第173話 「騎士の輝き」
「村に急ごう、ゴブリンはもっと大規模な群れで行動する。近くに相当な奴等が残っている筈さ」
エミリーは厳しい表情で足早に進む。
ジョナサンは途中で足が痛いと言ったカミーユをおぶっている。
そんなジョナサンをエミリーは気遣った。
「悪いね、ジョナサン」
「良いさ……今の僕に出来るのはこんな事だから」
王都セントヘレナから歩く事5時間、あとひと息で楓村に着く。
その時である。
ごああああ!
あがおおお!
あおおおお!
「ゴブリンだ!」
ジョナサンが叫ぶとエミリーが悔しそうに歯軋りする。
「この気配……凄い数だよ! どうやらつけられた上に囲まれちゃったようだ。悔しいね、村までもう少しって所でさ!」
エミリーが手を合わせてジョナサンに懇願する。
「ジョナサン、お願い!」
それはちゃっかりと旅の道連れを頼んだ茶目っ気たっぷりな彼女の表情とは打って変わった真剣なものであった。
「私が奴等を引き付ける。その隙に弟を、カミーユを連れて逃げるんだよ」
「そ、そんな!」
エミリーは自分が犠牲になるつもり……なのだ。
これじゃどっちが騎士なのか分らないじゃないか!
あべこべだ!
「い、いや、僕が残る! 女性や子供を守るのが騎士の務めだ!」
思わず言葉を返すジョナサンにエミリーは首を横に振る。
「良いんだよ。あんたを巻き込んで悪かったと思っているんだ。ここで私達の為に犠牲になったら、私は一生後悔する。だから、逃げて!」
2人が言い合っているうちにゴブリンの群れが姿を現した。
その数は100匹にも達するような大きな群れである。
前後左右を固められ、逃げ道は無い。
それを見たジョナサンは歯の根が合わなくなるのを無理矢理押さえつけて叫んだのだ。
「エミリー、こ、今度は僕がお前達を守る! お前は弟を守るんだ!」
「うふふふふ」
そんなジョナサンの言葉に反応するかのように、どこからか笑い声がする。
「だ、誰だ!?」
いつの間にかジョナサン達とゴブリンの間に眩い光体が発生している。
ゴブリンは普段、地下に住んでいるせいか、眩しい光は苦手であった。
更にこちらに近付けないのは、いきなり出現した凄まじい魔力波を放つ光体に怖気づいているのだ。
「やっと、らしい事を言ってくれたじゃない。少し見直したわよ。じゃあ次は言行一致をして貰いましょうか」
白光がやっと収まって行く。
中から現れたのは精神体から実体化したシルバープラチナの髪をした小柄な少女、モーラルであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、お前はい、一体!?」
「話は後! 私はとりあえず貴方達の助っ人よ。 ジョナサン、後方を頼むわ。エミリーは弟を守って」
いきなり現れて、てきぱきと指示を出すモーラルにジョナサンとエミリーは吃驚しながらも何とか頷いた。
ジョナサンはすかさず背中のカミーユを下ろしてエミリーに託すと腰の長剣を抜き放つ。
「うふふふ、あんた達みたいに本能でしか動かない奴がいるから皆、魔物が全部一緒にされて誤解を受けるのよ」
モーラルは2人が自分の指示に対応したのを確かめると、前方に向き直りゴブリンに視線を投げ、にいっと笑う。
そして言霊を唱えながら両手を上げたのだ。
「我が主の名において助力を要請する。水の王アリトンよ、嘆きの川の凍れる水にて敵を寄せつけぬ力を与えよ」
モーラルの魔力波が一気に高まる。
「氷柱壁!」
モーラルの目の前に地面から氷柱が何本も飛び出した。
それは3m以上にも達し、あっと言う間に4人を守るかのように取り囲む。
