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第17話 「騎士隊隊長」

 ルウ達が学園に出勤したように……

 また迎えの馬車を手配し、屋敷へ戻ったのがお昼直前の事。


 教頭のケルトゥリが理事長室を去ってから、学園での打合せは続けられた。

 王国騎士隊隊長キャルヴィン・ライアン伯爵へ報告する、詳細な内容まで詰められたのだ。


 その後、軽い昼食を摂ってから、約束の時間は来た。

 キャルヴィン・ライアン伯爵は時間通り、部下の騎士3人を伴ってドゥメール伯爵邸に現れたのである。

 

 アデライドが語っていた通り、アデライド、フラン母娘とキャルヴィンは旧知の間柄だ。

 今回のロドニアへの魔法学研修も、隊長のキャルヴィン自らが人選。

 選りすぐりの部下を同行させたつもりだった。

 

 それが事もあろうか……

 衛兵からの報告では部下5名が全て戦死。

 アデライドの娘、フランシスカの危難は正体不明の青年が助けたと言う。

 

 フランシスカの命が助かった事は幸いといえる。

 殉死した部下達は、犬死にとはならないからだ。


 大切な部下を失い、辛いながらも、胸を撫で下ろしたキャルヴィンではあったが……

 詳細な事件の報告を、被害者であるフランシスカから受けると共に、助けた青年の素性も是非知りたいと思っていたのである。


「これはこれはキャルヴィン様、ようこそいらっしゃいました!」


 ドゥメール伯爵家家令ジーモンが、数人の使用人と共に出迎える。

 

 アデライド、フラン母娘と同様に、ジーモンはキャルヴィンとは付き合いが長い為、ライアン伯爵などと堅苦しくは呼ばない。

 親しみを籠めて、ファーストネームで呼ぶ。

 キャルヴィンはそんなジーモンの表情を見て驚いた。

 いつもは厳しい表情の黒鋼くろはがねと呼ばれた巨漢が満面の笑みを浮べていたからである。


「何だ? ジーモン…… お前がそんな笑顔を見せるなど、何か悪い事でも起こるのではないか?」


「なあに、私はいつも通り、お役目を果たしております。それだけです」


「はは、そうか?」


 嘘をつけ! この筋肉達磨め! 

 

 心の中で自分の事を棚に上げ、 キャルヴィンは毒づいた。

 最近この気難しい家令を、とても喜ばせる何かがあったに違いない。

 もしかして、報告のあった正体不明の青年が原因だろうか?

 

 そう考えるとキャルヴィンは、もっともっと青年の素性が知りたくなったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドゥメール伯爵邸応接室……


「これはこれはようこそ、キャルヴィン。後は副隊長さんと部下の方々で宜しいのかしら?」


 アデライドがキャルヴィンを笑顔で出迎え、ふたりは軽く抱擁した。

 

 後の3人は副隊長がシュナル、隊員がカルメルとダンドリューとそれぞれ名乗る。

 4人のうち、キャルヴィンと副隊長のシュナルが長椅子に座り、部下の騎士はその背後に立った。


「アデライド、フランは大丈夫か? 衛兵によればだいぶ、やつれていたとの事だが」


 キャルヴィンは沈痛な面持ちで呟いた。

 

 何せ、敵の数が多かったとはいえ、騎士隊選りすぐりの屈強な精鋭があっさりと倒されてしまった。

 フランだけでも、生き延びる事が大変だったに違いない。


「ええ、亡くなられた5人の騎士には心からお悔やみを申し上げます。その事も含めて、これからフランと彼女を助けて従者とした者を同席させ、あなた方に報告させます」


 ほう!

 その青年を従者にまでした?

 

 キャルヴィンは少し驚いた。

 

 アデライドは巷で言われるほど、魔法にだけ傾倒している人間ではない。

 常識は勿論、人を見る目もある筈なのである。

 

 ……それが……こうも簡単に見ず知らずの男を大事な娘の従者にするとは?

 

 キャルヴィンはアデライドの話を聞いて、ますますその男を見たくなった。


「フラン、ルウ、入りなさい」


 ほう!

 これは……


 部屋に入って来たフランは少しやつれていたが……

 柔らかな笑顔を、キャルヴィンへ向けてくる。

 それよりも気になったのは、婚約者のラインハルトを失ってからあった暗い影が、一切消えていたのだ。


「いらっしゃいませ、キャルヴィン様、皆々様。この度は私の為、申し訳無い事になってしまいました」


 フランは深く頭を下げた。

 

 無残に殺された騎士達への弔意が伝わって来る。

 しかしキャルヴィンは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「いやいや、残念な事になってしまったが、私も含めてそのような事はあって不思議ではない。フラン、貴女を救えた事で彼等も浮かばれるだろう」


 騎士達の死は決して無駄ではない……

 キャルヴィンが告げると、フランは少しだけホッとした表情になる。


「そう仰って頂けると、少しは気持ちが楽になります……」


 そして……

 フランの斜め後方に、やや俯き加減で控える長身の男が居る……

 

 こいつが例の……男か……

 

 キャルヴィンはごく自然に男を観察した。

 

 背は結構高い。

 180cmを楽に超えているだろう。

 ほんの少しウエーヴがかかった黒髪に黒い瞳。

 彫の深い顔立ちに、表情は……険が全く無く穏やかである。

 

 ここいらじゃ見かけん顔だ。

 東のヤマト皇国の人間か?

