第184話 「幕間 ジョナサンとエミリー 後編」
楓村中央広場午後12時……
1台の馬車が停まっている。
ジョナサンを迎えに来たライアン伯爵家の馬車であり、更に護衛の騎士が15人程度、随行していた。
一足先に王都に帰ったルウの報告で楓村を襲ったゴブリンの調査という名目でジョナサン・ライアンの父キャルヴィンが乗り込んで来たのである。
「ジョナサン!」
「申し訳ありません、父上。身の程も知らず武者修行の旅に出た私をお許し下さい」
ジョナサンの顔付きを見て言葉遣いを聞いたキャルヴィンはむうと呟いた。
言いたい事、聞きたい事はたくさんある。
しかし、ルウから間違っても感情に任せて叱責しないようにと釘を刺されていたので唸るしかない。
妻のシンディからもルウに一任しているからと念を押されていたのも大きかった。
ジョナサンは厳しい表情の父親にも臆せずにきっぱりと言い放つ。
「私は王都に戻ったら騎士学校に戻ります。そして1人前の騎士になってこの村を守りたいと思います」
この村を守る? だと……
息子の言う事を聞こえない振りをして辺りを睥睨していたキャルヴィンであったが、暫くすると村の周囲の調査に当たっていた数人の騎士が戻って来て報告した。
「ご子息の仰る通りですね。来た道にもゴブリンの死体が累々とありましたが、この村も同様です。数えましたが、100匹はゆうに超えています。しかも通常のゴブリンよりも皆、遥かに大きい個体のようです」
「よし、事件として調書を作成しておけ。それに何人か残って村人と相談し、ゴブリンの死体の始末を進めろ。王都でこの個体を調べるから何匹かは消臭処理をして梱包し馬車に積め。俺はひと足先に王都に帰還する」
騎士の報告に対して一瞬のうちに判断して指示を返すキャルヴィン。
そんな父をジョナサンをじっと見詰めていた。
「どうした?」
「いえ、勉強になるなと!」
ふむ……明らかに息子の様子が変わっている。
男子3日会わざれば刮目して見よと言うが……随分頼もしくなった。
何が息子をこう変えたのであろうか?
ゴブリンとの苛酷な戦いがそうしたのは間違いは無いだろうが。
その時である。
「ジョナサン!」
「エミリー!」
息子を呼ぶ声がしてそれに答えるジョナサン。
キャルヴィンが声のした方を見ると1人の野生的な顔立ちの美しい少女がジョナサンに駆け寄っていた。
その後ろから先程自分に昨夜の襲撃の報告を行った楓村村長のアンセルム・バッカスがぺこりと頭を下げる。
成る程!
奴の変貌の理由はこれか!
キャルヴィンは思わずエミリーの元に歩み寄る。
「これはこれは可愛いお嬢さんだ。俺がジョナサンの父、キャルヴィンだ」
「は、はいっ! アンセルム・バッカスの孫でエミリー・バッカスと申します」
「父上、僕の大事な人です」
すかさずエミリーの事をはっきりと言い切るジョナサン。
それを聞いたエミリーは真っ赤になって俯いてしまう。
「エミリーさん、君は本当にこんな息子の事を?」
キャルヴィンはわざと息子を貶めた言い方をした。
すると案の定、エミリーはキャルヴィンに食って掛かったのである。
「お言葉を返すようですが、お父上とはいえ、こんなとは余りにも失礼です。彼は、ジョナサンは村の為に命を懸けて戦ってくれました。数十匹のゴブリンを倒してくれたのです」
小柄な身体を震わせながら必死にジョナサンを擁護するエミリーにキャルヴィンは胸が熱くなった。
不出来だと思っていた息子が成長し、更にこんなに思ってくれる人が身内以外にも居るのだ。
いや彼女はもう身内であろう。
「ジョナサン、お祖父様にも彼女の事をはっきり言えるな?」
そんな父親の問い掛けにもジョナサンは、はっきりと力強く頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライアン家馬車車中、午後4時……
ジョナサンは王都に戻るべく馬車の中であり、王都までもう僅かな距離まで達していた。
彼は数時間前に村人に別れを惜しまれつつ、出発したのである。
父と話した後、ジョナサンはモーラルを探そうとしたが、彼女はどこにも見当たらず、エミリーが彼女からの伝言を預かっていた。
「また会いましょう」
たったそのひと言である。
思わずエミリーに詳しく聞いた所、それだけ告げるとぱっと身を翻し、駆け出してあっという間に見えなくなってしまったとの事。
アンセルムを含めた村人達はルウ達に対して、総出で持て成しお礼をしたかったのにと残念がった。
逆に村の苦境を救っておきながら、謝礼も求めずに消えてしまった彼等を人では無く神様の使いだという年寄りも居たのである。
そもそもモーラルは出会った時から謎めいていた。
いきなり何も無い空間から現れた彼女はあの時本当に地獄に落ちかけた自分達に差し伸べられた神の使いと言っても過言ではないだろう。
更にあのルウという黒髪、黒い瞳の異形の青年……何種類もの魔法を使いこなす凄まじい魔法使いと言えるし、彼の従士らしいアンドラにしてもあれだけの戦士はなかなか居ないであろう。
そして彼等はジョナサンを『男』として認めてくれた。
それが何より彼には嬉しかったのである。
「何を考えているの?」
向かい側の席からエミリーが話し掛けて来た。
馬車の中はジョナサンとエミリーの2人きりである。
キャルヴィンと御付きの騎士達は馬で併走しているのだ。
貴族と平民の違いは大きいが、ジョナサンとエミリーの熱意でジョナサンの祖父と母を説得できれば2人の仲を許すとキャルヴィンは約束したのである。
そしてエミリーは何と直ぐにその2人に会いたいと王都に行く事を志願したのだ。
「不思議な人達だったなあって……でも僕の事を『男』として認めてくれたんだ。君と同様にね、エミリー」
「うん、貴方とあの人達のおかげで村だって救われたんだよ。村人の気持ちを1つにしてくれて団結出来たのも大きいもの」
エミリーはそう言うと更に小さい声で「私もね」と呟き、ジョナサンの隣に座る。
そして顔をジョナサンの肩に預けると可愛い寝息を立てて眠ってしまったのだ。
無理もないよなぁ……
エミリー、一睡もしていないんだから……そう言えば僕も……
ジョナサンにも計ったように睡魔が襲って来た。
馬車の揺れも丁度心地良いのだ。
そんな2人を乗せて馬車はひた走る。
やがて街道の先の王都セントヘレナの城壁が陽炎のようにぼんやりと見えて来たのであった。
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