頑丈な氷柱により今にも襲いかかろうとしていたゴブリン達はあっけなく弾き飛ばされてしまったのである。
モーラルが魔法を発動する様子を呆然と見ているジョナサン。
「ぼうっとしない!」
モーラルの大声が飛ぶ。
はっとするジョナサンにモーラルの指示が続く。
「良い? まず正面と背面の氷柱を使って敵を倒す。そして開いた所に殺到する敵をそれぞれ掃討するんだ。絶対に打って出てはいけないよ。周りが氷柱ならば私達はそこに真っ直ぐ飛び込んで来るゴブ共だけを倒せば済むからね。正面は私がやる! 背面は任せたよ」
「…………うっ」
「返事はっ!」
言葉が出ないジョナサンの脇腹をエミリーがつついて、やっと声が出たジョナサン。
しかし確認の返事をモーラルに促されて、エミリーと顔を見合わせると力強く頷き、大きな声で了解したと答えたのであった。
「は、はい!」「はいっ!」
「よ~し、合図をするから準備をするんだよ」
2人の返事を聞いたモーラルはタイミングを計っている。
「我が主の名において助力を要請する。水の王アリトンよ、嘆きの川の凍れる水にて我が敵を討て!」
モーラルの魔力がまたも高まって行く。
空気が震え、間近に居るジョナサン達は肌がぴりぴりして痛い程だ。
モーラルが言霊を唱え終わると地から生えていた前面と背面の巨大な氷柱が何本か揺れ動き、大きな音を立てて抜け宙に浮いたのである。
「氷柱槍! これはおまけだよ、回転!」
モーラルが正面に指を振り、そして背面を振り返ってこれまた指を振ると氷柱は不気味な音を立てながら回転して飛び、ゴブリン達を何十匹も薙ぎ倒したのだ。
辺りを魔物達の苦痛による絶叫が響き渡る。
「凄い……」
これにはさすがのエミリーも吃驚した。
「ジョナサン、エミリー、敵が来るよ!」
モーラルの叫びと共に開いた氷柱に残りのゴブリンが前後から殺到する。
減らされたとはいえ、まだ軽く30匹は居そうである。
「うわああああ」
思わず叫んだジョナサンだが、剣を振り回して、何とか先頭の1匹を斬り捨てる。
彼の頭の中からは騎士学校で今迄覚えた剣の使い方や身体の捌き方はすっかり抜けており、格好も何もあったものではなかった。
「や、やった! え、うわああああっ!?」
1匹倒して、つい安心してしまったんだろうか、ジョナサンに隙が出来た。
彼が気がつくと2匹目、3匹目のゴブリンが迫っていたのだ。
「たあっ!」
ぎゃぴっ!
ぐあっ!
目の前でエミリーのサクスが一閃した。
「ジョナサン! 気を抜かないで! あの娘は何者か分らないけど、少なくとも敵じゃない。チャンスが生まれたんだ。何としても皆で生き残るんだよ」
突然現れたモーラルにエミリーも状況が理解出来ないようである。
しかし、生き残る可能性が出てきた事をしっかりと認識して、そのチャンスを逃さないようにジョナサンを叱咤激励するエミリーは並みの少女ではなかった。
「よ、よし!」
「落ち着くの、深呼吸をして! ジョナサンは私達の強い騎士だろう?」
エミリーの言葉がジョナサンに沁みて行く。
僕は……エミリー達の騎士!
絶対に彼女達を守り抜く!
「たおおっ!」
いきなりジョナサンの身体が無意識に動き、襲いかかろうとしていたゴブリンが鋭い剣捌きによってあっという間に斬り捨てられる。
それを見たカミーユがにっこり笑って口笛を吹いた。
「エミリー、カミーユ、下がっているんだ!」
ジョナサンがエミリーとカミーユを手で制してゴブリン達の前に立ちはだかる。
剣を構えたジョナサンの瞳の輝きは今こそ真の騎士に近付きつつあったのだ。
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