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第156話 「赤帽子再び」

 エドモンとアデライドの話が終わり、ルウ達はアデライドの書斎を出た。


「まだモーラル達は隣の屋敷に居るようだ。行ってみようか?」


 ルウがフランに問うと彼女は黙って頷いた。

 そして何気なく腕を絡めて来たのである。


「何故でしょう? 私って子供みたい……急に旦那様に甘えたくなるんです」


 ルウは空いている左手で頭を撫でるとフランは甘える猫のように喉を鳴らした。


「これって……良いですね。モーラルちゃんやジョゼ……あの優等生然としたジゼルまでが甘えてしまう気持ちが今なら良く分ります」


 ルウとフランがジーモンの前を通る時、ルウだけが何となしに目を合わせる。

 するとジーモンはいつもの強面はどこへやら、にこやかに片目を瞑って見送ったのである。


 やがて2人は改めて手を繋ぐと屋敷を出て正門に向かって歩いて行く。

 陽は西に傾き始めていて空は赤く染まっていた。

 正門を出る時にはいつもの警護担当の若手の騎士が笑顔で敬礼をして見送る。

 警護の最中、ルウとジーモンとの試合を見た彼は以前の事件で彼を尊敬していた時以上にルウの強さに惚れ込んでいたのだ。


 ドゥメール邸の正門を出て暫く歩くと新居の正門前に荷馬車が何台も停まっていた。

 ジゼル達の荷物を運んで来た業者の馬車であろう。

 正門を少し入った所に相変わらずケルベロスが半眼の状態で寝そべっている。

 当然の事ながらルウ達が脇を通ってもぴくりとも動かない。

 ルウは口角を少し上げるとフランの手を引き新居の中に入って行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウ・ブランデル邸(新居)、午後5時……


 騒々しい声と音がしてくるのは3階からである。

 ルウとフランが上がると部屋割りは既に終わったようで各自の荷物が運び込まれている最中であった。

 比較的荷物が少なかったモーラルとオレリーが2人の方に駆け寄って来た。


「フラン……姉。貴女の部屋は1番日当たりの良い部屋にしておきました。これは全員で決めた事です」


 遠慮がちに言うモーラル。

 それを聞いて思う所があったのであろう。

 一瞥した上でつかつかと近付いたフランは、いきなりモーラルを抱き締めたのだ。


「こらっ! 遠慮しないでって言ったでしょう。私は至らない所だらけの女だけど貴女の事はとっても愛しているのよ」


 強く強く抱き締められたモーラルはフランの腕の中で涙ぐんでしまう。

 後ろからそっとオレリーがモーラルを抱き締める。


「面白い事をされていますわね」


 自分の部屋の片付けが終わったらしいジョゼフィーヌがフランの後ろから抱きついた。

 やがてジゼルとナディアもその中に加わる。

 妻達全員に抱き締められて戸惑うモーラルだがその心の温もりは伝わったようだ。


「私は……私は……」


「もう遠慮しない? 良い? モーラルちゃん。お腹が空いたら魔力だって、私のもあげるから」


 モーラルを抱き締めながら念を押すフラン。


「わ、分りました。御免なさい。もう遠慮しません、フラン姉」


 素直に謝るモーラルをもう1回強く抱き締めたフラン達であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドゥメール伯爵邸、日曜日午後8時……


 ルウ達は夕食を摂った後、フランの私室で紅茶を飲みながら寛いでいた。


「じゃあ新居での暮らしはキングスレー商会から家具が届く9日後からで良いのかな?」


 ナディアが尋ねるとフランがその通りだと頷いた。

 そしてモーラルに未だ不足している物の買出しをお願いしたのである。


「追加で購入する身の回りの物や日用品はモーラルちゃんに買い物をお願いしたいわ」


「かしこまりました。任せて下さい」


 軽く胸を叩いて笑顔で答えるモーラルだがオレリーが手を挙げて手伝いを志願した。


「でも彼女1人じゃ辛くないですか? 私も学園から帰ったら直ぐに手伝います」


「あ、ボクも手伝うよ。生徒会に支障が無ければ全然大丈夫」


「私も真っ直ぐ帰る帰宅部ですから問題ありませんわ」


 続いてナディアとジョゼフィーヌも手伝う事を宣言する。

 そこでルウがジョゼフィーヌを呼んだ。

 何か思う所があるようだ。


「旦那様ぁ~」


 甘えるジョゼフィーヌだがルウは彼女の肩を抱いて微笑むと「気を確り持てよ」と囁いた。


「旦那様? 一体何ですの?」


 ジョゼフィーヌに向かって頷いたルウだがフラン達他の妻に向き直って口を開いた。


「皆も聞いてくれ、使用人の事だ。ナディアの家からは好意の申し入れがあったが俺達にはいろいろ明かせない秘密がある。そうなると一般の使用人は使い難い。そこでだ、俺が従えた者を起用したい。モーラルやケルベロスのようにな」


