第160話 「無茶な訓練」
オレリーとジョゼフィーヌが見事に課題をクリアした事に対して2年C組の生徒達の反応は様々であった。
闘志を燃やす者はまだ良い。
ただただ凄いと憧れる者も良い。
しかし落ち込んで嘆息している者も少なくはなかった。
親の爵位の差や商家の格はあったとしても彼女達は今迄何不自由無く暮らして来たお嬢様達ばっかりである。
召喚魔法もそうだが、人生で初めて味わう才能の差という挫折の味は苦く辛いものなのだ。
アンナはジョルジュからプレゼントされたアミュレットを握り締めた。
勇気が欲しい!
しかし自分はあれだけ見事に課題をクリア出来るだろうか?
そんな中、フランが次に課題を披露する者を促した。
「オレリーもジョゼフィーヌも合格ね。攻撃の『弾』と防御の『壁』をしっかり見せてくれたわ。さあ、続いて課題を披露する方はどなた?」
アンナはつい逡巡する。
そこへ闘志を燃やした者の1人が進み出たのだ。
学級委員長のエステル・ルジュヌである。
召喚魔法とこの属性魔法の授業で商家の娘であるルイーズ・ベルチェが工務省に入る為の適性を見せた事に、自分は遅れを取っていると感じていた彼女は生来の負けず嫌いな性格もあってとても気合が入っていた。
今日はクラスでは自分が1番に課題をクリアするという気持ちで授業に臨んだのだ。
ただ番狂わせというか、エステルにとってはまさかの出来事が起こった。
学年首席とはいえ、オレリー・ボウがなんといきなり攻撃と防御の課題を両方とも鮮やかな手際を見せ、1度でクリアしてしまったのである。
エステルが呆然とする所を彼女から見ても単なる我儘な貴族令嬢に過ぎないと軽く見ていたジョゼフィーヌ・ギャロワまでもが同じ様に課題を華麗にクリアするとさすがに黙っていられなくなったのだ。
「はいっ! エステル・ルジュヌ――行きます!」
「頑張ってね、学級委員長」
フランの呼び掛けにもう1度「はいっ!」と元気良く答えたエステルは呼吸法を用いて集中すると魔力を高めて行く。
そして一旦目を閉じて魔法式を思い浮かべると一気に詠唱して行った。
「我は知る! 神の炎と共に地を司る御使いよ! 母なる大地の鉤爪を我が剣として敵を殲滅せよ! ビナー・ゲブラー・ウーリエル・ヴァウ・マルクト!」
言霊を唱え終わったエステルが手を振ると闘技場の土が舞い上がって空中で球体化する。
彼女の拳大の小さなものではあったが、やっと生活魔法を覚えている過程であった昨年の事を考えると大幅に魔法使いとしての成長を遂げているのだ。
「はあっ! 岩弾!」
彼女の裂帛の気合と共に硬く形成された土の球体が素晴らしい速度で一直線に闘技場の的に向かうと大きな音を立てて命中した。
「や、やった!」
エステルは思わず声を出したが、眩暈がして思わず地に膝をつきそうになる。
「大丈夫か? エステル」
聞き慣れた声と共に力強い力で抱えられ、倒れずに済んだエステル。
「ル、ルウ先生……」
エステルはそう呟くと気が遠くなり、意識を手放したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園救護室、午前10時30分……
「はっ!?」
エステルが目を覚ますとそこは屋外闘技場ではなかった。
周りを見ると自分がベッドに寝かされている事が分ったのである。
「ふふふ、気がついた?」
「フラン……シスカ先生!?」
また聞き覚えのある声が頭上から降って来た。
傍らを見るとフランが微笑みを浮かべて付き添い用の小さな椅子に座っている。
「貴女は魔力切れで気を失ったのよ」
「魔力切れ!?」
それはエステルにとっては情けない言葉であった。
魔法使いは個々の体内に決められた魔力の量を持っている。
それは発動した魔法によって減少し、元に戻すには時間を掛けて大気中の魔力を取り込む自然回復か、魔法回復薬などを飲むしかないのだ。
「貴女、今朝魔法の練習をやったんじゃない?」
「ど、どうして?」
分るんですか? という眼差しでフランを見詰めるエステル。
「分るわよ、私も昔同じだったから」
「先生が!?」
驚くエステルにフランが笑いながら頷いた。
「限界まで魔法を使って魔力切れで倒れて、また魔法を使って……その繰り返しだったわ。そうやって私は魔法の練習をしたの。魔力量は個人差があるけど回復には大抵半日はかかるからね」
「本来、そのような魔法の訓練はお勧め出来ませんよ。身体に負担がかかり過ぎますから」
そう言って2人の会話に待ったを掛けたのは救護室担当で回復魔法の使い手である創世神神殿所属の神官の女性である。
「魔力切れを繰り返すと身体だけじゃなくて魂にも大変な負担がかかってしまうの。フランさんは運が良かったのよ」
「ええ、ギャブリエリィ先生の言う通りだわ。今から考えれば馬鹿な事をやっていたと思うけど、当時の私には魔法しかなかったから」
フランは遠い目をして呟いた。
婚約者であるラインハルトを失った悲しみを振り払うかのように子供の頃から魔法を極めようと、強く なろうと邁進して来た。
それが無茶な訓練に繋がったのである。
「だからエステルは無茶をしては駄目よ。魔法使いとしてが魔力が安定する大事な時期なんだから」
そう言われたエステルは申し訳無さそうに顔を伏せた。
「先生。済みません、私の為に……それで授業は? 授業はどうなりました?」
自分の為に皆に迷惑がかかった、エステルはそんな事を心配していたのである。
負けず嫌いだが、面倒見の良いタイプの自分が逆に人に負担を掛けるのは耐えられないのだ。
「大丈夫! ルウ先生がしっかりやってくれているから」
フランは自信たっぷりに言い放つ。
ルウに全幅の信頼を置いているのである。
「先生……あの……先生って、ルウ先生の事が好きなんですよね? それに何故か最近はオレリーやあのジョゼまでがルウ先生の事を……」
遠慮がちに言うエステルを見てフランは苦笑した。
「ええ、好きよ。オレリーもジョゼも多分同じじゃない? 貴女は好きじゃないの? エステル」
「せ、先生、確かに私はルウ先生の事嫌いじゃないですけど……私の言っているのってそういう意味じゃなくて……」
尚も突っ込もうとするエステルを軽くいなして、にっこりと微笑むフランだった。
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