第155話 「面倒な話」
「さあて今度はお待ちかねの面倒な話だ」
それを聞いたアデライドが顔を僅かに顰める。
「もう伯父様は……これは国の命令でもあるんですよ」
「ははは、いくら国の命令だろうが面倒臭い事には変わりはない。アデライド話してやれ」
傍らで聞いていたルウとフランだが『国の命令』という言葉が出た途端、口角が少し上がる。
どうせ碌な話ではあるまい。
「実はね、後、数週間後にウチの学園に留学生が来るの」
「り、留学生?」
思わずフランの声が大きくなる。
「魔法大学の方ではないのですか?」
ヴァレンタイン魔法大学はこの世界でも有数の魔法大学として知られている。
学べる魔法の制限や身元の確認を徹底的にするという厳しい条件をつける前提付きだが留学生の受け入れも盛んだ。
しかし……
「魔法女子学園は基本、このヴァレンタイン王国の国民のみを入学させています。それを……」
そんなフランにアデライドが苦々しい顔をしながら首を横に振った。
「リシャール陛下がお受けになってしまったのよ」
「よし、アデライド。ここからは儂が話そう」
今迄の好々爺だったエドモンの顔が一変している。
「我がヴァレンタインは農業や漁業が盛んな国。そして北のロドニアは鉱物や木材などを産出する資源の国。我々は昔から仲良くやって来た、お互いに不足している物を補おうとな」
エドモンの言う通りである。
この国に来て本を読んでその辺りの知識をルウは本で学んで改めて確認していたし、師であったアールヴの長、シュルヴェステル・エイルトヴァーラは古の魔法王国から最近の国までの成り立ちや様子なども面白がって教えてくれたのである。
しかし人から聞くのと実際に自分が暮らしてみて見るのとでは大違いだ。
またエドモンのような『当事者』が語ると言葉の内容に重みがあるのだ。
「しかしな……現在のロドニア国王ボリス・アレフィエフが野心を持った」
エドモンは肩を竦めた。
「奴は騎士団やそれに付随する従士隊を鍛えに鍛えた」
この世界で北の国ロドニアの精強な騎士団は元々有名だ。
まともに戦えばこのヴァレンタインの騎士団では全く歯が立たないであろう。
しかもボリス王になってからのロドニア騎士団は近年では最強といわれているのだ。
そんなこの2国の均衡が保たれているのは、やはり魔法使いの差である。
ヴァレンタインは魔法騎士だけでなく一般の騎士にしてもある程度の魔法の素養がある。
魔法を使った戦闘は普通の騎士にとっては脅威なのだ。
ロドニアにも魔法使いは居る。
しかしヴァレンタインの魔法使いは比べれば数といい質といい、全てに劣る。
これはヴァレンタイン人とロドニア人との人種の差なのであろうか。
それがロドニア王ボリスにはずっと我慢が出来なかった事なのだ。
無理もあるまい。
今の王家は血筋としては全く関係ないとはいえ、栄光あるロドニアの名はかつての魔法王ルイ・サロモンがこの世界を席巻した魔法王国の称号そのものなのだから。
そんなある日、ボリスにとって衝撃的な出来事が起きた。
魔法発展途上国である現在のロドニアで類稀なる魔法の才能を持つ娘が、それも何と自分の子として生まれたのだ。
最初はただ単に魔力が少し多いという印象しかなかった我が娘が成長するにつれて優秀な魔法使いの資質を見せ始めたのである。
ボリスは狂喜した。
この娘に良い婿を取ればかつての魔法王国が復活出来る。
彼はそう確信したのであった。
しかし彼は更にこの娘を巧く使えないかと考えたのである。
「それが魔法女子学園への留学ですか? 大伯父様」
フランが不思議そうに問う。
「ああ、ヴァレンタインに圧倒的に有利な条件であらゆる金属を2年間輸入出来る事と引き換えにな。リシャール陛下はその娘が2年間に学べるこの国の魔法内容の制限無しの留学を承知した。この儂に碌な相談も無しにな。あ奴はその裏にあるボリスの野望を見抜けずに、何という目が節穴の大馬鹿者よ」