 いわゆる人外の者と一緒に生活する……

 フラン達はルウの言葉を息を呑んで聞き入っていた。


「これから召喚する者は先日のアルドワン侯爵の事件の際に家令として奴に仕えていた男だ」


 それを聞いたジョゼフィーヌの顔色がさっと蒼ざめる。

 ルウからその人外が父親を殺そうとした侯爵の片棒を担いだと聞かされていたからであった。


「悪魔に使われていたのをまず解放し、血と死の呪縛を俺が破って今は誇り高き地の妖精として忠実に仕えている。先日、俺は悪魔2体を倒し従えたが、その時も良く働いてくれた。もう人間を害する心配は無い。実はお前達の事も4大精霊同様、影ながら見守ってくれているのだ」


 ルウは赤帽子の受難を説明する。

 それを聞いたジョゼフィーヌがぎゅっとルウの手を握った。

 何か強い決意をした表れのようだ。


「旦那様、貴方は命を賭けて私とお父様を助けてくれました。私は貴方を信じると決めております。私は……ジョゼは大丈夫です!」  


 ジョゼフィーヌの返事を聞いたルウは大きく頷き、もう1回彼女を抱き締めた。

 そして高らかに言霊を詠唱したのである。

 部屋の中をルウが放出した魔力波が満ちて行く。


「地の怒りを強さに! 地の恵みを優しさに! 誇り高き地の守護者、妖精『赤帽子』よ! 我々の前に姿を現せ」


 ぱああんと何かが弾けるような音がした。

 これは召喚の際、空間が裂ける時に良く起こる音である。

 それを聞いたのだろう、家令ハウススチュワードのジーモンらしい者が階段を駆け上がって来る音が聞こえた。


「ルウ様! フランシスカ様、若奥様方! 大丈夫ですかぁ!?」


 やはりジーモンである。

 どんどんとドアを叩く。

 それを聞いたフランが肩を竦め、ルウを見る。


「ジーモンさん、大丈夫だ。俺が魔法を使った音だ」


「本当に大丈夫ですね?」


 ルウが大丈夫だと伝えるとジーモンの「了解しました」という声が返され、ドアの前から去る足音がしたのであった。


 改めてルウ達が部屋の隅を見ると黒いスーツを着込んだ小柄な老人がぽつんと立っていた。


「奥様方……初めまして。私めが『赤帽子』……でございます」


 ぺこりとお辞儀をした『赤帽子』はジョゼフィーヌに向き直ると更に深々と頭を下げた。


「契約と呪いに囚われの身だったとはいえ、ジョゼフィーヌ様のお父上様を害そうとしたのは事実でございます。いかなる罰も受けさせていただきます。ですので皆様にお仕えする事をどうかお許しくださいませ」


 ジョゼフィーヌは大きく目を見開いている。

 しかしそれも一瞬の事であった。

 彼女は直ぐに晴々しい笑顔を『赤帽子』向けたのである。


「貴方も悪魔にいいように使われ、本来の姿を失っていた所を旦那様に助けていただいたそうですね。私も旦那様に出会って助けられて変われましたし、今が本来の自分と思っていますから全く一緒ですわ」


 ジョゼフィーヌはそう言うと更に声を力強く発する。


「先日はご活躍との事……これからも貴方の力が必要になるでしょう。宜しくお願いしますよ!」


 声は大きく力強かったが、ジョゼフィーヌの赤帽子に対する眼差しは慈愛に満ちていた。


「あ、貴女様は……何と! 何と言う!」 


『赤帽子』は感に堪えないようである。


「私はルウ様からは勇気と誇りを……ジョゼフィーヌ様、貴女様からは寛容さと慈しみを頂きました。これで皆様の為に心おきなくお仕えする事が出来ます。改めて宜しくお願いいたします」


 喉の奥から搾り出すような声で訴える『赤帽子』をルウ達は全員の拍手で歓迎したのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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