第200話 「宰相フィリップ」
200話到達です、皆様のお陰です!
王宮宰相執務室、火曜日午後3時……
ルウの屋敷で打合せをした翌朝、レオナール・カルパンティエ公爵から連絡を受けた宰相フィリップ・ヴァレンタイン公爵は、実兄である国王リシャールにレオナールと同行して共に報告した。
2人の報告は様々な内容に及んだ。
しかし国王リシャールは元々鷹揚で面倒事が嫌いな性格である。
その場で今回の件は弟に任せると命令したのだ。
王から命令を受けたフィリップは急遽、魔法女子学園理事長アデライド・ドゥメール伯爵を王宮に呼び出していた。
フィリップはこの時年齢35歳、兄よりも5つ年下の弟で温和だが冷静で切れ者と評判の男である。
しかし王位に執着せず、兄をひたすら助けるフィリップは絶大な信頼を得ていたのだ。
実直な彼が仕事に邁進するのには他にも理由があった。
不幸な事に最愛の妻リゼットを数年前に病で亡くしていたのだ。
周りが勧めても再婚をしない一途な所もあり、アデライドは王家の中でもフィリップに好感を持っている1人であった。
「アデライド・ドゥメール参りました」
「おおアデライド姉、よくぞ参られました。今回は兄の軽はずみな判断で魔法女子学園にも大変な迷惑を掛けますね」
フィリップは公式な場では爵位で呼ぶが、親戚であるアデライドを親しげに姉と呼ぶ。
幼い頃に兄の王と共に散々遊んで貰った気安さもあるに違いない。
「そんな! 宰相閣下。リシャール陛下もヴァレンタインの事を思えばこそ、ご判断されておやりになった事でしょう。でもそのご様子では貴方にも事前のご相談は一切無かったようですね」
アデライドの言葉にフィリップは苦笑いして頷いた。
「ははは、聞けば今回の件の詳細はエドモン様からお聞きになったとか……さすがの兄もお守り役のあの御方には隠しきれなかった様子。そんな所は子供のように思えてしまいますがね」
「そんな訳で閣下には、報告が遅れまして、誠に恐縮です」
アデライドが微笑したまま頭を下げるとフィリップは慌てて「いいえ」と手を振った。
「今回は元々話の流れが全くなっていない。本来は陛下から私、私からカルパンティエ公爵、教会、文化省に話が行き、姉様の所には文化省から話が行くのが筋なのだ。まあ全ては陛下の勝手な判断と彼の動きをしっかり把握していなかったこのボンクラ宰相の不徳の致す所ですよ」
フィリップは更に話を続ける。
「話をこれからの事に戻しましょう。先程カルパンティエ公爵率いる騎士選抜隊が出発しました。正門で食客の2人と合流してロドニアへの街道を通り、国境に向う手筈になっています。出来れば先方の護衛には何人か最低限の人数を残してロドニアへお引取りいただきたいのが本音です。軍事的にも他国の騎士が国の内部をずっと見るのはよろしくないですからね」
アデライドは黙ってフィリップの話を聞いている。
「問題はロドニア騎士団が我がヴァレンタイン騎士隊を侮っている事です。こちらに護衛を任せて欲しいという我が方の意向を無視して国境に踏み込んで来るならば後々、いろいろな事で悪い影響が出るでしょう」
そこでフィリップはふうと息を吐く。
「そうは言っても多分相手は強引に国境を越えるでしょう。まあロドニア騎士団と揉めないでリーリャ王女をお連れするのが我が騎士隊の最低限の任務ですかね」
「まあ! 閣下ともあろう方が弱気ですね。最初から諦めていらっしゃるの?」
アデライドには窘められたが、フィリップの表情は変わらない。
「ははは、姉様。これを戦場に見立てれば撤退の見極めだ。戦況が困難な時に力攻めをしても被害が出るだけで碌な事はない。今回はお互いの騎士団の力関係を冷静に分析すれば子供でも分る事だ」
それを聞いたアデライドは口に手をあてて「ほほほ」と笑う。
「閣下、あなた達武人は戦争のプロですが、もう少し私達、魔法使いのように想像力をお持ちになった方が宜しいかもしれないわ」
それを聞いたフィリップは怪訝な表情を見せる。
「想像力?」
「はい、閣下。とりあえずヴァレンタイン王国内では王都騎士隊にリーリャ王女の護衛を任せるのは間違いないのですから、私達はそこから先の話をしましょうか」
「はははは、姉様。貴女の強気なご性格は全く変わってらっしゃらない。やはりエドモン様の仰る通り、直ぐに政を任せてみたいものです。私なんかよりずっと素晴らしい宰相になれますよ」
それを聞いたアデライドは悪戯っぽく笑う。
