第162話 「口論の果てに」
魔法女子学園本校舎地下1階学生食堂、午後12時45分……
今、食堂内は不穏な空気が流れていた。
魔法女子学園の生徒達が2つのグループに分かれて睨み合っているのである。
原因は2年C組の学級委員長エステル・ルジュヌが2年A組学級委員長マノン・カルリエの頬を張った事にあった。
経緯を全て見ていた2年C組の生徒はまったく譲る気配を見せない。
またマノンと一緒に食事を摂っていた2年A組の生徒達も暴力を振るわれた事からこれも一歩も譲らない。
「改めて謝罪しなさい、マノン。私達どころかバートクリード様達まで穢すような物言いは許せないわ」
エステルが腕組みをしながら再度の謝罪を求めると、頬を張られて涙ぐむマノンの傍らで抗議するのはマノンと同じポレット・ビュケ等、2年A組の生徒達である。
「こちらこそ理由はどうあれ暴力は許せないわ。エステル、貴女こそ謝罪しなさい。それに元々騒いでいたのはC組でしょう。ここは生徒、皆の場所なのよ。常識を考えて欲しいわ」
ポレットが怒りに燃える目で吐き捨てるように言い放つと2つのグループの緊張は最高潮に達していた。
ここに居るのは普通の人間では無い。
全員が魔法使いである。
双方から放出される魔力波が息苦しくなる程、学生食堂を満たしていた。
その時である。
「ははっ、凄い魔力波だ。普段、授業でこれだけ気合を入れてくれれば良いけどな」
少しとぼけた声が食堂に響く。
ルウであった。
「先生!」
緊張が解けた2年C組の生徒達から安堵の声が洩れる。
逆にA組の生徒達からは「何よ!」という反発の声が聞こえて来た。
そんな声に対して穏やかな表情で返すルウ。
「お前達の魔力波が凄いからな。ほらクロティルド先生も来てくれたぞ」
ルウが相変わらず穏やかな表情で言うと彼の後ろに居る女性が進み出る。
「ほらぁ、貴女達。喧嘩の原因は? 私は元とは言え、創世神の神官よ。まず2人共『懺悔』なさいな。そうして貰えれば神の御名の元に公平な助言を私が行うわ」
懺悔って? 生徒達のざわめきが大きくなって行く。
「普通は礼拝堂の懺悔室でやるんだけれど。屋外闘技場にしましょうか? そこで2人の言い分を存分に聞くわ。勿論両方のクラスの生徒の前でね。どうそれが嫌とか出来ないとか言うのなら……今、過ちを認めて相手に謝って頂戴」
クロティルドは流石である。
この諍いもある種の授業にしてしまおうとしているらしい。
「私はクロティルド先生の指示通り、改めてきちんと説明します」
ときっぱり言うエステル。
「私は……」
と言い掛けるマノンの言葉を強く遮ったのはポレット・ビュケである。
「駄目! しっかりして、マノン……何にしても暴力はいけないのよ」
ポレットは弱気になりそうなマノンを窘めると、エステルと2年C組の生徒を睨みつけている。
「ルウ先生、ウチのクラス、午後の授業は丁度屋外闘技場で課題の披露をするの。そのうちの30分をこの話し合いに充てるわ、どう?」
クロティルドは片目を瞑っている。
ここは彼女の提案を受けておいた方がよさそうだ。
「分った、俺にも考えがあるんだ、フランシスカ先生には了解を取ろう」
ルウは頷いてフランに話す事を決めたのである。
――ルウは2年C組の生徒達に先に屋外闘技場に行くように指示をすると、そのまま魔導昇降機で4階に上がり校長室を訪ねた。
丁度、フランは授業に赴く準備をしていた所である。
ルウは自分の考えと共に手短に話をするとフランも了解した。
そして2人は直ぐに屋内闘技場に向ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園屋外闘技場、午後1時……
いよいよクロティルドの画策した両クラスのトラブルを収める『儀式』が始まろうとしていた。
学生食堂の時と同様に片や2年C組、こなた2年A組と2つのグループが睨み合っている。
