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第181話 「男の背中」

「て、手当て!? 貴方は回復魔法も使えるのか?」


 村長のアンセルム・バッカスが驚く。

 無理もない、たった今ルウが巨大な氷柱で村への入り口を塞いだのを目にしているからである。

 戦いに集中していたのでルウが回復役をやると言った事も失念していた。


「ありがたい! 儂なんかより、彼等が手傷を負っている。悪いがお願い出来るか?」


 両手を合わせて頼み込むアンセルムの後ろで座り込む村人2人。

 壮年の逞しい男だからであろうが、所詮農夫である。

 盾役として借り出されたが不慣れな戦いのせいなのか

 体力を使い果し、口も聞けないくらい疲れ切っていたのである。

 しかしそういうアンセルムも息を切らして立っているのがやっとであったし、ジョナサンも虚ろな目でルウを見詰めている。

 平然として立っているのはアンドラだけだ。


「幸い大きな怪我は無いようだ。ただ皆、打撲と小さな切り傷がたくさんある」


 ルウは状況を一瞬にして見て取り、言霊を詠唱し始める。

 この精霊魔法独特の言い回し――この場にもしフランが居たら、かつて自分が治癒して貰ったルウの魔法に思いを馳せたに違いない。

 詠唱を始めてから間を置かずルウの体内の魔力が強烈に高まり、空気がびりびりと振動する。


「大地の息吹である風よ、大地の礎である土よ、大地に命を育む水よ、そして大地の血流である火よ。我は称える、その力を! 我は求める、その力を! そして我は与える、その力を! 愛する者に満ち満ちて行かん、大地の癒しを! さあ、この者等にその恵みを与えたまえ!」


 魔力が最高に高まった瞬間ルウは大きく息を吸い込み、そして最後の言霊と共に強力な治癒と回復の魔力波オーラを一気に解き放ったのである。


慈悲ミセリコルディア!」


 大地を眩い光が走る。

 村人にアンセルム、そしてジョナサンがあっという間に地から伸びた、その白光に包まれて行く。


「うわあああっ!」


 ジョナサンは吃驚し、思わず身体が硬直する。

 しかし!

 この身体全体に感じる心地良さ――それはまるで昔、母シンディに抱かれて過ごした赤子の頃のような感覚だ。


 もう赤子の頃など全く覚えてなどいない筈なのにどうして、どうして僕は思い出すのだろう。


「は、母上……」


 思わず呆けたように口に出すとハッと我に返るジョナサン。

 気がつくとすっかり疲れは取れて、打ち身や傷も消えている。


「え、ええっ!」


 慌てて周りを見渡すとアンセルムを含めた村人達が驚愕の表情で立ち尽くしていた。


「み、皆さんも……」


「ジョナサンさんもか!?」


 アンセルムが信じられないと言ったように叫ぶ。

 回復の魔法はジョナサンも目にした事はある。

 主に僧侶や神官が得意とするもので病や怪我をした者は彼、彼女等に魔法で治癒して貰うのだ。

 しかしあくまでもそれらの魔法は症状を多少軽くしたり、表面上の傷を治すだけで、それも完全に回復させたり傷跡も残さず完全に治すなどは基本的にありえないのである。

 しかしこの、モーラルの夫だと言う黒髪の男が発動した魔法は身も心も癒してしまったのだ。


「さあ、あとひと息だ。俺も一緒に戦います。一気に奴等を殲滅しましょう」


「ひ、ひとつ聞いて良いか?」


 戦いを促したルウに対してアンセルムが訝しげに尋ねる。


「あのモーラルさんと言い、貴方と言い凄い魔法使いだ。戦うのなら儂達など居ない方が戦い易いのでは……良く分ったんだ、儂達は足手纏いだと。それを何故わざわざ……」


 声を絞り出すように話すアンセルムにルウは穏やかな笑顔を向けた。


「アンセルムさん、この村は誰の村だろうか? 俺やモーラルは余所者だ。この国の者でさえない。そんな俺達だけが戦って何の意味があるんだ?」 


 ルウにそう言われたアンセルムは雷に打たれたような顔をしている。


「自分達の守るべきものは決して人任せにしてはいけない。これはどんな事でも一緒だ。もし戦えなくてもしっかりと正面から問題に向き合うべきなんだ。ジョナサンも聞け。お前が貴族=戦う者ならこの危機を共有し、村の人達と共に戦い村を、国を守る義務がある。やるべき事を全うする努力をしてこそ絆は深まる。人はこうして学び、志を持って生きる事が出来るんだ」


「ひ、人は学び、志を持って生きる!?」


 掠れた声で返すジョナサン。


「そうさ、お前と一緒に居た幼い男の子を見ろ。彼はお前の背中……『男の背中』を見て大人への一歩を踏み出したのだ」


「ぼ、僕の背中が……『男の背中』?」


 ルウにそう言われたジョナサンはエミリーの弟、カミーユの事を思い出していた。

 ジョナサンと一緒に盾役として戦うと一旦は駄々をこねたが、モーラルに年寄りと女、子供を守る人が居ないと言われ、「じゃあ俺が守る」と宣言したカミーユ。

 今はその小さな身体で後方を守っている筈だ。


「そうだ。お前が姉と自分を守ってゴブリンと戦う姿を見て男の責任、いや人としての責任を感じ、学んだのさ」


「…………」


「お前もあの姉弟を始めとした村の人は勿論、更にモーラルとこのアンドラに学んだものは多い筈さ」


 アンドラがまだ呆然としているアンセルムに近寄ると肩をぽんと叩き、そしてジョナサンに向き直ると親指を突き出した。


「小僧……いや、ジョナサン・ライアン! 再び戦いにおもむこうぞ!」


 アンドラが初めてジョナサンの名前を呼んだ。

 それは戦士として仲間として彼を認めた瞬間である。


「は、はいっ! ア、アンドラさん!」


 ジョナサンは嬉しくて思わず声がうわずるのが自分でも可笑しくてつい大きな声で笑ってしまう。

 それを見たアンドラもにやりと笑う。


「そうだ! 確かにここは儂達の村だ! 自分達で守らなくてどうする!?」


 傍らではアンセルムが叫び、村人達も力強く頷いた。


「旦那様~、残ったゴブリンは殲滅しました」


 そこに後方で戦っていたモーラルが飛翔して来るとあっと言う間にルウの横に降り立った。


「ははっ! 役者は揃ったようだ。一気に片をつけるぞ」


 ルウが笑い、指を鳴らすと村への入り口を塞いでいた巨大な氷柱が大きな音を立てて地面から抜け、宙に浮かぶ。


 ぎゃぎゃぎゃ!

 げっげっげっ!


 いきなり目の前の氷柱が抜けたゴブリン達が驚きの表情を浮かべて叫んでいる。

 ルウがもう1回指を鳴らすと氷柱は粉々になった。


 おわおおおおおお!


 その音に刺激されたのであろうか、ゴブリン達は雄叫びを上げて再び突っ込んで来たのであった。

ここまでお読みいただきありがというございます!

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