第199話 「ルウの使命」
次に話し合うのは魔法女子学園におけるリーリャ王女の学生生活と随行するロドニアの騎士団及び魔法使い達への対策だ。
「リーリャ王女は年齢的に16歳という事から2年C組に転入して頂きます。彼女の魔法使いとしての実力は高いという評判のみで、こちらでは殆ど把握出来ておりませんのでこれを測るテストを行った後に、クラスの担当であるフランシスカとルウから彼女が巧く授業について行けるようにフォローさせます。また時期的に専門科目を選択する時期ですのでそれぞれの担当教師からも当然フォローさせます」
アデライドがそう言うとケルトゥリが挙手をした。
「王女のテストは誰が行うのですか?」
ケルトゥリの質問も尤もである。
王女の実力を測るテストなどひとつ間違えば王女の機嫌を損ねかねないのだ。
下手をすると今回随行する王女御付きの者達の顰蹙を買う可能性も大きい。
今回の件はいろいろと不確定要素が多過ぎる中で何とか無難にこなして行くしかないのである。
そんな事を考えながらアデライドが苦笑し、答えた。
「ええ、それも基本的にはこちらで決めますが、王女とどうしても折り合わないようであれば彼女に聞いた上で、適任者を選ぶ事にします。テスト内容は他の生徒と違うのも問題が出るので、この時期2年生に課している2つの大きな課題でもやって貰おうと考えています。こんな回答で良いかしら?」
アデライドの言葉にケルトゥリは「了解です」と短く答えると軽く頷いた。
それを見て今度はフランが手を挙げる。
質問ではなく、意見を述べるようだ。
「ただ今回の留学はあくまでも魔法女子学園の方針に沿って学んで頂きたいというのが趣旨です。王女の希望はお聞きしますが、王女やロドニア側の都合ばかり聞いていては取り返しのつかないようになります。強気で行くべき所は強気で押したいと思います」
それを聞いたジゼルも挙手をして発言を求める。
アデライドが了解すると立ち上がって口を開く。
「生徒側から言わせていただければ、彼女は国賓で大切にしなければなりませんが、主ではないですし、先生や私達は家臣ではありません。私から見れば後輩、2年生からは同級生、1年生から見れば先輩として普通に接する事が1番だと考えています」
堂々と話す我が娘の姿がレオナールには頼もしい。
ルウと結婚する前の一時的な気持ちの不安定さは解消され、落ち着いた歴戦のベテラン騎士のような雰囲気を身につけたような重厚さを感じさせる。
「確かにジゼルの言う通りです。王女の個性や意思は尊重はしますが、この魔法女子学園に来て学ぶ以上はここの校則を守って頂きます」
アデライドがきっぱりと言うと全員が我が意を得たりと頷いたのである。
しかしそれからちょっと表情が曇り、挙手をしたのはシンディだ。
「では授業も普通に……我が国の魔法技術もある程度知られるようになりますが、それも致し方ないという事になりますね」
「ええ、当然ですね。陛下がお約束してしまったし……クラスで皆と学ぶというのが学園の趣旨でこれだけは先方からも希望が出ている事ですから。では今夜は時間も時間ですしそろそろお開きにしたいと思います」
とりあえずアデライドのひと言で今回の打合せは終わりを迎えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸書斎、午後8時30分……
「ルウ、先程のお2人の事、説明していただいて良いかしら」
アデライドが笑みを浮かべながら言う。
彼女の特殊能力『魔眼』には2人が人間ではないと映っていたのである。
但し、人間とは違うと分っただけで正体は不明だったのだが。
「さすがはアデライド母さんだ。普通の人間や並みの魔眼の能力じゃそこまでは分らない」
今、ここにアデライドと共に居るのはルウとフラン達妻のみだ。
他の参加者は既に帰宅の途についている。
「そう、アデライド母さんの言う通り2人は俺が従えた悪魔が人化した姿だ」
ルウの言葉にモーラル以外の妻達は驚いた。
しかし、驚いただけで必要以上に怖がっている者も居ない。
悪魔によって心に傷を負ったナディアでさえルウに癒されてからはその恐怖を克服していたのである。
「ルウ……貴方はかつての偉大な魔法王のように彼等を従えているのね、とても興味深いわ」
