第194話 「ジゼルの反省」
魔導拳教授の組み分けが決まる。
フラン、ジゼル、ジョゼフィーヌがルウと、そしてナディア、オレリーがモーラルと鍛錬する事になった。
「ジゼルはシンディ先生から格闘術の基礎は教わっているから、まずモーラルのレベルを目指せ。そうすればお前が他の皆にも教えられるようになる」
ルウがジゼルに対しての考えを述べるとジゼルは自分を認めて貰った事に対して喜びの表情を浮かべている。
「そうか! 私がモーラルと共に師範代になれば良いのだな?」
胸を張るジゼルを他の妻達は認めざるを得ない。
魔法で能力は上がっても基礎スキルの格闘術は皆、ずぶの素人だからだ。
ジゼルはいつか見たルウとジーモンの試合と朝の鍛錬の組み手が忘れられない。
確かルウは相手の使っていた拳法の奥義をいとも容易くものにして相手に対して使っていたからだ。
使われた相手はたまったものではないであろう。
自分の流派の奥義を更に何段も上のレベルで披露されてしまうのだから……
しかし……やっと自分もルウとの修行の入り口に立った。
ジゼルは武者震いが止まらない。
怖いのではない、根っからの魔法剣士である彼女はこんな鍛錬が出来て嬉しくて堪らないのである。
「よし、今度はジゼルからだ。フランとジョゼは俺達の組み手を良く見ておけ。魔法だけでなくあくまでも基本は体術だからな」
「はいっ! しっかりとこの目に!」
「旦那様、ジョゼはよく見るようにします!」
フランとジョゼフィーヌが打てば響くが如く返事をした。
「よしっ! じゃあ今度はこちらからも行く。俺の魔力波を読んで攻撃を見切ってみろ」
「はいっ! 旦那様っ!」
ルウは軽く構えると短くも鋭い突きを放つ。
「見えるっ! 見えますっ、旦那様っ!」
ジゼルはそう叫ぶと身体を大きく逸らしてルウの攻撃を避けた。
「駄目だ! ジゼル。そんなに敵の攻撃を躱す動きが大きくては直ぐに虚を突かれてしまうぞ」
ルウはすかさず蹴りを放ち、それがジゼルの左脇にヒットする。
鈍い痛みが彼女の全身を走った。
「ぐうっ!」
「どうしたっ! 体勢が崩れているぞ。早く立て直して俺の動きを良く見るんだ」
「うおおっ!」
ルウの声に奮い立ったのか、今度はジゼルが鋭い突きを放って来た。
「甘いぞ!」
ルウは小さく身を屈めてその拳を躱すとそのまま腕を掴み、投げ飛ばしたのである。
ジゼルの身体が円を描いて地に叩きつけられた。
「ぎゃうっ!」
ジゼルの背中に激しい痛みが広がり、そのまま彼女は地に四肢を伸ばしてしまった。
「ううう、私は……」
ジゼルは一瞬、何が起きたのか分らなかった。
そんな彼女をルウが優しく抱き起こし、治癒の魔法を掛けてやる。
――ジゼルの背中の痛みがあっという間に引いて行く。
「ジゼル、大丈夫か。シンディ先生は投げられた場合の『受身』を教えてくれていなかったのかな」
「う、受身?」
「今みたいに投げられたり、高所から――例えば騎士であれば馬とかから落ちた場合は極力、身体のダメージを受けないようにする為の技さ」
ああ、そう言えば1年生の時に習った気がする。
しかし、地味な鍛錬だったし、つい派手な剣技や魔法の習得に目が向いておろそかにしていたようだ。
「済まない、旦那様。私の怠慢だ。シンディ先生は以前にきちんと教えてくれている」
「そうか。じゃあきちんとお浚いしておこう。お前が痛い思いをするのは俺も嫌だからな」
ルウは魔導拳の受身を改めてジゼルは勿論、皆に教える。
モーラル組に関しては格闘術で言うとジゼルより遥かに素人なので今日は戦う感覚を掴ませるだけで無理はさせていない。
ジゼルでさえ痛い目にあった受身の効用を目にした妻達はあくまでも体術が基本だと実感したようである。
今日の収穫は身体強化、勝者の魔法の発動が出来たのと、実際に戦う感覚を得て、基礎の体術を実践した事だ。
こうして妻達の今日の異界での訓練は終わりを告げたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
場面は変わってここはヴァレンタインから遥かに離れた北の地であるロドニア王国王宮、日曜日午後5時……
「ふう……」
1人の美しい少女が溜息をついて窓から外を眺めていた。
年齢は10代の半ばくらいであろうか、豪奢なドレスに包まれた身の丈は約160cm程で細身の身体だ。
肌は抜けるように白い。
豊かな金髪をなびかせ、整った顔立ち。
その碧眼には深い憂いの感情を浮かべていた。
少女の名は……リーリャ・アレフィエフ。
ロドニア王国王女であり、国王ボリス・アレフィエフの3女である。
彼女は先程父である国王に呼ばれた。
そして人払いをし、自分と2人きりになった玉座の間で、明日早朝に護衛の者達と一緒にヴァレンタイン王国へ出発するように命じられたのである。
表向きは留学生としてだが彼女には重い任務が言い渡されていた。
ボリスは更に娘を呼び、抱き寄せると2人以外の誰にも聞こえないように耳元でそっと囁いたのである。
「良いか、リーリャよ。お前は聡明な娘、そして余の気持ちは重々承知しておろうが、改めて伝えよう」
最近のボリスは以前の優しい父から何かとてつもない存在に著しく変貌を遂げている。
彼女はそんな我が父に対して最愛の肉親と言うよりも生々しい欲望を持つ『男』を感じ、ぞっとするのである。
さすがにそれは性的なものでは無いが、野心や名誉という彼の欲望が前面に出て、それが生々しい魔力波となって放出され、リーリャは父と居ると大変な息苦しさを感じてしまうのだ。
「今回のお前の留学はヴァレンタインを我が手にする為の布石となる。優れた魔法を我が国の物とするのは勿論、もしお前に対して何か不手際があれば余は彼の国を攻めるのに躊躇せぬ。ふふふ」
リーリャは無言で父を見詰めている。
ようは、ヴァレンタイン王国を奪う為に父の道具として機能せよという冷徹な命令であったからだ。
「その任務をやり遂げる為に窮地に陥った場合でも、それを一切口外してはならぬ。お前も我が娘であるならば自らの力で切り抜けるが良い……もしくはロドニアの女として潔く散れ」
何と言う父であろうか……
彼は……完全に変わってしまった。
私は使い捨ての道具として南の地へ赴かねばならぬ。
誰か、誰か助けて! この哀れな私と、醜い欲望に取り憑かれた父を!
そんな彼女の思いは夕暮れで真っ赤に焼けた大空に虚しく消えていったのであった。
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