第154話 「簡単な話」
アデライド・ドゥメール伯爵邸フラン私室、午後2時30分……
ルウ達は『高貴なる4界王の異界』から30分程前に帰還していた。
妻達が驚いたのはやはり時間の経過に関してである。
3時間以上異界で過ごした筈なのにこちらの世界では1時間しか経っていなかったからだ。
暫くしてルウ達が一息ついた時である。
ドアがノックされ、フランが返事をすると屋敷の家令ジーモンの声がした。
「ルウ様、フランシスカ様。エドモン様とアデライド様が御用があるとの事でお呼びでございます。後、隣のお屋敷には若奥様方の荷物を運んで来た業者が先程から待っております」
何だろう? といった不思議そうな顔でルウはフランを見る。
「大伯父様が一緒だとすると……分らないわ? 何かしら。とりあえず行ってみましょう。だけどジゼル達の荷物も気になるわね」
フランは少し考えたが、思い当たる事は無い。
しかし2人を待たせたら不味いとは分っていた。
特に大伯父のにエドモンに気難しい顔をされて何を言われるか分らない。
母はともかくこの大伯父がせっかちで短気な気性なのはフラン自身、幼い頃から良く知っているのだ。
とは言え運送業者をそのままにしておく事も出来ないだろう。
「旦那様……」
フランがどうする? というような眼差しを送るとルウは分ったと頷いた。
そしてモーラルに荷物の搬入の差配をするように指示を出したのである。
「隣の新居にジゼル達と行って荷物の搬入の差配をしてくれないか」
ルウに頼りにされるのをこの上ない喜びとしているモーラルは満面の笑みを浮かべると「はいっ」と元気良く返事をした。
新居は相変わらずケルベロスに『番』をするようにルウは命じている。
冥界の入り口で生者と亡者を見分けるこの怖ろしい魔獣は一般の運送業者ならともかく、怪しい不埒な者をつまみ出すくらいは朝飯前であり、屋敷の番を任せておいて間違いはない。
「ようし! 旦那様の指示通り、我々もモーラルと一緒に新居への荷物到着の確認をしに行くぞ」
そう切り出したのはジゼルである。
妻達の中では彼女だけがモーラルを「ちゃん」づけせず呼び捨てにするのだ。
モーラルにとってはそれが心地良くもあるらしい。
ジゼルの言葉に皆、同意して腰をあげた。
荷物が到着したからには皆、さっさと自分の部屋に搬入する作業にとりかかりたいのだ。
「では、旦那様。皆と一緒に新居に確認に行って参ります」
意気揚々と出掛ける妻達を横目にルウはこちらも行こうかとフランを促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジーモンに案内されて向ったのはアデライドの書斎である。
そこでエドモンとアデライドが待っているらしい。
「ルウ様とフランシスカ様、お2人をお連れ致しました」
「入って頂戴」
中からアデライドの声がして、ジーモンがドアを開ける。
部屋に入った2人はエドモンとアデライドが肘掛付き長椅子に座って寛いでいるのを見ると拍子抜けする。
少なくとも込み入った話ではなさそうだ。
「大伯父様、お母様。お話って一体?」
「ははは、まあ座れ」
エドモンが言い、アデライドと共に2人が座れるスペースを作ってくれる。
ルウがアデライドの横に、フランがエドモンの横に座ると早速話が始まった。
「簡単な話と面倒臭い話がある。どっちからだ?」
これまたエドモン特有の言い方だ。
話す順番を2人に決めろというのである。
それを聞いたフランは苦笑して肩を竦める。
やっぱり『ややこしい話』のようだからだ。
「じゃあ、大伯父様。簡単な話からお願いします」
「ははは、簡単な方か。相変わらずフランは堅実だな。より安全な方に行こうとする。とてもこのアデライドの娘とは思えん。なあ、ルウ」
相変わらずなのはエドモンの毒舌のようだが、この大伯父が珍しく機嫌が良いのでフランは少し戸惑っている。
それ以上に不思議だったのが何とルウに同意を求めた事だ。
今迄のエドモンからしたら信じられないような物言いなのである。
「まあ、その言い様。まるで私が危ない橋を渡りたがる変な女のようではないですか」
「おお、違うか? アデライド」
さらりと突っ込みを入れるアデライドに対してエドモンは悪戯っぽく笑って更に彼女に問う。
「違いますよ。好奇心旺盛と仰っていただかないと……そんな言われ方では娘の前で面目が保てませんわ」
「大丈夫よ、お母様。充分、変な女だから」
アデライドの愚痴に今度はフランがすかさず突っ込みを入れる。
さすがは母娘だ。
ルウはそんな会話を聞いていると何となく楽しい。
「もう、伯父様。早く本題に戻って下さいな」
アデライドにそう言われてやっとエドモンは話の続きを始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では簡単な方からだ。何かと物入りだろう、お前達へ祝い金を出す。金貨10,000枚だ、断る事は許さん」
確かにこれからはあの屋敷に住むのであれば何かと金がかかる。
エドモンはそれを見越した上で命令としてルウ達が断れないようにしたのである。
「エドモン様、ありがとうございます! 頂きます」
ルウがぺこりと頭を下げ、フランも同様に礼を言う。
「あと、ほんの少しだけどルウの給料も上げといたわ。身分は残念ながら臨時教師のままだけど」
アデライドが片目を瞑る。
もうフランの従者では無いのでそちらの手当ては出ないが、給料が金貨20枚から30枚に増やしてくれたようだ。
それ以上は他の教師との兼ね合いから極端には上げられないという。
「ありがとう、アデライド母さん」「ありがとうございます、お母様」
ルウとフランがアデライドに礼を言うとエドモンが不満げに鼻を鳴らした。
「気に入らんな! アデライドを『母』呼ばわりして、儂は『様』か? チッチッチ、固いわ」
不満そうなエドモンを見てアデライドは笑いを堪えている。
昨夜、エドモンはルウと話したらしいが、どうやらとても気に入ってしまったようなのだ。
「『爺ちゃん』で良い!」
「え?」
いきなり宣言するエドモン。
ルウの口から思わず声が漏れた。
いつもなら、ルウから馴れ馴れしくそう呼んで相手が驚くのに今回は逆である。
「ルウ! お前は育ての親をそう呼んでいたのだろう。儂もそう呼べ!」
きっぱりと言うエドモンに対してルウとフラン、そしてアデライドの3人は苦笑しながらも温かいものを感じていたのであった。
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