この国の王であるリシャール・ヴァレンタインをこれだけ批判できるのは血縁というだけではなくエドモンがリシャールの父である今は亡き先王ジョアキムの側近中の側近であった上、リシャールの後見人であったからに他ならない。
「ははっ、ボリスという王様は口実が欲しかったんだろう。いろいろな意味で」
ルウがさりげなく口を開くと、それを聞いたエドモンが思わずニヤリと笑う。
「お前は本当に切れ者だな。ウチの屁理屈好きの頑固息子と代えたいくらいだ。よし、ルウ。お前の推測を話してみろ」
エドモンの問い掛けに分ったと頷きながら話を切り出すルウ。
「学園に来るのはその王女だけではない。当然騎士団やそれ以外の護衛もついて来る……という事は姫の留学と言う名目のもとにロドニアの様々な職種の先遣部隊を送り込み、この王都セントヘレナの状況――すなわち攻めどころを見極めた上で魔法知識の簒奪と人材の取り込みも図るつもりだろう」
ルウが話すのをじっと聞いていたエドモンがまた面白そうに笑う。
「聞いたか? アデライド。こんな男をたった金貨30枚で縛るとは、罪な女よ」
いきなり矛先を向けられたアデライドが苦笑する。
「確かにそうですわね。私の事も散々、政治家になるように勧めてらしたから」
「ははは、儂は今でもそう考えておるよ。魔法も大事だが、その才がある人間は身分に拘らず政をせねばいかん。今のヴァレンタインには世襲で後を継ぐ政に向いていない輩が多過ぎる。お前の息子ジョルジュのようにな。奴には他の道を探してやった方がよかろうて」
エドモンの言葉を聞いたアデライドは話が息子であるジョルジュ・ドゥメールの事に及んだので今度は黙って微笑んでいた。
この伯父もジョルジュの資質を見抜いているのである。
「で、だ。ルウの話にはまだ続きがあろう? 話せ」
「はい、その王女に万が一何かあれば、こちらの警備等の不手際を突かれ、莫大な賠償等をしなければならなくなりますね。状況によってはあちらが攻める口実にもなりえますから」
ルウがエドモンの言葉を受けてルウが話すとエドモンは腕組みをしてその通りだと呟いたのだ。
「後は商業的な部分でも懸念があります」
「商業的?」
ルウが違う角度からの懸念を言い出したのでそこに居る一同は不思議そうな表情をした。
「元々、商業的な条件で王女の留学を持ち出したのなら、この国の経済を乗っ取ろうとする場合も考えておいた方が良いでしょう。ほら、フラン―――この前会ったろう、あのザハール・ヴァロフという商人さ」
それを聞いたフランは2重の意味でハッとする。
表の意味はルウの指摘通り、商業的な便宜を図りたいヴァロフの野望という事だが、裏の意味は彼の背後には悪魔が居るというかつてのルウの指摘であった。
アデライドも僅かだが、顔色が変わっていた。
以前ルウから告げられた事実を思い出したようである。
「ま、まさか!?」
悪魔がロドニア王家を操っているのであればこれは大事だ。
ただヴァロフが悪魔と通じている事を知らないエドモンは不思議そうな表情だ。
「一介の商人が便宜を図って貰うくらい国同士の揉め事に比べれば大した事ではなかろう」
「いいえ……そのヴァロフという商人の意図で物全ての値段が決められ、拒否して物資の配給を止められるとしたら……この国は良い様にヴァロフに牛耳られます。奴の背後に悪魔が居ればやりかねません」
ルウが悪魔の事を話すとさすがにエドモンが目を見開いた。
珍しくエドモンは掠れた声で問う。
「お前は何故?……う~む、それが最強のソウェル、シュルヴェステル・エイルトヴァーラがお前に授けた力か?」
ルウは黙って頷いた。
それを受けてアデライドがエドモンに進言する。
「伯父様、これは国の危機かもしれません。この子は既に学園の生徒2人を悪魔の魔手から救いました。やはり王女の留学の件は彼に大いに力を貸して貰いましょう。そして私達は彼を全力でバックアップしなくてはいけません」
その言葉を聞いたエドモンは「頼むぞ」と、この不思議な黒髪の青年を強い視線で見詰めたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




