第169話 「シンディの悩み」
「ふふふ、悪いわね。心配掛けて……じゃあ場所を変えて会議室に行きましょうか」
シンディ・ライアンは少し元気が出たようだ。
ルウに魔法武道部の副顧問を頼んでいる事もあり、悩みを話す気になったらしい。
2人は職員室を出ると黙って会議室まで歩く。
―――やがて会議室に入るとシンディは内側から鍵を掛けた。
余程、聞かれたくない話らしい。
シンディはルウに椅子に座るように勧めて彼が座るのを見てから自分も座った。
「ルウ君って凄いわね……」
2人きりになったので呼び方が変わり、いきなりルウの事を褒めるシンディだが言葉とは裏腹に疲れた顔でほうと溜息を吐いた。
「今回の事で私のキャパがとても小さいって良く分ったわ」
どうやらルウが様々な役目を果たしている事に対して自分が巧く物事を解決していけないことを卑下しているらしい。
それを聞いてもルウは穏やかな表情である。
そしてシンディに対して静かな口調で問う。
「俺でよければ力になります、よかったら話してください」
ルウの言葉が余程、嬉しかったのかシンディは涙ぐんでいる。
「ほら……話してください」
ルウに促されシンディはぽつりぽつりと話し始めた。
「私が今度、貴方と同じくリーリャ王女の担当の1人に指名されたのは当然知っているわよね」
ルウが頷く。
「今は学園の主任、1年A組の担任、攻撃魔法の上級指導官、魔法武道部の顧問で手一杯なのにリーリャ王女の教育と護衛が加わると家庭の事が全く顧みれなくなってしまうの」
シンディはもう1回大きな溜息を吐いた。
「私には子供が居るの、1人息子よ。今は騎士学校に行っているのだけれども……急に学校をやめたいと言い出したのよ」
ルウは黙ってシンディの言葉を待っている。
「どうやら学校で苛めにあっているらしいの……本人は絶対に言わないのだけれども。そして帰宅が遅いのよ……まあそんなに束縛しようとは思わないけど」
どうしてと言い掛けて、ルウはフランの弟であるジョルジュ・ドゥメールの事を思い出した。
彼は母アデライド・ドゥメールが『舞姫』と言われた天才魔法使い、そして姉フランシスカも母に負けない才媛と言われた中で育ってきた。
シンディの息子も父キャルヴィン・ライアンが武勇の誉れ高い騎士隊の副隊長、 母が元『鉄姫』と呼ばれた女傑の息子であれば当然周囲は期待を抱くし、成績が平凡なら同級生はあからさまに言うであろう。
「夫に相談したら私が学園をやめて息子のケアをするべきだと言われたの。でもそんな時にリーリャ王女の件で学園をやめたら国によって罰せられるなんて話が出たわよね。だから夫も、もう何も言わないけれども問題は何も解決していないのよ」
ルウはここでジョルジュの事を話してみた。
彼は母や姉と違う意味での魔法使い、すなわち自分の道を歩き始めたという事を……
当然、ドゥメール家の内情ではあるし、彼の将来はアデライドやフランには全て話してはいないので絶対に内緒でという念を押した上でだ。
「成る程……ルウ君……そのジョルジュ君も彼の面倒を見ている貴方も大変ね。確かに状況はそっくりだけど、根本的に違う事があるのよ」
「違う事……ですか?」
ルウが首を傾げるとシンディは苦笑した。
アデライド理事長は理解のある方だからと最後にはジョルジュの事を認めてくれるだろうと……
「こちらはね。夫の父……もう引退はしているけどライアンの家は騎士の家系だと誇りに思っている人がいらっしゃるの。ジョナサンが、ええ、息子の名前ね……騎士学校に入学した時も我が事のように喜んでいらしたから」
そうなるとジョルジュのように他の道を選んでも揉めるのは必至だ。
夫であるキャルヴィンも彼の父親と共に強硬に反対するであろう。
「息子の苛めの事を解決できれば良いのだけれども、学校側は苛めは無いって言っているのよ。だけどこのままじゃ息子は確実に学校をやめてしまう……どうしたらいいの?」
シンディは頭を抱え込んでしまった。
「ああ、任せろ! じゃなかった任せて下さい、シンディ先生」
「え!?」
顔をあげるとルウが自分を見詰めている事に気付いたシンディ。
その黒い瞳がとても深い深淵のような気がして彼女は少し眩暈を覚える。
「先生は学園にとって大事な人材です。抜けられたら困るじゃないですか?」
ルウはシンディに笑顔を見せると一転、厳しい顔になる。
そんな顔を普段見た事の無いシンディはどきりとした。
「良いですか、シンディ先生。俺の言い方は安請け合いのようですが、必ず何とかします。その代わり先生の家庭に関して立ち入った事を聞かせて下さい」
ルウは暫し、シンディからいろいろ話を聞くと魔法武道部の指導に向うという彼女を残して会議室を出た。
そしてそのまま直ぐ、フランの居る校長室へ向ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園校長室、午後4時……
ルウは校長室のドアをノックした。
「誰?」
「ルウです、ルウ・ブランデルです」
「ああ、入って!」
フランの問いにルウが答えるとフランの口調は途端に砕けたものになる。
さすがに学園内で周りも見ずに旦那様とは呼ばないが……
校長室に入って後ろ手にドアを閉めると部屋には誰も居ない。
「今日は……生徒のカウンセリングは?」
「もう来ないわ、旦那様。一体どうしたの?」
ルウはフランにシンディの置かれている状況や悩みを一切話したのだ。
そしてジョルジュの事も……
それを聞いたフランはジョルジュに対しての気配りに関してはとても嬉しそうにしていたのである。
しかしシンディの置かれている状況に関しては、やはり頭を抱えた。
騎士学校は横の繋がりはあっても所詮は他校。
シンディの事は個人の事情だし、魔法女子学園としてやれる事は殆ど無い。
しかも同じ魔法系の男子学園と違い、校風も全く違うのだ。
でもフランはルウに対して揺ぎ無い信頼を持っている。
「旦那様……私は信じていますから」
「まあ、任せろ!」
いつもの台詞が返って来てフランはとても嬉しくなる。
「はいっ! 私もシンディ先生は大好きですから個人的には出来る限り尽力します」
フランはそう言うと、もう1度我が夫を頼もしく見詰めたのであった。
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