ルウは現場に着くと、その場に居るC組の生徒のうち5人の生徒に声を掛けて魔力回復薬を渡すと飲んでおく様に指示を出しておいた。
「じゃあ、マノンから懺悔をしてください」
クロティルドの声にマノンはグループとグループの中間に進み出る。
その背にポレット・ビュケの声が掛かる。
「駄目よ、マノン。『懺悔』なんかしちゃ! 今回の件に関してしっかりと話すのよ」
マノンの頬はまだ少し赤い。
そして口の中は血の味がする。
先程のエステルに張られた事で口の中が少し切れたようだ。
マノンは深呼吸すると今回の件に関して話し始めた。
「私が学生食堂で食事をしていたら、隣でずっと2年C組の人達が騒いでいました。ずっと騒いでいて収まりそうにないので、私は静かに食事を続けたいと注意しました。そうしたらエステル・ルジュヌが来て謝るように言い、私は謝罪の必要がないと思ったので黙っていたら一方的に殴られました」
それを聞いた2年C組と2年A組の反応は対照的である。
「酷いわ! 話が嘘じゃない! 私達の事を誹謗したのに」
「何かオレリーの事やバートクリード様の事も馬鹿にしていたらしいの」
片や2年A組は『C組の暴力反対』と声高に叫んでいた。
ぱんぱんぱん!
そこにフランの手を叩く音が鳴り響く。
生徒達はぴくっと身体を震わせると大人しくなる。
「では次にエステル、懺悔をしてください」
「はい」と返事をして同じ様に前に進み出たエステル。
彼女もマノンと同様に深呼吸をすると一気に話し始めた。
「まずは誤解の無いように話しておきます。C組の皆は分っているだろうけどまず悪いのは私達です。学食で騒いでいたのは反省しなくちゃいけない。そしてその事に関してはマノンに謝罪をしていますし、改めてこの場でクラスを代表して謝罪をします。マノン、そして2年A組の皆さん、申し訳ありませんでした」
いつも自分の主義主張を貫くエステルがまず謝罪をした事に両クラスの生徒は呆気に取られている。
「しかし、彼女の……マノンの注意の仕方は私達を誹謗する表現だったのです。具体的に言うと私達を落ちこぼれと言いました。その失言についての謝罪が一切無かっただけに留まらず、その上ウチのクラスの誇りである学年首席のオレリー・ボウを認めず彼女を貶めたのです」
エステルはここで乾いた唇を舌で軽く舐めると話を続けた。
「オレリーへの誹謗も彼女が平民だからというとんでもない事でした。それは私達の祖であるバートクリード様をも否定する事になりますし、私は今迄の事も含めて許せませんでした」
「それで殴ったと?」
エステルの話を聞いていたクロティルドが彼女に問い質した。
「はい、殴ったのは間違いありません」
エステルが殴ったのを認めるとクロティルドは首を横に振った。
「エステル、敵ではないのですからいきなり殴るのは良くありません。相手が直ぐに聞き入れなくても、もう少し説得すべきです。これは今後の事にも繋がります」
クロティルドの注意にエステルが頭を下げて詫びるのを見た2年A組の生徒達が勝ち誇ったかのように騒ぎ出したが、凛とした声がその騒ぎを断ち切った。
「静かにしなさいっ!」
2年A組の生徒達を窘めたのもやはりクロティルドであった。
そしてそのままマノンを問い質したのである。
「マノン、貴女……エステルが言った事に間違いは無いの? 貴女の言っている事とだいぶ違うようだけど?」
「う……」
マノンは何か言おうと思ったが咄嗟に良い言葉が浮かんで来ず黙ってしまう。
それを見たクロティルドが念を押すように尋ねる。
「先生は嘘と誹謗中傷が大嫌いです。理由はこれらが創世神様の教えにも背く事だからです。もう1度聞きますよ、マノン。貴女の言った事に確かに嘘は無いのでしょうね?」
クロティルドの厳しい視線にマノンはつい視線を外してしまったのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




