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第172話 「現実」

「ジョナサン、弟を守って! 私が出るわ」


 エミリーはそう言い放つと腰のサクスを抜き、鋭い眼をして構えると何度か素振りをした。


「なっ!?」


 エミリーが前衛に出る!?

 驚きの余り、口をぽかんと開けて言葉が出ないジョナサンの代わりに彼女の弟のカミーユが返事をした。


「姉ちゃん、頑張って」


「おいおい、頑張るって? お前は女の子だぞ」


 思わず叫ぶジョナサンにカミーユが冷たく告げ、革鎧を引っ張る。


「お前、邪魔。足手纏い!」


 そして20cm程のハンティングナイフを抜き、振りかざすと自分の身は自分で守ると告げたのだ。


 何なんだ!

 一体これは、何なんだ!


 ジョナサンは戸惑っていた。

 守ろうとした少女と少年が自分より遥かに場数を踏んだ戦士のような堂々たる武器捌きなのである。


 また魔物の雄叫びが轟く。

 地獄の底から響いてくるような不気味な声であった。

 ジョナサンはそれを聞いて不覚にも足が竦む。

 今迄の試験や訓練で培った戦いの経験が全く役に立たないのである。

 それを見たカミーユが決定的な事を言ったのだ。


「仕方無いなあ、兄ちゃん。俺が守ってやるよ」


 たった7歳程の子供にこの俺が庇われる!?

 ジョナサンにとってこんなに情けない事はない。

 さすがに屈辱であり、なんとか自分を叱咤し震えを止まらせる事が出来たのである。


 街道の向こうから現れたゴブリンは全部で3匹……

『狩場の森』の個体よりふた周りくらい大きく身長は70~80cm程度もある。

 体格もがっちりしていて逞しい。


「ま、不味まずいぞ……」


「姉ちゃんなら大丈夫だ、あれくらいなら」


 思わず呟いたジョナサンにカミーユがぶっきらぼうに言葉を返す。

 吃驚してカミーユの顔を見るジョナサン。


 がああああああ!


 エミリーを認めたゴブリンが吼える。

 そして襲った冒険者から奪い取ったものであろうか、1匹のゴブリンは錆びたバトルアックスを振りかざすとエミリーに一気に迫ったのだ。


「はっ!」


 しかしゴブリンの攻撃に対するエミリーの動きは素晴らしかった。

 正面から打ち込んできたゴブリンの一撃をあっさりかわすと気合と共に魔物の脇腹を深くえぐったのである。


 ぎゃあああああ!


 ゴブリンは苦痛の声を上げ、抉られた部分を押さえて転げ回った。

 エミリーは落ち着いた様子でサクスを持ち替えると倒れたゴブリンの後頭部と首の境目あたり、すなわち盆の窪の延髄を刺し、息の根を止める。

 こんな少女が自分の仲間をこんなにあっけなくほふるとは、思ってもみなかったに違いない。人間のジョナサンだけではなく、ゴブリン達も相手の実力を見抜けていなかったのであろう。


 ごああああ!

 あがおおお!


 残ったゴブリン達は怒りの声をあげ、今度は2匹一度にエミリーに対して襲い掛かったのだ。


「はあっ!」


 1匹は錆びたメイスでエミリーの顔面を、もう1匹は棍棒クラブを振り回して足元を狙う。

 最早ゴブリンとは思えないコンビネーションのとれた攻撃である。

 しかしエミリーは完全に彼等の攻撃を読んでいた。

 上体を逸らして顔面への攻撃を躱すとバックステップして足元への攻撃も避けたのだ。

 攻撃を躱したエミリーはすかさず顔面へ攻撃したゴブリンの喉を掻き切った。

 喉から派手に血しぶきを撒き散らし、絶叫をあげて地に倒れ伏すゴブリンを乗り越え、足元を狙って来たゴブリンの顔にもサクスを突き立てたエミリー。

 彼女はこうして残りの2匹のゴブリン達もあっという間にあの世に送っていたのである。


「ふう~」


 サクスを振ってから布で血糊を拭ったエミリーは駆け足でジョナサンとカミーユの元に戻って来た。


「さあ、愚図愚図しないでこの場を離れるよ。奴等は共食いをするからこの死体が足止めになる筈さ」


 3匹のゴブリンを簡単に倒しておきながら息ひとつ乱していないエミリーをジョナサンは驚愕の表情で見詰めている。


「ほら兄ちゃん! ボケッとしてないで行くよ」


 カミーユに促されたジョナサンは「ああ」と掠れた声で返すと漸く歩き出したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 3人が暫く歩いた所でジョナサンが叫び声をあげる。


「死体だ!」


 それは見るも無残な死体である。

 年配の男性で行商人らしいが、ゴブリンに殺された上に腹の中を食い散らかされていたのだ。


「うげぇ!」


 ジョナサンは思わず吐いてしまう。

 今迄実戦といえば『狩場の森』での集団での戦闘しかなかったジョナサン。

 彼はこの非情な現実に精神も肉体も打ちのめされてしまったのである。


「可哀想だけど、この人もこのままにして行こう」


 エミリーが表情を変えずに呟く。


「ど、どうしてさ?」


「馬鹿だな、兄ちゃんは」


 思わず聞くジョナサンにカミーユが呆れたように言う。


「さっき姉ちゃんが言ったのを聞いていなかったのか? 足止め・・・だよ」


 足止め……

 ああ、この人が食われる間に僕達が逃げる時間が出来るって事か

 で、でも……


 逡巡するジョナサンであったが、エミリーに「置いていくよ」と言われ、慌てて2人の後について再び出発したのである。


 ―――3人の姿を見送った精神体アストラルのモーラルは首を傾げていた。

 体格といい、先ほどの連携の取れた攻撃のやり方といい通常のゴブリンとは余りにも違い過ぎるのだ。

 あの少女、エミリーはゴブリンが凶暴化していると言っていた。


 何かある……


 モーラルは念話でルウに現状を報告しながらジョナサン達の後を追ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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