第193話 「魔導拳教授」
ルウの魔導拳の教授が始まった。
今までとは様相が変わっている。
古の海での鍛錬は今迄裸だったのだが、全員が革鎧を装着しており、完全に戦闘モードという雰囲気だ。
ちなみにルウは漆黒、フランは臙脂色の『真竜王の鎧』、ジゼルとモーラルは愛用の革鎧、それ以外の妻達は今回新たにキングスレー商会に手配し、届いたばかりの革鎧をそれぞれ纏っている。
『真竜王の鎧』はさすがに能力が飛び抜けているが、他の革鎧にもルウによる様々な機能の付呪が掛かっているので通常の革鎧よりは遥かに性能面では上だ。
そんな鎧を彼女達も大層気に入っているようである。
周りの風景も変わっていた。
いつの間にか蒼い太古の海から緑深い森に囲まれた風薫る広大な草原に変貌していたのだ。
いとも簡単にこうも異界を意のままに作り変える事が出来るのはルウが『高貴なる4界王』を完全に支配下に置いたからに他ならなかった。
ルウは改めて妻達に身体強化の魔法を発動させるように命じる。
彼女達が身体強化の魔法を発動させるとルウとモーラルがまず初歩の組み手を教える事になった。
この世界には様々な拳法の流派があるが、魔導拳に関して言えば基本的には膂力に恵まれないアールヴの為の拳法だ。
本当は使い手の体術を極めた上で身体強化の魔法でビルドアップするのだが、ルウとしては彼女達にはまず素手の場合でも自分の身を守れるという事を覚えて欲しかったのである。
「お前達に魔導拳の奥義のひとつを教えよう。それは魔力波読みだ」
「魔力波読み?」「何ですの?」
ルウが話した『魔力波読み』に関してフラン達妻には、はっきりと分りかねるようだ。
「人や動物、更に人外まで何か行動を起そうとする時、それは魔力波になって放出されるんだ。魔法を使う時の魔力波に比べれば微々たるものだがな」
「魔力波が……放出される?」
半信半疑のフランにルウは微笑んだ。
「じゃあまずフラン、論より証拠だ。俺に打ち込んで来てくれ。身体強化の魔法でいつもより3倍以上速く突きと蹴りを繰り出せる筈だ。手加減はするなよ」
ルウはそう言うと目を閉じる。
フランはそれを見て躊躇したが、ルウに促されたので構わず突きと蹴りを打ち込んだ。
魔法のお陰で全く格闘経験の無いフランでも何と一般の男性騎士並の膂力と速度が得られている。
しかしそんなフランの渾身の一撃も虚しく空を切るだけであった。
何とルウは最小の動きでフランの攻撃一切を躱していたのだ。
「ちょっと悔しいかも」
「じゃあ、今度は私だ。旦那様」
唇を噛み締めるフランの後ろから今度はジゼルが名乗りをあげた。
彼女は魔法武道部員として顧問のシンディ・ライアンから格闘術の手解きを1年生の時から徹底して受けている。
これに身体強化の魔法が加われば、勝てないまでも相当良い戦いを行う事が出来るという確信が彼女にはあった。
ジゼルは高鳴る胸を押えつつルウに挑んだのだ。
しかし……
結果は惨憺たるものであった。
ジゼルの繰り出す突きと蹴りを全てルウはあっさりと躱してしまったのである。
「う~! だいぶ悔しい!」
ジゼルが息を切らして引き下がるとルウはゆっくりと大きく頷いた。
そして皆に種明かしをしたのである。
「2人の攻撃がヒットしないのは当然だ。俺には事前に全て分かっているんだから」
「えええっ!」「本当ですの?」
驚くオレリーとジョゼフィーヌ。
そこへ先程、攻撃を全て躱されたフランが身を乗り出した。
「旦那様、多分ヴァレンタインの民が知らない……古代魔法ですね?」
ルウがにこりと笑って指を鳴らす。
「ご名答……だ。アールヴの初代ソウェルが編み出した究極の魔法のひとつさ、これを習得すれば敵に対して強力なアドバンテージを持つことが出来る」
古代魔法と聞いてフランの喉がごくりと鳴った。
母アデライドからの魔法オタクの血は娘にも脈々と受け継がれているのである。
「旦那様、それはどういった魔法なんでしょう?」
「ああ、中身は奥義の文字通り魔力波読みさ。相手が放出する魔力波を読み取り、相手の行動を先読みできるようになる『勝者』の魔法だ」
但し、この魔法は習得レベルがあるとルウは言う。
「個人差が出るのさ。つまり魔力波の波長の行動内容まで即座に教えてくれるようになるか、単に波長の形が読めるだけなのか」
「分ったわ、旦那様。考え方としては索敵の魔法の応用の究極系かもしれないわね」
説明を受けて考え込んでいたフランがぽつりと呟いた。
それを聞いたルウは軽く頷く。
「そうだな。フランの言う通り索敵の魔法の究極系か、もしくは魔眼の一種か……ではそろそろこの魔法を教授するとしよう」
ルウは早速、言霊を唱え始める。
「神より与えられた人の秘する偉大なる目よ、我の命により目覚めよ。敵を知り己を知れば、我危うべからず」
ここでルウは息を吸い込むと最終の言霊を力を込めて言い放つ。
「勝者!」
ルウは妻達に言霊の詠唱を練習するように言い渡す。
まずはいつもの通り、魔力を込めずに唱えるのだ。
ルウが唱えた言霊をしっかりと十数回繰り返してから、いよいよ全員が魔力を込めて発動する時がやって来た。
「神より与えられた人の秘する偉大なる目よ、我の命により目覚めよ。敵を知り己を知れば、我危うべからず」
ルウの妻達は1人1人が才能に溢れた魔法使いである。
これだけの人数が一度に魔力を上げると壮観だ。
「勝者!」
勝者の魔法が全員に無事発動したようである。
詠唱を練習したとは言え、ぶっつけの魔法がいとも容易く成功するのはルウの異界ならではだ。
ルウがすかさず妻達に呼び掛けた。
「じゃあ組み手の相手別に俺とモーラルの2組に分かれよう。ははっ! 組み分けから修行だぞ。じゃんけんで決めるが相手の魔力波を読めれば勝てる筈だ。勝った方が俺か、モーラルか希望の相手を指名するんだ」
ルウの言葉に従い、妻達は6人でじゃんけんをする。
その瞬間、喚声が沸きあがり戸惑う声も多々聞かれた。
どうやら魔法のレベルが如実に現れているようだ。
意気揚々と勝ち誇るのがフランとジゼル、そして当然の事ながらいつものように嫣然と微笑むのがモーラルである。
「ははっ、モーラルは師範役だから、敗者復活戦をするんだ。残った3人でもう1回じゃんけんだな」
ルウが組み分けのじゃんけんをさせたのは単純に遊ばせる為ではない。
勝者の魔法を発動した妻達個々の力量を見極める為でもある。
しかし妻達の楽しそうな嬌声が飛び交うのを見るのは彼にとって幸せなひとときでもあったのだ。
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