第189話 「引越し」
ルウ・ブランデル邸(新居)、土曜日午前9時……
今日はキングスレー商会から発注していた家具が全て来る事になっている。
ルウと妻達は新居の前に陣取って居た。
「あ、来たわ!」
フランが叫ぶと正門からキングスレー商会所属の荷馬車が何台も入って来る。
荷台には梱包された包みが堆く積み上げられていた。
家具自体は分解されて運ばれて来たので家具職人も同行している。
フランが活き活きとしているのでルウは彼女に家具据付の指揮を任せる事にした。
但し、放置は禁物だ。
女性とはやはり愛する男に見守って貰いながら必要な時は意見して欲しいものとルウは今迄の経験で学んでいる。
まずは個人が頼んだ家具がそれぞれの部屋に運び込まれた。
ルウも自分のベッド、机と椅子に応接セット、そして本棚を自分の部屋と書斎に運ばせ、そのまま職人に組み立てて貰う。
ちなみにルウのベッドはトリプルサイズのベッドである。
どうしてかは、説明をするまでもないであろう。
机は丈夫そうな樫の机に椅子は高さがある程度あるもので柔らかなクッション付き。
本棚はまだ空だが、収納の腕輪に入った魔導書を始めとしていずれ様々な本で埋め尽くされるのであろう。
この屋敷の良い所は収納スペースが結構ある事だ。
各部屋に浴室とトイレの他に3畳程度の納戸が付いているので、その分箪笥を置かずに部屋を比較的広く使えるのである。
フランを始め、皆貴族の令嬢である彼女達は今迄自宅において30畳以上の広い個室で起居して来たが、今度は一律15畳程の狭い部屋で生活して行く事になる。
しかし愛するルウや確かな絆で結ばれた仲間達と一緒に暮らす生活はそんな不満など思いもしない程魅力的なものだったのだ。
その証拠に部屋に荷物を運び込んだ妻達の顔は底抜けに明るい。
今迄自宅で使っていた家具に加えて新調した家具を職人に組み立てて貰うと、さも楽しそうな表情で配置に頭を悩ませていた。
―――3時間後
ほぼ家具を配置し終わったルウ達は執事のアルフレッドを待っている。
英雄亭で特製弁当を作ってくれると言うので出前を頼んでいたのだ。
やがてドゥメール家の馬車が正面に停まり、アルフレッドが降り立つ。
「レッド、お疲れさん。手伝うよ」
ルウ達は恐縮するアルフレッドを制してさっさと弁当を入れた木箱を厨房に運び込んだ。
厨房では弁当を処理するアルフレッドの手際が意外にも良く、皆の喝采を浴びている。
彼は調理済みの肉を軽く焼き直し、野菜スープを温めた。
そして卸したての食器に盛ると、出来た所からルウ達が手分けしてテーブルに並べて行く。
暫くして並べ終わると遠慮するアルフレッドにも席に座って貰う。
その間にモーラルはケルベロスに大きな肉の塊を持って行ってやった。
いつもこの屋敷を守って貰っているせめてものお礼である。
モーラルが席に戻ると、まず全員で食事前の黙祷が行われる。
そしてエールの入ったマグに水属性の魔法使いであるモーラル、ジゼル、そしてオレリーの軽度の氷結魔法が掛けられた。
これでキンキンのエールが味わえる準備が出来る。
冷えたマグが配られ、一同に渡ったのを確認したルウが乾杯の音頭を取るべく立ち上がる。
「本日からこの新居にて皆で生活する事になった。なお苗字も皆の希望で正式にブランデル姓に変える。ただ学園では暫く今のままだがな。今後は全員がそれぞれの持ち味を生かして助け合って暮らして行こう――以上」
ルウは皆が嬉しそうに頷くのを確認するとマグを高々と掲げ、叫ぶ。
「乾杯!」
ルウの発した声に続いて次々と乾杯の声が発せられた。
「さあて食べようか、頂きます」
「頂きま~す」「英雄亭って美味しいのよね」「最高です」
妻達から次々に料理に対する賞賛の声があがる。
「私、頑張るわ」「私も負けていられませんな」
オレリーとアルフレッドが英雄亭の料理に対抗心を燃やしたのか、顔を見合わせて頷いた。
