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第164話 「思いがけない指名」

 魔法女子学園屋外闘技場、午後5時……


 魔法武道部の平日の訓練はこの時間で終了する。

 今日は残りの30分で身体強化の魔法とは実は不完全なものであると、ルウから改めて教えて貰った事にジゼル以外の3年生は驚いていた。

 今の2年生や1年生は基本的に身体強化の魔法を未だ教授して貰っておらず実感が湧いていないが、3年生の彼女達にはこの魔法の効果や持続時間の不安定さが悩みの種であったからである。

 何故、そんな事が分るのかという質問が部員達からルウに相次いだ。


「個人の才能の差は確かにあるけれど、こんなに基本的な魔法がこれだけ効果にばらつきがあって安定性に欠ける事に対して、まずは疑問を持つべきなんだ」


「疑問……」


 ルウがそう言うと副部長のシモーヌが彼の言葉を繰り返す。


「そうだ、シモーヌ。それが当たり前、つまり常識だと信じ込む前に一旦立ち止まって考えるんだ。例えば何か足りないものがあるんじゃないか? もしくは完成していない魔法なんじゃないか? とな。常にそのような探究心と疑問を持てというのが俺の魔法に対する考えだ」


「探究心と疑問……」


 今度はジゼルが感心したように呟くと、ルウは考えるのは楽しいだろうと笑う。


「とりあえず今日は教えた言霊を繰り返し、詠唱するんだ。しっかり唱えられるように練習しておいてくれ」


 ルウが「解散」と告げると部員達の大半はジゼルの合図で礼をして部室に戻って行く。

 残ったのはジゼルとシモーヌである。


「どうした、2人共」


 ルウが聞くとジゼルがシモーヌを前に押し出し、にっと笑った。


「以前の一件を未だ気にしているのさ、彼女は……改めて謝りたいんだそうだ」


 ジゼルに「ほらっ」と言われてシモーヌは頭を深く下げる。


「このシモーヌ・カンテ、先生の深いお考えを理解しようともせずに不覚の至り。誠に申し訳ありません」


 真面目な性格の為にひたすら謝るシモーヌにルウは手を横に振った。

 そして顔をあげるよう彼女に告げたのである。

 顔をあげてルウの顔を見詰めたシモーヌは彼の黒い瞳に吸い込まれそうになった。

 思わず顔を横に振るシモーヌだったが、気を取り直してルウを見ると相変わらず穏やかな表情を浮かべた異相の青年が立っていたのである。


「お前の気持ちも分るよ、シモーヌ。人が今迄やって来た事を変えるには大変な力が要るんだ。それに人間も基本的には動物だ、安全さを求めて危険を避けたい本能が働くものさ」


 それを聞いたシモーヌは感心したようにほうと息を吐いた。


「1回試したら、全てが壊されると人は考えてしまう。汚されると考えてしまう。しかし俺は違うと思う。駄目だったらやめれば良い。直ぐ元のやり方に戻せば良いのさ」


 ルウが言う通り適材適所の考えを取り入れた魔法武道部の現在の訓練はとりあえず巧く行っている。

 今まで必ずあった下級生の脱落が起こるどころか、あの日以来体調不良の者以外は殆ど欠席者も居ないのだ。


「人間は無限の可能性を持つと創世神も仰っている。新たな事に挑戦し続け、己の限界を更に超えていくのは彼の意思でもあるだろう――おっと!」


 もうこんな時間だ! とルウは大きく驚いた振りをする。


「早く着替えて寮に帰った方が良いぞ、また明日張り切って鍛錬しよう」


 今日はジゼルも学生寮に戻る。

 残り少ない寮での生活を楽しめとルウが勧めたのだ。


「じゃあ副顧問、ごきげんよう」「ルウ先生、ごきげんよう」


 ルウの気持ちを察したのか、ジゼルはシモーヌに目配せし、彼女らしく凛々しく礼をすると部室の方に去って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法女子学園正門前、午後5時45分……


 ドゥメール家の黒い馬車が停まっている。

 これから皆で屋敷に帰るのだ。

 今日、屋敷に戻るのはアデライド、フラン、ナディアというメンバー。

 アデライドとフランは残業で、ナディアは既に学生寮を引き払っている。

 ジョゼフィーヌは迎えに来た実家ギャロワ家の馬車で帰宅し、オレリーはジョゼフィーヌの馬車に便乗させて貰い授業が終わると同時に学園を出て既に母の奉公先であるドミニク・オードランの家へ戻っていたのだ。


 全員が馬車に乗り込み、御者がぴしりと鞭をくれると馬車は発進する。


「今日は派手な事をやったんですって?」


 アデライドがルウに対して興味津々の表情を浮かべて聞いて来る。

 『派手な事』とは2年生達の前で巨大な火蜥蜴サラマンダーを呼び出した件に違いない。


「まあ……少し」


 ルウは口を濁し、軽く頭を掻いた。

 いつものルウには珍しく少し苦笑いをしている。

 少々やり過ぎたと思っているのであろうか……

 しかしその後に続いたアデライドの話は案の定彼女らしいものであった。


「火蜥蜴――今度は私の目の前で召喚してくれる?」


「もう! お母様ったら!」


 フランが呆れ、じと目で自分の母を見詰める。


「あら、貴女はこれで火蜥蜴を見るのは2回目でしょう? 地の精霊の時だって私はぜひ異界に行きたかったのに……未だルウから彼の魔法の真髄を私は何も見せて貰っていないのよ。不公平だわ」


「ははっ! アデライド母さんとは1度じっくり、魔法談義をしなくちゃな」


 ルウが微笑むとフランが慌てて止めに入る。


「駄目、駄目! この人とそんな話をしたら間違いなく、まる3日間は徹夜よ」


 娘の悲痛な声を聞いてもアデライドは澄まし顔であった。


「ふふ、ルウ。宜しく頼むわね」


 そんなアデライドに答える代わりにルウは親指を立てて、しっかりと了解の意思を示したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドゥメール邸フラン私室、午後8時……


 部屋の中ではルウ、フラン、そしてナディアがいつもの通り紅茶を飲みながら寛いでいた。


「今夜は旦那様と2人きりでゆっくりなさい、ナディア」


「え!? フラン姉、ジゼルじゃなくて次はボクで良いの?」


 フランの指示に驚いた声を発したのはナディアである。


「ええ、旦那様は勿論、ジゼル達の了解も貰っているわ」


「だ、だってこの前、我慢出来なくてボクは皆に内緒で旦那様に会いに行ったのに……あ!」


 ナディアがつい洩らした『告白』を聞いたフランは優しく微笑んだ。


「悪魔につけられた傷がまだ癒えていない貴女が、少しでも早く旦那様と結ばれてその不安を失くしたい……その気持ちを皆が分っているからね」


 もう悪魔の影響は無いと見せながら、不安な夜を過ごしていたナディアの事をフランを含めた皆が心配していたのである。


「まあ貴女が今夜どうするかは任せるわ。もし『初めての時』はこの屋敷じゃなくて『他の場所』が良いのなら、普通に添い寝して貰いなさい。旦那様も無理に貴女を抱かないわ」


「…………」


 フランの優しい言葉にナディアは無言になり顔を手で覆っている。

 泣きそうになっている顔を見られたくなくて思わず隠してしまったのであろう。


「ナディア、お前の部屋に行こうか?」


 暫しの間の後、ルウが問い掛けて手を差し出すとナディアは「はい」と掠れた声で彼の手を確りと握ったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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