して負けぬし、誇り高きロドニア騎士として、そんな事は口が裂けても言わぬわ!」
バルバは反論するマリアナを無視して話を続ける。
「次に戦い方だ。そなた達も騎士ならば1人に対して一斉に多人数で戦っては不名誉な事となろう。私とヴィーネンが交互に戦い、それぞれ1人ずつ相手をしよう。つまり勝ち抜き戦というわけだ。私達が途中で力尽き倒れれば、そなた達の勝ちという事になる。どうだ、受けるか?」
それを聞いたマリアナは犬のように低く唸った後に、受けると答えた。
更に模擬戦ではなく『真剣』を使用した果し合いと逆に条件を出して来たのだ。
レオナール・カルパンティエ公爵は唇を噛み締める。
真剣を使った殺し合いの勝負だと!?
マリアナとやら……熱くなり過ぎだ。
本気であの2人を嬲り殺す気か!?
レオナールは勿論、キャルヴィン・ライアン伯爵、そしてディオン・バルテレミー伯爵等ヴァレンタイン側の人間もバルバとヴィーネンという人化した悪魔の真の実力を知らない。
無茶な勝負とはいえ淡い期待を持って見守っていたのだが、刃を潰した模擬剣ではなく真剣で戦うと聞いて凄惨な場面を思い浮かべてしまったのだ。
「さあ、これを使え!」
マリアナが2人の悪魔に投げたのは大型の両手剣、クレイモアである。
バルバとヴィーネンは剣を拾い上げると、片手で軽々と素振りをした。
風を切る不気味な音が双方の騎士団に聞こえて来る。
その様子を見た味方であるヴァレンタイン王都騎士隊からはどよめきが上がる。
騎士隊の中で、今迄2人の悪魔の力を疑問視していたジェローム・カルパンティエも驚きの表情を浮かべていた。
あいつら!
あんな巨大な両手剣を片手でだと!?
何と言う膂力だ!
そこにロドニア王国王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカが進み出て見届け人を引き受けると宣言する。
ラウラもマリアナ同様未だ若い女性である。
年齢も30歳手前であろう。
こと魔法に関してはヴァレンタイン王国に差を付けられたロドニアだが、僅かながらも優れた人材を輩出していた。
このラウラはリーリャ王女の魔法に関しての師でもあるのだ。
それを見たレオナールも慌てて進み出た。
ヴァレンタイン側の見届け人をやろうという事である。
「ではロドニア騎士団イグナーツ・バプカ前に出よ!」
ラウラの涼やかな声が響き渡った。
「ヴァレンタイン王都騎士隊食客バルバ、前に出よ!」
今度はレオナールの声が負けじと響き渡る。
イグナーツは長い金髪に碧眼を持つ美男であった。
その美しい瞳が殺気に燃えている。
両者ともチェインメイルの上に王国の紋章が描かれたサーコートを着込んだ典型的な騎士の出で立ちだ。
最後にイグナーツは鼻あてが付いた円錐形の兜を装着するが、そこでまたどよめきが起こる。
イグナーツがその声に反応して相手を見ると何と兜を付けていないのだ。
「な!? き、貴様! 俺を愚弄する気か? 真剣勝負だぞ」
思わず叫ぶイグナーツに対してバルバは平然と言い放つ。
「視界も悪くなるし、私には不要。遠慮なくかかってくるがよい」
余りの大胆さに双方の国の騎士達も呆然としていたが、やがてロドニアの騎士達からは怒りの声が上がる。
「構わねぇ! ぶっ殺せ!」「顔に剣を突き刺してやれ!」
「折角だ! 頭を狙ってやれ」
その中で不敵に笑っているのは剣を構えたバルバと後ろに控えるヴィーネンだけだ。
「さあ!」
バルバはひとさし指をくいっと手前に動かした。
「いつでも来い」
「は、始め!」
バルバの雰囲気に呑まれたかのようにラウラが掠れた声で『試合』の開始を告げる。
「いやおおおおおおお!」
イグナーツが叫ぶとクレイモアを振り上げてバルバに迫った。
クレイモアは、ばらつきはあるが大きなもので柄を入れて2mにもなる大剣である。
重さも5kg近くなり並の人間には決して軽々と振れる物ではない。
イグナーツもロドニア屈指の騎士であり、その踏み込みの力強さは素晴らしいものがあった。
当然、彼は迷わずバルバの頭部を狙う。
その瞬間であった。
ガイイイン!
「がはっ!」
金属同士がぶつかり合う音がしてひと振りのクレイモアが宙に舞っていたのである。
何とバルバは右手のみでクレイモアを振り、イグナーツのクレイアモアを弾き飛ばしたのだ。
それどころかバルバの左手がイグナーツの腹部に深く突き入れられている。
「く! ば、馬鹿な……」
イグナーツは無念の表情を浮かべるとそのまま倒れ込み地に伏してしまったのであった。




