第180話 「死闘! 楓村」
「さあ、門を開けるわ。門の直ぐ向こうに敵は居ない。だけど気を抜かないで!」
モーラルはそう言うと魔法で門を開く。
「開門!」
内開きの門が音を立てて開いて行く。
氷柱で囲まれた先の距離は約50m、その漆黒の闇の中に血走った魔物の目がいくつも浮かんでいた。
があああああああ!
おおおおおおおん!
ゴブリン達は人間を威嚇するように咆哮する。
ジョナサンの傍らに居た盾役のアンドラがすっと1歩前に出て腰に吊っていた長剣を抜き放つ。
形状がカープス・タン・ソードと呼ばれる鯉の舌の形状をした古代の剣である。
アンドラが剣を抜いた時に丁度雲が切れ、月明かりが辺りを照らした。
刀身が鈍く月光を反射する。
アンドラはぽつりと呟いた。
「我が剣インウィディアよ、今宵はしっかりと働いて貰おう」
ジョナサン・ライアンも自分の愛剣を抜き放ち、ゴブリン達を睨みつけると数歩前に出てアンドラと並ぶ。
村長のアンセルム・バッカス率いる盾役の村人達は2人の後ろに控えながらも、既に得物を振りかざしていた。
一瞬の間……
その静寂を破ったのはやはり魔物であるゴブリン達である。
がああああああ!
ぎゃひゃひゃひゃ!
歯軋りをして唸る姿を見ると村人達は及び腰になる。
しかし自分達が突破されてしまえば、村に残っているのは老人と女子供だけだ。
想像以上の惨劇になるのは間違いが無かった。
そう思うと皆、声を出したり、自ら頬を叩いて気持ちを入れ直すしかない。
「来るぞ……」
アンドラが低い声で呟く。
一瞬、双方の沈黙……
ごああああああ!
ぎゃふぉおおお!
身の毛もよだつ咆哮をあげたゴブリン達はどっと押し寄せて来た。
しかしモーラルが通路に出現させた小さな氷柱に阻まれて隊列が乱れ、通路に入れたのはだいぶ少数となる。
「たおりゃっ!」
アンドラはあっさりと2匹のゴブリンを斬り倒し、その後ろから襲いかかって来たゴブリンを足で蹴り倒した。
そして返す剣で反対側から襲いかかって来たゴブリンの胴を薙ぎ払う。
血飛沫が舞い、絶叫があがるとそこにはもう4匹のゴブリンが息絶えていたのである。
しかしジョナサンも自分の戦いで精一杯でアンドラの戦い振りを見る余裕などありはしなかった。
があおおおお!
襲って来たゴブリンは棍棒を振るってジョナサンを叩きのめそうとする。
ジョナサンはバックラーと呼ばれる小型盾を装備していたが、その盾でゴブリンの攻撃を弾き、相手の体勢が崩れた所を袈裟懸けに斬り倒した。
相手の生身の身体はあっけない。
そこからは夢中であった。
考えている余裕など無い。
本能のままに来る敵をどんどん斬り倒し、打ち洩らしたものが出れば声を枯らしてその事を後衛の攻撃役担当に伝える――その繰り返しである。
そのうちに自分の戦っている上空を何本もの巨大なものが風を切って飛翔する音が聞こえ、敵の後方に行ったかと思うと地を震わすような凄まじい音がし、何度も絶叫があがったのが聞こえた。
真夜中なのでジョナサンが視認する事は出来なかったが、またもやモーラルの攻撃魔法『氷柱飛ばし』が密集したゴブリン達の中で炸裂したのだ。
ジョナサンは自分達盾役が前線を支えている間に後衛の攻撃役である魔法使いが敵の大多数にダメージを与えるという事が実行されたのを改めて実感したのである。
一方、攻撃役として控えたモーラルは既に前に出てゴブリンを倒していたエミリーの援護で攻撃魔法を無事に撃ち終わると、エミリー同様前に出た。
そしてジョナサン達盾役の部隊の攻撃を突破して来たゴブリンに対して直接攻撃を加えている。
何とモーラルは素手で戦っていた。
はたから見れば非力と言われる少女魔法使いの無茶な行為である。
しかしモーラルは以前、水圧を高めた剣を使ったのと同じ様な華麗な舞いで迫る敵を拳や蹴りで鮮やかに倒していたのだ。
ふふふ、今度は旦那様直伝の魔導拳よ。
とくとご覧あれ!