 ……それに痩身で、武器も満足に扱えそうもない、こんな奴が果たして敵を?


「さあ、ルウ、自己紹介して」


 アデライドがルウを促すと……

 ルウは胸に片手を付け、片膝を床につけ跪き、キャルヴィン達へ挨拶した。


「これはこれはライアン伯爵様に王国騎士隊の方々。私はこの度、フランシスカ様の従者に取り立てられましたルウ、ルウ・ブランデルと申します」


 ルウは漆黒の瞳でキャルヴィンを見つめる。

 

 彼の瞳を見返したキャルヴィンは……

 自分の魂が、そのままルウに吸い込まれるような錯覚を感じる……


 いかん!

 何だ、これは!?

 魔法か?

 これでは奴のペースに乗せられる。

 

 キャルヴィンは意識を元に戻そうと、強く首を振った。

 そして、フランへ事件の報告を始めるように促す。


「では事件のあらましを順を追って話していただけないか、フラン」


 キャルヴィンの言葉を受け、フランは「ぽつりぽつり」と話し始めた。

 

 ヴァレンタインへ帰国する道中、急に襲われた事。

 敵の身長は1mを少し超えた程度、容姿は人間と言うより小鬼ゴブリンに似た魔法を使う怪物、これが約100体も襲って来た事。

 護衛の騎士5人はフランを守って全て殺されてしまった事。

 敵の数が多すぎて魔力が尽きて逃げている所をルウに魔法で助けられた事。

 襲撃現場に戻って遺体を弔い、剣などの遺品を回収した事。

 そして、ルウによって王都セントヘレナまで送ってもらった事。


 落ち着いて語るフランはだいぶ事件のショックから立ち直ったようではある。


「成る程、事件のあらましは大体分りました」


 フランから事件のあらましを聞き終わったキャルヴィンは、納得したように頷く。 

 一旦は爽やかな笑顔で……

 だが、一転。


あとは……そのルウに関してですね。彼が活躍した様子を、出来るだけ詳しくお聞かせ下さい」


 キャルヴィンは訝しげな表情で、再び尋ねた。

 まるでそれが本題だと言わんばかりに。


「キャルヴィン。ルウは、人間族の孤児でアールヴの里出身の魔法使いですわ」

 

 ここでアデライドが口を挟んだ。

 彼女からは、ルウの身元をしっかり伝えたいと言う意思が見え隠れする。


「ほう! そうなのか?」


「ええ、火属性の魔法、回復系、葬送魔法など使える魔法は多彩ですわ。後で分かった事ですが、うちの学園の教頭ケルトゥリ・エイルトヴァーラのおとうと弟子だったんですよ」


「成る程! あの才媛のアールヴの?」 

 

 キャルヴィンは,一応納得して頷いた。

 

 アデライドも軽く頷いている。

 まるで自分の意図が、しっかりキャルヴィンへ伝わっているというように。


「ええ、全くの偶然ですが……彼女の薦め・・・・・もあって、丁度手が足りない学園の臨時教師に採用すると共に、護衛役も兼ねてフランの従者にする事も決めました」


 アデライドの言葉を聞いたフランが、ぎこちなく微笑んでいる。

 これは、ケルトゥリの苦虫を噛み潰したような顔を思い出して、必死に笑いをこらえていたのだが……

 絶対に,そうは言えなかった。


「今後とも宜しくお願いします」


 ここでルウが、改めてキャルヴィン達へ頭を下げる。


 う~ん。

 話の筋は通っている。

 第一、目の前に居る男にはよこしまな気配が無い。

 

 それは極めて曖昧なものではあるが……

 キャルヴィンが、長年の騎士隊務めから得た独特の感覚だった。


 これで、話が済んだと判断したのか……

 アデライドが手を叩いてジーモンを呼んだ。


「ジーモン、お客様がお帰りですよ」


「お待ち下さい、奥様。お帰りになる前に、庭で騎士様達の遺品と例の証拠品をお渡ししましょう」


 アデライドの言葉へ返すように、ルウが上申する。


「ふふふ、そうだったわね。ルウ、すっかり忘れていたわ」


 アデライドが苦笑し、ジーモンへ指示を入れた。

 

「アデライド。遺品はともかく証拠品が頂けるのが何故、庭なのかな?」


 キャルヴィンが不思議そうに尋ねる。

 

 『受け渡し』が屋敷内ではなく庭なのか、アデライドの言う意味が分かりかねたからだ。

 そんなキャルヴィンの疑問に、すかさず答えたのが、これまたルウである。


「伯爵様、まだ『それ』を見ると、フランシスカ様が事件を思い出されて身体に障られるのです」


 そうか……

 この坊主、ちゃんと主人フランの事を考えているじゃないか。

 

 ルウの心遣いを感じて、キャルヴィンの口角が僅かに上がる。

 しかし、悪意から来る笑みではない。


「さあ、キャルヴィン様、皆様、ご案内致します」


 家令ジーモンのおごそかな声で、その場に居た全員が、ドゥメール伯爵邸の中庭に向かったのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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