「何を仰います、閣下。外野からは、いかようにも言えるものです。私は魔法使い……魔法を極め、魔法を使える人材を育てる事が国益になると考えて今迄通り頑張りますわ」
フィリップはアデライドの言葉に頷くと「王女が来てからの事を相談しましょう」と話を変えて切り出したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フィリップにアデライドが接見する数時間前……
ジゼルの父レオナール・カルパンティエ公爵とキャルヴィン・ライアン伯爵を中心に編成された王都特別騎士隊は支度を整え急遽出発した。
愚図愚図しているとリーリャ王女一行がヴァレンタインとの国境を越えてしまう。
そうなってはヴァレンタイン王国の面子にも拘るからである。
この部隊には打合せ通り、ルウの手下であるバルバ=バルバトス、ヴィーネン=ヴィネという2体の人化した悪魔も付き従っていた。
彼等はルウの屋敷で見せた革鎧姿ではない。
翌日朝、騎士団の詰め所に出向いた彼等は騎士団の用具係りから装備一式を受け取り、装着した後、時間まで待機して一緒に出発したのである。
ヴァレンタインの人間の平均身長は175cm前後であり、ロドニア人に比べるとひと回り小さい。
体格で全てが決まるわけではないが、何かにつけて格上という理由をつけたがるロドニア側はそれさえも優れているという理由にしたのである。
今回選抜されたメンバーの中には統括するカルパンティエ公爵の長男であるジェロームが含まれていた。
彼は上司のキャルヴィン・ライアン伯爵から食客だと言われて随行する2人の剣士を慎重に観察していた。
父の公爵やキャルヴィンは決して2人の素性を明かさなかったが、同輩や後輩の噂では妹の結婚相手であるルウ・ブランデルの従士だというのである。
魔法女子学園で寮生活をしているジゼルが実家に戻って来て大事な話をすると聞いた時、たまたま居合わせた彼は妹が未だ学生の身で結婚するという衝撃的な話を聞いたのだ。
それがしっかりした家柄の貴族ではなく平民の、それも妹の通う魔法女子学園の得体の知れない臨時教師と聞いた時、信じられないといった気持ちで一杯だった。
あいつ……絶対悪い男に騙されている。
ジェロームはそう信じた。
そもそも妹は女ながら騎士を目指すくらい素質のある魔法剣士である。
そして憧れる男性のタイプが父や自分のような逞しい騎士と聞いていた事も理由であった。
父レオナールに妹の結婚反対の申し入れもした。
しかし、レオナールが言うにはそのルウという魔法使いの青年はアデライド・ドゥメール伯爵家の家令で『黒鋼』と呼ばれる猛者のジーモンもあっさり素手で倒したという。
だがジェロームは自らの目で見たものしか信じないタイプであり、父の話も到底信じる事が出来なかった。
聞けばルウはドゥメール家の令嬢フランシスカの従者をしているというではないか。
いわば家令のジーモンとは身内の関係であり、示し合わせれば勝負などいかようにもなると。
武芸に秀でた父も騙されたくらいだから、世間知らずの妹など騙すのは訳もないと思ったのだ。
ジェロームが悩んでいるうちにジゼルの結婚話は進んだ。
そして信じられない話が飛び込んで来る。
何とルウは主人であるフランシスカとも結婚するというのだ。
それも爵位は関係無く、妹は正夫人になれないという。
何だ! あいつ、第2夫人になってしまったじゃあないか!
しかし母親代わりになったアデライドやルウと話した父はどんどん幸せなそうな表情に変わって行った。
おかしいぞ!
もしや、ルウの奴め、魅惑の魔法でも使っているんじゃ!?
そう思っても仕方がないくらい父はルウに惚れ込んでいる。
こうしてカルパンティエ家では両親や姉がジゼルの結婚を祝う中で兄のジェロームだけが納得出来なかったのである。
ジェロームは居ても立ってもいられなかった。
愚図愚図していたら妹が正式に結婚してしまう。
本当は正式に結婚する前に乗り込んで相手の力量を見極め、妹の相手が碌な奴じゃないと判断した場合、懲らしめてやろうと思っていたのである。
しかし、彼は王都騎士隊に入隊して3年目の若手だ。
日々の任務や訓練であっと言う間に時間が過ぎて行く。
真面目な彼は、ずる休みをするという発想が全く思い浮かばなかったのである。
糞っ!
せめてこいつ等の正体を暴いてルウに恥をかかせてやる!
そして妹の目が覚めてくれれば!
ジェロームは前を馬で行く2人の悪魔の背を見ながら決意を固めたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