アデライドは感慨深げにルウを見詰めた。
やはり魔法使いなら誰もがそう言う様に彼女も目指す究極の目標は、古の魔法王と呼ばれたルイ・サロモンなのである。
その偉大な魔法王と並び称されてルウは少し照れているようだ。
「ははっ、彼と同じとは畏れ多いけど、最近はそれが俺のひとつの使命の様に感じて居る事は確かさ。それと俺との契約を1回結んでしまえば彼等に背かれる事はないんだ」
それはどうして? と聞きかけてアデライドはハッとして口を噤む。
ルウがゆっくりと首を横に振っていたからである。
彼女はルウが発言を止めたのを瞬時に理解した。
これは幾ら身内とはいえ他の人間が知ってはいけない禁忌なのだと。
アデライドが黙ったのを見たルウは穏やかな表情を見せる。
「でも母さんも皆も安心して欲しい。俺は闇の魔法使いや死霊術士のように邪悪な行為はしていない。人間の魂を生贄に奉げて彼等を迎えているわけではないのだ。基本は戦い、調伏して、彼等の魂を説得した上で従士として召し抱えているのさ」
それを聞いたナディアが笑顔で頷いた。
「アデライド母様、彼等も昔は殆どが神の使徒だったと聞きます。旦那様はボク達だけではなく彼等も闇から救っているのだと漸く分ったんだ」
それを聞いて全員が納得したようだ。
ジゼルがまた話を切り出した。
「母様、話は全く変わりますが生徒達にはいつ話をするんですか?」
「ええ、王家や教会に話が行ってからだから明後日以降ね。確認の上で臨時朝礼を開こうと思っています」
アデライドはそう言うと全員に「宜しくね」と今回の件で改めて協力を要請したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜遅く、ルウの部屋に緊張した様子で尋ねる女性が1人……
とんとんとん!
恐る恐るノックをすると優しい声で返事が来た。
「お入り、ジョゼ」
今夜は妻として抱かれるのはジョゼフィーヌの順番だったのである。
ゆっくりと部屋に入った彼女の身体が強張っているのが遠目からでも分った。
「おいで、ジョゼ。ここに座って」
ルウはベッドに腰掛けると横に座ったジョゼフィーヌを呼んだ。
そして緊張気味の可愛い妻の肩を軽く抱くと囁くように告げる。
「お前は可愛くて頑張り屋だ。これからも宜しくな」
「…………」
ルウの手がジョゼフィーヌの頭に伸びると優しく撫でられた。
「はうううう!」
ジョゼフィーヌは可愛く小さな叫び声をあげるとルウにしがみついて来た。
そしてルウを見詰めてせつない表情で吐息を洩らしたのである。
「だ、旦那様……今のように私の頭を撫でていただかなければ、それがきっかけで貴方を好きにならなければ……ジョゼは今頃父を殺され、あの侯爵の息子の妻となり酷い人生を送っておりました。貴方の手の温さで私は幸せになる事が出来たのです。ありがとうございます」
「俺もお前を妻にする事が出来て嬉しいよ。でも身分も違うし、お互いにこうなるとは思っていなかったな」
ルウがそう言うとジョゼフィーヌはルウの胸に顔を埋めていやいやをした。
「ジョゼは……世間知らずの馬鹿な娘でした。今、考えると恥ずかしい気がします」
「ギャロワのじゃじゃ馬……だったっけ」
エドモン・ドゥメール大公にもからかわれた自分のかつての渾名を言われたこの名花は顔を真っ赤に染めて「旦那様の意地悪」と小さく呟いたのである。
30分後――ジョゼフィーヌは今、一糸纏わぬ姿でルウの前に立っている。
『高貴なる4界王』の造り出した異界で衣服をつけないで修行しているので慣れていると思われがちかもしれないが、夫として、妻として改めて抱き合うのは全くの別物なのだ。
「綺麗だよ、ジョゼ」
「本当に!? ジョゼは嬉しゅうございます!」
ジョゼフィーヌが感極まってルウに抱きつき、その豊かな乳房が彼の逞しい胸に押し付けられる。
ルウは暫く、ジョゼフィーヌを抱き締めると彼女を軽く抱き上げる。
やはり『お姫様抱っこ』であった。
これもジョゼフィーヌからの注文である。
ジョゼフィーヌはうっとりと目を閉じてルウの逞しい腕に抱えられてベッドに運ばれて行ったのであった。
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