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第177話 「快楽を与える者」

 ―――30分後


 モーラルは楓村の様々な場所をジョナサン、そして村長のアンセルム・バッカス、彼の孫のエミリー、カミーユの姉弟と回っていた。

 モーラルは攻防戦に備えて人員配置や戦い方の指示を出している。

 ジョナサンは益々、モーラルが分らなくなっていた。

 凄まじい能力を持った魔法使いかと思えば、こうして軍の指揮官、いや一国の将軍のような風格さえあるのである。

 エミリーもモーラルの事を不思議なものを見るような眼差しで見詰めていた。


 夕陽が落ちかけようとする頃、モーラルは村人達に交代で仮眠を命じる。

 そして誰かしらかが起きて監視を続ける体勢を取ったのだ。

 モーラル自身はというと眠る事無く、村の防備を事細かに確認し続けたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後……


 楓村は完全に陽が落ち、夜の帳が降りる。

 時期は春も盛りだというのにヴァレンタイン王国の北に位置する楓村の夜はとても肌寒かった。

 何かあればまずこの広場の半鐘を自分が打ち鳴らし、村中に変事を報せるのだ。

 各自に防備の担当場所を指示し、モーラルは村の広場に待機する。

 そして索敵の魔法を発動すると静かに目を閉じたのだ。


 午前零時を過ぎても、邪悪な気配は感じられない。

 モーラルは夢魔であり、眠る必要は無い。

 また夜目も利くので視界は殆ど昼間と差が無かった。

 

 自分の思い過ごしだろうか?


 ふとそんな事を思った瞬間であった。

 村に帰って来た時に通った正門の前にいきなりゴブリンの反応が出現したのである。

 その数――約100匹。


 これは!?

 進軍して来たのではなく――いきなり現れたの!?

 間違い無い!

 相手は上級魔法使いハイウイザード―――それも100匹のゴブリンを転移魔法で自在に送れる程の大物だ。


 モーラルの中で瞬時に相手の力量が推し量られたのである。


 よしっ!

 まず半鐘を鳴らして皆に報せてから、現場に行き出現した奴等の前に氷柱の壁を!


 モーラルがそう考えた時、目の前に蒼い火球が現れた。

 同時に立ち上る邪悪な瘴気――これは悪魔が異界から現世に現れる手段のひとつである異界門である。


 え!?


「ははは、可愛い夢魔のお嬢さん、悪いですけど救援には行かせませんよ。貴女の相手は私が致しましょう。代わりに私の契約者の下僕達が人間どもの魂をしっかり回収する筈ですからね」


 火球からするりと出現した長身の男――それはあの地下迷宮で謎の男と話していた魔族の男である。

 顔は細面で鷲鼻、漆黒のマントを翻し同色の法衣ローブを身に纏っていた。


「ははは、貴女は夢魔モーラ……あの人間の主人マスターからはモーラルと呼ばれているようですね。いや~美しくない安直な名だ。貴女には本当の名がありますね、人間としてちゃんと名付けられた名がね」


「言うなっ!」


「ふふふ、貴女を忌み嫌い、貞淑な母親と共に汚物のように捨てた父親がつけた名がね。確か……」


 からかうような男の口調にモーラルの気持ちが波間を漂う小船のように動揺する。


「言うなと告げている筈だ!」


 モーラルが叫び、同時に魔法を発動したが、何故か相手に作用しないのだ。


「ふははは! 私の些細な物言いで貴女の魂は動揺し、魔法を発動するには集中出来ていませんね。そんな中途半端な束縛の魔法では私を縛る事など出来ませんよ」


 どうやら悪魔はモーラルの心の弱点を突く魂への攻撃で彼女の発動した束縛の魔法が充分に機能しないように対処したらしい。

 人間の弱い心を弄ぶ事が好きな悪魔のよくやる手法である。

 夢魔とは言え、元人間であるモーラルはそんな心の隙を突かれたのだ。


「今度は私の番、いわゆるお返しですね!」


「ぐうっ!」


 逆に悪魔が指を鳴らし、魔法を発動させるとモーラルの身体が硬直し、動けなくなる。


「ははは、私の束縛の魔法も中々のものでしょう? これで貴女は精神体アストラルにもなれないですね。良い事だ――このまま私の契約者の所に連れて行きましょう。彼が貴女は『依り代』として最適だと言っているのでね」


 思いがけなく早く『仕事』が出来た事に悪魔はつい余裕を見せ、饒舌になった。


「ははは、貴女にも直ぐ分るでしょうが、先に名乗っておきましょう。私の名はメフィストフェレス、この世の全ての快楽を与える魔の者です」


『ほう! 私の配下を外れてから随分と偉くなったものだな。光を愛さない者・・・・・・よ』


 突然、メフィストフェレスの魂の中に聞き覚えのある厳かな声が響く。


「は!? わ、私によ、呼びかけるのは……だ、誰だ!? ま、まさかこの声は?」


 勝ち誇っていた悪魔の身体が震え、面白いほど動揺する。


『何だ? 私を忘れるなど不届き極まりないぞ、愚か者めが!』


 メフィストフェレスの直ぐ目の前に自分が異界と繋いだような同じく蒼い火球の扉が現れる。

 しかし火球の中から現れたのは意外にも悪魔ではなく長身の人間であった。

 黒髪、黒い瞳――モーラルにとっては片時も忘れた事のない人物である。


「な! に、人間だ……と!?」


「ははっ、どこの悪魔かと思ったんだ? それより……」


 腕組みをして宙に浮かんでいるルウは悪魔メフィストフェレスに問い質す。


「俺の可愛い妻をどこに連れ去ろうというのだ。ふざけた事を言うんじゃない」


 ルウの口角が吊り上り、黒い瞳の奥には怒りの色がはっきりと浮かんでいる。

 そして身体からは凄まじい魔力波オーラが闘気となって立ち昇っていた。


「だ、旦那様!」


「ははは、モーラル。俺達は魂と魂でしっかり繋がっている。それより余り、無理をするな。お前がこうして魂で俺を呼べば直ぐにこうやって来れるのさ」


 ルウはもう安心だとモーラルに片目を瞑る。


「そうか……人間かって……貴様こそふざけるなぁ! 脅かしやがってぇ! 一瞬誰かと思ったぜぇ! 糞っ、こんな夢魔などさっさと送ってやる、え!? お、送れない!?」


 ルウはメフィストフェレスの方に向き直る。


「貴様等のやり口など分っている。既に俺の魔法結界でこの村を囲んだから、お前の転移魔法など発動不能だ。当然、お前の契約者の干渉もな。ははっ、モーラルを送るどころか、メフィストフェレス――お前自身どこにも逃げられないって」


 それを聞いたメフィストフェレスは信じられないという表情だ。


「そんな広範囲を人間である貴様が結界で囲んだ、だと!?」 


「ああ、そうさ。早速、お前の汚い遣り口で縛った妻を自由にさせて貰うぜ! 解放リベエレイション! モーラル、大丈夫か?」


 ルウはメフィストフェレスが発動した束縛の魔法を解除する『解放』の魔法を発動したのである。


「ああっ! 旦那様! 身体が、身体が動きます」


 ルウの魔法で束縛を解かれたモーラルが身体を軽く動かし、自由になったのを確かめる。

 そして、納得したように軽く頷くとあっという間にルウの傍らに舞い上がり、横に並んだのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


こちらも連載再開しました。

宜しければお読みください。


『勇者失格だけど頑張ります! こちらは異世界広告社です!』


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