第165話 「家族の支え」
ルウに手を引かれながらナディアは黙って俯いている。
しかし彼女が緊張したり、怖がっているのではないのはその嬉しそうな表情から見てとれる。
今、2人はこの屋敷でナディアの為に用意された部屋に向っているのだ。
とうとうこの日がやって来た。
ナディアは期待で高鳴る胸を押さえるのに精一杯だ。
フランから聞いていた大人への、そして甘い陶酔の世界へ自分も今夜から一歩、足を踏み入れる。
ルウという心から好きな人に抱かれて『女』にして貰い、悦びを得るのはどんなに素晴らしい事だろうか、あの日以来傷ついて穴が開いたような心が満たされる事を望んでいた彼女にはそれは憧れだったのだ。
部屋に入った後、ドアは閉められる。
これでもうルウと2人きりだ。
「キスして! 旦那様」
ルウは黙ってナディアの桜色の唇を優しく啄ばんだ。
「ああ、旦那様……ボク……旦那様に……抱かれるの、ずっと夢見ていたんだ」
ルウは黙ってナディアを抱き締める。
そんなナディアがいじらしくて堪らないのだ。
そして、そっと彼女のブリオーをルウはそっと脱がせて行った。
ナディアはもう夢見心地である。
暫くして2人は一糸纏わぬ姿になるとルウはナディアを軽々と抱え上げた。
いわゆるお姫様抱っこである。
「凄いよ……ボクが想像していた通りだ。だ、旦那様……嬉しいよ」
ゆっくりとベッドに降ろされたナディアは、またもルウのキスを全身に受け甘い吐息を洩らしている。
やがてルウはゆっくりとナディアに重なり、2つの影は1つになったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「凄いよ、これが……男女の営み……なんだね」
熱い抱擁と行為が終わった後、ルウに腕枕をされてナディアがぽつりと呟いた。
呆けたような表情をしているナディアの唇にルウは軽くキスをしてやる。
すると感極まったナディアは甘えた声を出してルウにしがみついて来たのだ。
「痛くなかったか?」
「少し……」
ナディアは恥ずかしそうに言うとルウの胸に顔を埋めてしまう。
そんなナディアのさらさらした茶色の長い髪をルウはとりとめもなく弄っている。
「お前の髪は綺麗だな、ナディア」
「最近はポニーテールをやめているけど、こっちの方が良いかな?」
ナディアはルウの胸に顔を埋めたまま尋ねる。
「俺はポニーテールも可愛くて好きだし、今の髪型も凄く素敵だと思う。両方大好きかもしれない」
そんな事を言うルウをナディアは軽く叩く。
「もう! 旦那様ったら。そんな事を言うんじゃ、ボクはどちらかに決められないよ」
ナディアはそこでふうとひと息吐くと、潤んだような瞳でルウを見詰める。
そして旦那様に抱かれてよかったと、嬉しそうに囁いたのである。
「ボクはあれからずっと眠れてなくて明け方に少し寝て、また直ぐ起きる。そんな生活の繰り返しだったんだ」
皆に心配や迷惑を掛けたくなかったんだと、ナディアは一瞬辛そうな表情をした。
「でも馬鹿だったな。そんなボクの事を皆はとっくに知っていてとても心配してくれていたんだ。ボク、旦那様が死ぬほど大好きだけど、家族である他の子達も違う意味で大好きなんだ」
「違う意味でか?」
ルウが聞くとナディアは強く頷いた。
「ああ、同志というか……ジゼルが好きそうな表現ならば『戦友』かな」
そう言いながらナディアは今夜の件で改めて自分が1人では無く家族の支えの中で生きている事を実感していたのである。
そんなナディアに急に睡魔が襲って来た。
ああ、ボク……今夜からぐっすり眠れそうだ……旦那様、そして皆、本当にありがとう。
ナディアはだんだんと瞼が重くなって来て、今迄の不眠が嘘のようにあっという間に深い眠りに入って行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール邸ナディアの宿泊部屋、午前6時30分……
ナディアはいつもの時間に目が覚めた。
今迄の寝不足が嘘のような爽やかな目覚めである。
何か夢を見ていたようだけど……
だけど夢っていつも目を覚ますとどんな夢だか忘れるんだよね。
そ、そうだ! 昨夜はボク、旦那様に抱かれて……そのまま……寝ちゃって……
慌ててナディアが傍らを見るとルウは未だ眠っていた。
寮ならば良いが、確かこの屋敷から出勤するのならもう起床しなければならない時間だ。
「だ、旦那様……直ぐ起きて! もう支度をしなくちゃ」
必死に起そうとするナディアの声に応えるかのようにルウが目を開けるが……
「ああっ! 旦那様ったら、ずるいよ。ボクが声を掛ける前に起きていたの?」
「ははっ、少し前からな。お前の寝顔はとても可愛かったぞ」
もうっと、小さく叫びながらルウの胸を軽く叩くナディア。
そんなナディアをルウは確りと抱き締めたのであった。
―――ドゥメール邸食堂、午前6時50分
ルウとナディアが部屋から出て食堂に降りて来た。
ナディアの手は確りとルウの手を握っている。
それを見たフランは微笑み、フランを見るアデライドは悪戯っぽく笑う。
「な、何? お母様?」
笑顔のアデライドに見詰められている事に気付いたフランは吃驚して母に問う。
「ふふふ、お前も成長したと思ってね」
「成長?」
アデライドの言葉にフランは怪訝な顔をする。
「以前はルウに……貴女の旦那様に、他の女の子が近付くだけで、やきもきしていたのにね」
アデライドにそう言われて以前の自分を思い出したのであろう。
フランは思わず恥ずかしさに頬を赧めてしまった。
「お母様、からかわないでください」
「からかってなんかいないわ……」
娘の言葉に手を横に振るアデライド。
貴女は本当に明るく、強く、そして頼もしくなった。
私の自慢の娘よ!
アデライドの心の中は娘の成長への賛辞の気持ちで一杯であったのだ。
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