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第175話 「地の底で」

「ふふふ、旦那様直伝の束縛の魔法の味はどう? 動けないでしょう?」


 モーラルは常人が見てぞっとするような笑みを浮かべる。

 当然、ジョナサン達からは見えてはいない。


「さあ大人しく旦那様の所に行って貰おうね」


 あうううううっ!


 小鬼が突然悲鳴を上げた。

 それは先程までこの魔物が喋っていた意味不明の言葉では無く、間違いなく苦痛の叫びである。


「!」


 本能的に嫌な予感がしたのであろう。

 モーラルは小鬼から一気に離れた。


 ばちゅん!


 小鬼がいきなり弾け飛び、粉々の肉片に変わる。

 モーラルは咄嗟に木の陰に身を隠し、その直撃を避けた。

 そこに音を立てて小鬼だった欠片かけらが張り付いた。

 生身の小鬼が突然爆発する筈がない。

 証拠隠滅の為に魔法で『始末』されたのに違いなかった。

 モーラルは『爆発』が収まったのを確かめるとまた腕組みをする。

 それは彼女の残念という意思表示に他ならなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その頃……


 ここはとある迷宮の最深部にある部屋。

 窓は勿論の事、扉も無いこの部屋は何者の住まいなのだろうか?

 独特な用法で削られた壁は火属性の高位魔法なのか、それとも魔物が吐く灼熱のブレスなのか、何か高温の炎で吹きつけられ、焼き固められているようだ。

 明かりは殆ど無く、空気は澱んでおり饐えたような臭いが部屋を満たしていた。

 しかし薄暗い中にも1箇所明るい場所があった。

 部屋に全く似合わない重厚な木製の机の上に置かれた水晶球がその光源である。


「ひひひ、魔導ゴブリンから余計な事を知られぬように始末したが、あの魔法使いの女は計算に入っていなかったな。だが敵ながら素晴らしい能力だ。良い、実に良い」


 古めかしい椅子に座った法衣ローブ姿の男が水晶球を覗き込み、しわがれた声がその口から洩れた。

 着込んだ法衣は薄汚れており、顔は年老いた雰囲気の70歳近くにもなろうという男に見える。


「ふふふ、欲しいか? あの少女が……もう50歳を過ぎようというお前がな」


 老人の傍らに立ち、独特の言い回しで喋る異形の男。

 それは一見して魔族と分る風貌であった。

 そして今の男の言葉で法衣姿の老人は意外にも見た目よりはずっと年齢が若いらしいと分る。


「ひひひ、既にそんな欲望はお前が私の魂から吸い上げていると分っているのに嫌味な奴め。違うわ、女として抱きたいのではない。あの魔族の女は『依り代』として素晴らしい資質を持っていると見たからだよ」


 それを聞いた異形の男は、ほうと感心したように呟いた。


「分るか?」


「分らいでか! 魔族である事は女が発している魔力波オーラで直ぐ分る。あの女は人間から生まれた夢魔だな」


 それを聞いた異形の男は静かに微笑んだ。

 そして抑揚の無い声で法衣の男に問うたのである。


「流石だな。で、どうする? 捕らえるか?」


「ひひ、ただ捕らえるだけでは面白くない。我が強化ゴブリンの試験テストはまだ終わっておらんのだ。試験と収穫を兼ねてお前にもひと仕事をして貰うか」


 それを聞いた異形の男の口角が極端に吊り上った。

 楽しくて堪らないといった表情である。


「やっとあの村を潰すのか? あの夢魔だけでなく俺の好きな魂がたくさん手に入るな」


「そういう事だ。ひひひ、そして儂はまた新たな研究が始められる。お前とは持ちつ持たれつの関係だな」


 それに答える法衣姿の男も不気味に笑ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「だ、大丈夫か?」「無事かい?」


 戦いの場から戻り氷柱の防御壁を消したモーラルは恐る恐る出て来たジョナサンとエミリーから安否を気遣われたのだ。

 モーラルは苦笑しながら頷いた。


「良かった! 皆、無事だ」


「さあ、行くよ」


 安堵するジョナサンにエミリーは直ぐ移動するように促す。

 この群れが最後だとは限らないからだ。

 モーラルが加わって4人となった一行は再び歩き出したのである。


 ―――30分後


「村だ!」


 カミーユが嬉しそうに叫んだ。

 一行は村の入り口に着いたのである。


「おう、エミリーにカミーユ! ランディさんはどうしたぁ?」


 簡易な防護柵に囲まれた村の門の傍に立つ中年の農夫が一行の中に知った顔を見つけて叫ぶ。

 持ち回りで警護役を務める村の男であろう


「うん、ロドリグさん。おとうは未だ王都さ。それより村長に報告しないといけない事があるんだ」


「どうしたんだ?」


 ロドリグと呼ばれた男が訝しげに尋ねると、エミリーが暗い顔をしながら口を開く。


「大型の凶暴な……最近出ている例のゴブリンがまた出たんだ。結構な数で危なかったんだよ」


 例のゴブリンと聞いてロドリグの顔に緊張が走る。


「何!? エミリー、お前が危ないなんて言うのは余程の事だな。で、数は?」


「ああ、まず100匹は居たね」


「ひゃ、100匹!? そ、それは……お前、よく生きて戻れたな?」


 100匹と聞いて仰天した男は次にジョナサンとモーラルを見ると「この人達は?」と不思議そうな目で見詰めている。


「ジョナサンは騎士、モーラルは魔法使いさ。道中、たまたま一緒になって助けて貰ったんだ。もし2人が居なければ私もカミーユも今頃、ゴブリンの腹の中だね。命の恩人だよ」


 エミリーがきっぱり言うとロドリグは「おお」と唸り、そしてありがとうと頭を下げたのだ。


「早く村長の所に行ってくれ。ここは俺が見張っている」


ロドリグに通されて村の門を通ると防護柵の向こうは広大な牧草地が広がっていた。


 これが楓村か?

 なんか……良い所だなぁ……


 ジョナサンは楓村に来たのは初めてである。

 牧草地では所々で羊がのどかに草を食んでいた。


 時が――とてもゆっくり流れている。


 そんな村の風景が心に安らぎを与えてくれるのをジョナサンは感じた。

 石を積み、製材された木材で造られた建物に囲まれ喧騒に塗れた王都。

 そんな環境で生まれ、育ったジョナサンには村がとても新鮮に映ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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