それは、これから新居の厨房を任される2人の強い決意の表れだったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食後、皆で紅茶を飲んでいると邸内に呼び鈴が鳴り響いた。
どうやら門の魔導鈴が押されたようだ。
これはカルパンティエ家専任の大工達が邸内の補修工事をした際に正門に取り付けてくれたものだ。
「あ、もしかしたらボクがお願いしてウチで作らせたブランデル家用の馬車が来たのかも」
ナディアが立ち上がるとルウも立ち上がる。
「ウチで手配する筈だった使用人が無しになったからね」
「済まないな、ナディア」
ルウが詫びるとナディアは首を横に振って微笑む。
「ううん、良く考えたら普通の使用人は色々面倒だし、父様も旦那様の事は余り王家に言わないようにしているから……快く馬車にしてくれたよ」
そんなナディアにフランも微笑み、皆で見に行こうと促したのだ。
「じゃあナディアのお父様がどんな馬車を贈ってくださったのか皆で見に行きましょう」
「賛成!」「その馬車で学園に通うのね」「やった~」
妻達からまた楽しそうな歓声があがる。
そんな妻達を全員を連れてルウは表の様子を見に行ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナディアが予想した通り、正門の前にはシャルロワ家が特注で作らせた漆黒の馬車が停まっていた。
横にたまたま停めてあるドゥメール家の馬車より1回り大きい馬車である。
客席には8人が乗れて、御者席には2人乗れる10人乗り。
色は漆黒でいかにも頑丈な馬車であり、天井上と車体下には物入れが設置され、中距離の旅行程度なら問題なく耐えられるようになっている。
馬車を引いている馬も普通の乗馬用の馬とは種類が違う馬のようで、速さより頑丈さに秀でた馬種のようだ。
「凄いですわ」
ジョゼフィーヌが感心する。
「これで皆一緒に学園に通うのね」「馬……可愛い」
「ナディア、ありがとう。立派で丈夫そうな馬車と素晴らしい馬よ」
一頻り、妻達が馬車と馬についてコメントを発した後に、フランがナディアに改めて礼を言う。
「フラン姉、お礼を言うにはまだ早いかも……父様が馬車の中にも色々用意してあるって言ってたから」
ナディアは悪戯っぽく笑うと「はい、どうぞ!」と言い馬車のドアを開けた。
するとその中にはエルネスト・シャルロワ子爵が愛娘ナディアとその仲間達へ用意した荷物が堆く積まれていたのである。
但し梱包してあるので中身は全く分らない。
「ええと、ドアに手紙が貼ってあるわ。剥がしてと……開けて読むよ……え~と、『中身は開けてのお楽しみ』だって! もう父様ったら、ボク達を吃驚させる気だよ」
「では、どんどん運びましょう!」「旦那様の物もあるかしら?」
ルウが率先してひと際大きくて重い箱を持ち上げるとフラン達妻から歓声が上がる。
アルフレッドも小柄な身体に似合わない怪力を発揮して荷物をどんどん運んで行く。
フランが流れる汗を拭きながら門を見ると1台の馬車がこちらに走って来る。
「あらもう1台馬車が来たようよ、あれはお祖母様の馬車ね。今日はこの屋敷で夕食会を行うけどえらく早いわね」
「ウチの母が今夜の料理を手伝うから奥様もきっと早くいらっしゃったんですよ。奥さま~っ! 母さ~ん!」
オレリーがドミニク・オードランと母アネット・ボウを大きな声で呼ぶ。
門の前に停まった馬車の扉が開き、御者席から素早く回ったセザール・シャンブリエがドミニクの手を取って降りる。
その後ろからアネットが顔を出した。
その表情は娘が嫁いで幸せになる喜びに満ち溢れている。
今夜はフランが言った通り引っ越し祝いとしてこの屋敷での夕食会が行われるのだ。
オレリーは自分の母と共に料理で持て成す事は妻としてしっかり遂行したいと心に決めていたのであった。
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