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第163話 「成長への痛み」

「さあ、どうなのですか? 答えてください、マノン・カルリエ」


 2年A組の担任クロティルド・ボードリエの追求は全く容赦が無かった。

 マノンは俯いて黙ってしまっている。

 こうなると、どちらが悪かったかは明らかであった。


「マノン、お前はちょっと勘違いしてただけだろう? なあ、そうだな」


 そこにいきなり言葉を差し込んだのはルウである。


「ルウ先生!」


 クロティルドが非難するような視線を向けるがルウはお構いなしだ。


「お前は今迄会った魔法使いの人数は限られている。子供の頃から魔法を習ったのであれば皆、身分の高い者ばかりだったのだろう」


 ルウはマノンに近寄ってその顔を覗き込む。

 そして誰にも聞こえない様にそっと囁いたのである。


「マノン、詰まらないプライドに拘って、お前と言う人間が否定されてしまうのは馬鹿げている。人間は学習しながら成長するんだ。たまには辛い事もある、これも勉強さ」


 ルウの黒い瞳の中にマノンの姿が捉えられるとマノンは吸い込まれるような感覚に襲われ、呆けたように力なく頷いた。


「マノン、そして皆も聞いてくれ。俺はこの学園で教師をさせて貰っているが、皆が知っての通り魔法大学どころか魔法男子学園も卒業していない。当然、平民だし親が誰かも分らない」


 ルウの告白を2年C組は勿論、A組の生徒達も黙って聞いている。


「だが……魔法は身分や生まれなど全く関係ない、良く見ておくんだ」


 そしてルウは目を閉じ、魔法使い独特の呼吸法を使うと一気に魔力を高めた。

 程なくその口からは言霊が奔流のようにほとばしる。


「火蜥蜴よ! この大地の血脈にして偉大なる火の精霊よ! 人々に生きる力と恵みを与える神の使いよ! 我が前にその姿を見せよ!」


 ルウの言霊から発生した巨大な魔力波が巻き起こり、それはあっという間に高熱を纏うと高く高く立ち昇った。


 かあああああああ!


 ルウが召喚した精神体アストラルが吼える。

 それは神々しい竜の姿をした巨大な精霊、火蜥蜴サラマンダーであった。

 火蜥蜴は本来は1体1体が小さな精霊であるが、ルウは何万体もの火蜥蜴を同時に呼んだのである。


「あ、あああ……」


 マノンは何かを言おうとするが、驚きの余りもう言葉になってはいない。

 フランは黙って火蜥蜴を見詰めていたが、クロティルドや他の生徒達は呆然としていた。 

 そんな中でルウは先程の発動の時と違っていつもの穏やかな表情に戻っている。


「どうだい、マノン。平民の魔法もなかなかだろう?」


 マノンはがくがくと頷くとルウは彼女の頬にそっと手を当てた。

 先程、エステルに思い切り打たれた頬である。


「ひぃ!?」


「大丈夫だ、じっとしてろよ。治療キューア


 ルウの手が回復魔法で発する光で煌くとマノンの頬を温かく癒して行く。


「あ、あ、温かい。先生! 温かいよう!」


 感極まって叫ぶマノンをルウは優しく諭す。


「ああ、悪かったな、さぞ痛かったろう。エステルには後で話しておく……だから分るな?」


 マノンはルウを見て素直にこくんと頷くと2年C組の生徒達に向き直り、しっかりした言葉で謝罪を述べたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法女子学園屋外闘技場、午後2時30分……


「今回はルウ先生のお陰ね」


 生徒達は全員屋外闘技場に車座になって話に夢中になっている。


 ルウやフランと生徒達の輪の中心に居たクロティルドはその光景を見てほうと溜息をついた。

 あれから2年C組の5人、オレリー・ボウ、ジョゼフィーヌ・ギャロワ、アンナ・ブシェ、ルイーズ・ベルチェ、そして最後に学級委員長のエステル・ルジュヌが2年A組の生徒達の前で見事に2年生が現在取り組んでいる攻撃魔法の『弾』と防御魔法の『壁』の課題クリアを披露して見せたのだ。

 ルウが事前に魔力回復薬ポーションで魔力量の回復を指示していたのはこの為である。

 ルウ自身の力だけでは無く、C組の生徒達の現在の実力も確りと見せて、A組の生徒達の詰まらない偏見を無くしたかったのである。


 魔法使いは決して身分や生まれで才能が決まるのではない。

 マノンを始めとして、魔法使いの力を身分や生まれで判断するという事がいかに愚かだと思い知らされたのだ。

 普段は成績も下だからと馬鹿にしていたC組の生徒達が自分達以上の魔法の冴えを見せ、圧倒されたA組の生徒達は今度は全員納得の上で謝罪したのである。


 こうなるとC組もA組も優れた魔法使いを目指す同じ学園の仲間同士である。

 今はわだかまりも無くなり、魔法談義に花が咲いているのだ。


「ふふふ、これでは授業にならなくなっちゃったわね」


 クロティルドは苦笑して呟いたが心中では全く違う事を考えていた。

 彼女はルウと生徒達の実力に感心していたのである。


 先生も先生なら生徒達も凄いわ……


 クロティルドは自分自身が2年A組はエリートというプライドに囚われていたのを改めて実感し、これからは生徒達と確り切磋琢磨して行こうと決めたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法女子学園屋内闘技場、午後4時30分……


 一般生徒の授業が終わった後、ルウは魔法武道部の副顧問として部員達の鍛錬の指導をしている。

 先程、2年C組の生徒であるミシェル・エストレとオルガ・フラヴィニーが部長のジゼル・カルパンティエと何か話しているのをルウは気付いていた。

 多分、午後のC組とA組の一件を報告していたのであろう。

 案の定、何か用がある振りをしてジゼルがルウに話し掛けて来たのである。


「旦那さ……い、いや、副顧問。貴方が今日屋外競技場で使った精霊魔法に関して聞きたいのだが」


 目をうるうるさせて興味津々のジゼルにルウは苦笑すると首を横に振った。

すると拗ねたように口を尖らせ、頬を膨らませるジゼル。

 学園1番の優等生で生徒会長でもある才媛は愛するルウや親しい人の前では喜怒哀楽の激しい無防備な1人の少女なのだ。


「ほら、それより今日は身体強化の魔法の練習をするぞ。これを完璧に覚えたら魔導拳の初歩の組み手を練習するから」


 それを聞いたジゼルは、ぱあっと花が咲いたように微笑んだのだ。

 本当に分り易い性格である。

 新たな鍛錬の話を聞いて、もう機嫌が直っているのだ。


「りょ、了解。皆に言霊を詠唱する準備をさせます」


 ジゼルはそう言い残すと、練習を続けていたシモーヌへひと言、ふた事囁いた。

 シモーヌもジゼルに勝るとも劣らない格闘オタクな少女である。

 新たな鍛錬に対しての反応が凄い。

 彼女もにっこりしてルウを見る。

 

 そしてジゼルとシモーヌの2人が魔法武道部の部員全員に新たな鍛錬の事を伝えると、気合の篭った彼女達の魔力波が屋外闘技場に満ちたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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