第18話 「契約」
ドゥメール伯爵邸の中庭に……
ルウを中心として、アデライド、フラン、ジーモンが輪となった。
そして今回、事件の聞き取りに来た王都騎士隊の4人が鋭い視線を送っている。
「まずは騎士様達の遺品です」
ルウはそう言うと、自分の左腕に付けた腕輪から5人の鎧、そして剣と遺髪を取り出した。
どうやら収納の魔法が掛かった魔道具のようだ。
「こ、これは!?」
キャルヴィン・ライアン伯爵は驚いている。
ルウが使ったこの魔道具の性能に、である。
いわゆる付呪魔法と呼ばれる高位魔法が掛けられた物であろう。
しかしキャルヴィンの今迄の記憶の中では、こんなに沢山の物が入る収納の魔道具など無い。
他の3人の騎士達も、キャルヴィンと同じ印象を持っているようだった。
口をあんぐりと開けた、彼等の表情は皆、驚きに満ちていたのだから。
「そして次は証拠品ですが……フラン、いやフランシスカ様は、まだご覧にならない方が、宜しいのではないでしょうか?」
「大丈夫です。出してください、ルウ!」
ルウはフランを見て……
またアデライドが「構わない」というように頷いているのを確かめると……
例の、異形の遺体を腕輪から取り出したのだ。
「ああっ!? 何だこれはっ?」
騎士のひとりがルウが取り出した『物体』を見ると、呻いて胃の中の物を戻してしまった。
証拠品としてルウが見せたのは……
フランを襲った醜悪な小鬼の、成れの果てである。
さすがに隊長のキャルヴィンは、異形を目を背けずに見つめていた。
そして何気にフランを見ると、彼女がルウにしがみつき、その胸に顔を埋めているのに気が付いた。
キャルヴィンの傍らに居る副隊長も、気が付いたようである。
何か言いたげな副隊長を手で制止し、キャルヴィンは口に人差し指を当てると、さりげなくアデライドの様子を見た。
そのアデライドは……
ルウにしがみつくフランに対し、慈愛の眼差しを注いでいた。
更に驚いた事に、気難しい家令のジーモンでさえ、ルウとフランへ優しい眼差しを注いでいたのだ。
キャルヴィンは、フランの暗い影が無くなった原因を改めて確信し、心の中から呼び掛ける。
……分かったよ、アデライド。
君は身分なんか関係なく、愛娘を託せる男を見つけたんだね。
ジーモンでさえ納得させる男を。
フレデリク、私もフランの父親代わりとして、しっかりと見極めさせて貰うよ。
キャルヴィンはアデライドへ呼び掛けると同時に、彼女の亡き夫フレデリクへも、固く誓いを立てていたのである。
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今回の襲撃事件に関しては……
キャルヴィン・ライアン伯爵から部下の騎士達へ厳重な緘口令が敷かれた。
基本的には、事件の詳しい内容とルウの件である。
事件に関しては確固とした裏取りが必要なのは勿論だが、ルウに関しても同じ措置が取られた。
このヴァレンタイン王国の様々な存在が、ルウに要らぬちょっかいを出さない為の配慮である。
「差し出がましいとは思いましたが……私が亡くなられた方々の為に葬送魔法を使わせて頂きました」
証拠品と共に遺品を提示したルウは、戦死した騎士達に対して丁重な弔いをしたと告げたのである。
キャルヴィンは自分の部下に対し、ルウが礼を尽くしてくれた事を深く感謝。 改めて礼を言う。
「ルウよ。確かにお前の言う通りだ。騎士達の遺体を放置すれば、野の獣に食べ散らかされたり、下手をすれば不死者となって人々に害を及ぼしたかもしれん。ありがとう、本当にありがとう」
続いてキャルヴィンは、副隊長を含め同行した騎士達へ改めて念を押す。
「ここまで騎士隊に尽くしてくれた者に対しては……こちらも筋を通し、義理堅く対応しなければいけないぞ……分かるな?」
キャルヴィンはひとりの人間として……
危険な可能性のある現場へ戻り、騎士達を弔ったルウの侠気を称えたのである。
隊長に言われずとも、副隊長達も全く同じ気持ちだ。
一見冒険者風のルウは、騎士隊に対して金品を求めるどころか、御礼の要求すらしていない。
3人の騎士達はルウの爽やかな受け答えも含めて、いつの間にか彼に対する好意が芽生えていたのである。
その後ルウはジーモンに頼んで、伯爵邸の馬車を用意して貰うと……
騎士達の遺品と異形の遺体を、王都騎士隊本部へ届けたのである。
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その夜、ドゥメール伯爵邸……