自分が前線に立てば村人は一致団結して奮い立ってくれる。
モーラルは村人達の反応でそれに気が付いていた。
ましてや今の自分は一見素手で徒手空拳の趣だから尚更である。
がおあっ!
自分に襲い掛かろうとしたゴブリンに対してモーラルは強力な魔力波を込めた拳を顔面に深々と打ち込んでやった。
ゴブリンの身体に打撃と共にモーラルの持つ魔力波の冷気が伝わり、相手はあっけなく持っていた得物を放り出して絶命する。
更に次のゴブリンが迫ると今度は廻し蹴りで側頭部に一撃を加えて、地に伏し動かなくさせてしまった。
ごおああっ、ぎゃぶっ!
更に襲い掛かろうとしたゴブリンの顔がいきなり砕け、絶命する。
しかしモーラルは動じない。
自分と同じ魔道拳を使って誰が自分を助けてくれたのか、分っているからだ。
「ありがとう、旦那様」
「大丈夫か? 攻撃魔法の連続撃ちに、この魔導拳。見事だよ……さあ、俺の魔力を吸え」
モーラルが手を伸ばしてルウの心臓から魔力を受け取ると笑顔で頷いた。
それを見たルウも嬉しそうに笑う。
「俺は更に前に出る。盾役の様子を見た上で魔法を使って一旦戦線の分断をし、負傷者の治療にあたる。残存の敵の掃討殲滅を頼むぞ、モーラル」
「はいっ! 旦那様」
モーラルが大きな声で返事をするとルウはモーラルの頭を撫でてから、正門付近で戦っているジョナサン達の方に向ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
楓村正門前午前3時……
「はぁはぁはぁ……糞っ!」
息を切らし、剣を地に刺すジョナサンの姿がある。
鈍器で殴られた痣や刃物による小さな傷を無数に受け、額からも血を流していた。
味方の攻撃魔法で減らした筈なのに倒しても倒しても湧き出るように押し寄せるゴブリンの群れ。
本格的な実戦が2度目のジョナサンには苛酷なものであった。
「ははは、小僧。どうした? もう息があがったか?」
アンドラが鋭い眼差しと不敵な笑みを絶やさずに問い掛ける。
「…………」
「返事をする気力も失せたか。どうだ、盾役は前線を支える大事な役回りだとその身をもって充分に分っただろう。もし俺達が持ち堪えれずに崩れれば敵は一挙に村になだれ込む。ここが辛抱の時だ」
「…………」
ジョナサンは相変わらず息が切れているようで、はあはあとしか言葉が出ない。
アンドラの叱咤激励にも僅かに頷いただけだ。
しかし疲れ切っていても気力が衰えていないのは瞳の燃えるような輝きで分る。
それを見たアンドラは満足そうに頷いた。
またアンドラが周りを見るとアンセルム等盾役の村人達も傷つきながら何とか戦っていた。
ただ疲労の色が濃い。
ふうむ……ここは後衛と入れ替わらないと支えきれんな。
俺が本来の『力』を見せればこんな奴等などあっさりと撃退出来るのだが……
アンドラはそう考えて、ジョナサンを見た。
彼は何とか剣を地から抜き、もう1度構えて自分を叱咤すべく無理矢理大声を出していた。
アンセルム達も同様である。
ほう!
人間と言うのはここまで直ぐに成長出来るものなのか?
愚かで矮小な存在だと思っていたが……
やはりあの御方やルウ様の仰る通りであった。
アンドラは小さく頷き不敵な笑みを浮かべると、ジョナサンの声に呼応するかのように「さあ来い!」とアンセルム達を襲っていたゴブリンを自分の方に挑発した。
アンドラは自分で敵を一手に引き受けようとしていたのである。
人間の為にそんな事を考えるなんて自分でも全く意外であった。
その時である。
上空に黒髪長身の人間が現れた。
そしてアンドラに向おうとしていたゴブリン達に手を向けると凄まじい炎が噴き出し、あっという間に炭化させてしまったのである。
「おお、ルウ様か」
アンドラが跪いた。
「あああ……」
いきなり空から現れたルウにアンセルム達も呆然としている。
「氷柱壁!」
ルウが指を鳴らすと正門前の氷柱の無い地面から新たな氷柱がせり上がり村への入り口を完全に塞いでしまう。
モーラルの使ったのと同じ魔法をほぼ無詠唱で使ったのである。
地に降り立ったルウはアンセルム達に一礼した。
「これで敵の新手は来れない。さあ皆さんの手当てをしよう」
ルウはそう言うといつもの彼のように穏やかに微笑んだのであった。
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