夕食が始まる前に、
この屋敷に居る全員へ、ルウが学園の臨時教師並びにこのフランの従者になる事が、アデライドより簡単に告げられた。
今までの経緯から、それは予想された事であり、使用人達にも動揺は無かった。
しかし夕食が始まると、彼等は驚いた。
長年仕えた家令のジーモンでさえ食事の際は同席しない。
それなのに、新参者のルウがフランの隣に座っていたからである。
「今日は良くやってくれたわ、ルウ。言葉遣いまで全然変えて貰ってね」
「いや、お安い御用さ」
「でも、ルウに奥様なんて呼ばれると、私は落ち着かないけど、あはは」
アデライドは晴れやかに笑う。
片やフランは、ルウを従者にした事に違和感があるらしい。
「私は……ルウが従者なんて気持ちにはなれないわ」
溜息をつくフランに、アデライドは笑いながらも釘を刺す。
「フラン、この春季休暇が終ると、貴女とルウはどうしても学園で過ごす時間が多くなるわ。上司と部下、そして主人と下僕として、けじめは徹底して貰わないとね」
アデライドはそう言いながらも……
心の中では愛娘へ「頑張って!」とエールを送っていた。
ルウは多分、臨時教師としても従者としても上手くやるだろう。
フランに対する優しい気持ちも変わらないだろう。
娘に対する優しい気持ち……
でもそれは、情から来るもの。
フランがルウから愛して貰うには、まず自ら歩み寄るしかない。
貴女の良い面をたっぷり見せなさい、そして頑張りなさい! フラン……
楽しそうにルウと話すフランをアデライドは慈愛の篭った目で見守ったのである。
やがて夕食が終わり……
フランと共に、アデライドの書斎に呼ばれたルウは、今回フランを助けた御礼、教師や従者としての支度金を受け取っていた。
総額にして金貨2,500枚という大金である。
※金貨1枚=約1万円。
「フランを助けて貰った御礼が金貨2,000枚、学園の臨時教師としての支度金が金貨200枚、同じく従者としての支度金が300枚。月ごとの俸給は教師が金貨20枚、従者は護衛費用を含めて50枚それぞれお支払いするわ。いかがかしら?」
金額を提示したアデライドに対し、ルウは予想通り拘りも執着もなかった。
「ふうん……そんなにくれるのか? 俺は食べていければ全然構わないけど……住む所はどうしようか?」
ルウから聞かれたアデライドが、笑いながら手を横に振った。
「何、言っているの? うちの屋敷へ住み込みに決まっているじゃない。部屋も用意して、食費などは別途全額こちらで持つわ」
ルウがフランを見ると、「この屋敷に住むのは当然」と何度も頷いていた。
思わず苦笑したでルウであったが……
無言でじっとルウを見つめるフランへ、「分かった」と返事をした。
ルウが屋敷へ住んでくれる!
書斎には他の使用人が居ないせいか、フランは大胆だ。
嬉しさのあまり、思いっきりルウへ抱きついている。
「明日は王都の商店街区に出て買い物をしたいな……新しい服を買いたい」
フランに抱きつかれながら、ルウが「ぽつり」と言う。
今迄ルウが着ていた服は、結構汚れていたので、アデライドの指示ですかさず洗濯へと回された。
ちなみにルウが今、着ているのはフランの弟ジョルジュの服だ。
高価だが、独特なデザインの貴族風の服である。
ルウ自身、そんな豪奢な服よりも、庶民的な方が良いらしい。
本当にルウは欲が無い。
アデライドはルウの無欲さに思わず微笑んで、アドバイスをしてくれた。
「そうね、普通の服もそうだし、今持っている革鎧以外に予備の革鎧と魔法使いが好んで着る法衣は2,3着購入したほうが良いかも」
「服、そんなに必要かな?」
不思議そうにルウが聞けば、アデライドは、
「絶対に必要よ! 多めに買いなさい! でも服は基本オーダーで結構するし、たとえ中古でも高いから……よし! 服飾代として、あと金貨300枚追加してあげるわ」
と、支給金の増額を約束してくれた。
「やったあ、お母様太っ腹!」
母の言葉を聞き、フランはまるで自分の事のように喜んだ。
「ありがとうございます、アデライドさん」
金額の大幅増を聞いたルウは……
相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら、アデライドに深くお辞儀をしたのであった。
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