第153話 「異界での訓練⑤」
『じゃあ、まず魔法女子学園で教えている魔法式を唱えてみよう』
ルウは身体強化の魔法式を唱えようとしていた。
フラン達は全員ルウに注目している。
『我は知る、力の天使よ! 我の盾となり護りたまえ、その名のもとに! ビナー・ゲプラー・ザイン・サーマエール』
ルウが魔法式を詠唱すると彼の全身が光を帯び始めた。
『皆、習っているのはこの魔法式で間違いないな』
ルウが問うとフランが苦笑いをして頷いた。
『ええ……魔法女子学園や魔法大学で教えている魔法は先人達からの遺産のようなもの。多くは古文書や口伝により受け継がれて来たから』
だから、とフランは目をうるうるさせながら言葉を続けた。
『滅多に無いのだけれども、新たな魔法が発見されたり、従来の魔法が改良されたりするのに関われるなんて私は凄く嬉しいわ』
フランの様子を見ながらルウは頷いた。
彼女の好奇心旺盛で嬉しそうな表情はアデライドにそっくりなのだ。
『で、だ。肝心の言霊だが、かつては人間で在りし者が御使いになった大天使のものさ』
『その方なら、人であらせられた時の名はあえてお呼びしてはいけないわ。契約の御使いと呼ばれる大天使様ね』
フランがすかさずフォローする。
ルウとフランが話したのは数ある大天使の中でも契約を司り、万物の監視者と呼ばれる大天使で創世神の代理人とも言われるほどの大物である。
しかし言い伝えで何と彼は元は人間だったらしい。
単なる人間であった彼が何故御使いである大天使になった詳しい経緯を伝える古文書は存在しない。
しかし彼はある日、契約の御使いとなり、人々に智慧を授けて天に昇って行ったというのだ。
『力の天使にその加護を御願いするだけではこの魔法の本当の効力は発揮されないんだ。人から御使いになった大天使の言霊を唱えないと完成しない』
ルウはそう言うと大きく息を吸い込み一気に吐き出しながら魔法式を唱えた。
『我は知る、力の御使いよ! 汝の力を盾に変え肉体に纏い、我は勝利と栄光の王国へ赴く! 我は知る、かつて人で在りし偉大なる御使いよ! この力の契約を執り行い給え! ビナー・ゲプラー・サーマエール、ビナー・ゲプラー・ネツアク・ザイン・ホド・マルクト・メータトロン!』
ルウの身体が眩く輝き、魔力波が満ち溢れる。
『皆、これがこの魔法の完全方式だ。少し長いが詠唱しているうちに慣れて来る』
ルウが説明してもジョゼフィーヌは戸惑いを見せていた。
『凄く長くて難しそうな魔法式ですわ。旦那様の仰る通り身体強化はぜひ学んでおきたいのですけど……』
ジョゼフィーヌが嘆息すると先程まで筋肉痛に呻いていたオレリーも頷いている。
それを聞いたルウは苦笑しながら口を開く。
『ジョゼ、それにオレリー。この魔法は頑張って覚えないといけないぞ。回復魔法と組み合わせれば、これはお前達の綺麗で美しい身体をしっかり守ってケアしてくれるからな』
『わわわ、私は学ばないなんて事は申し上げておりません! 頑張って発動出来るようにしますわ』
『私も! もう痛いのは嫌ですから』
むきになって反論するジョゼフィーヌとオレリーをルウは微笑みながら見詰め、アドバイスを送った。
『2人共良く聞くんだ。術者の才能や感性による所は大きいが、長い魔法式は無詠唱との組み合わせで短縮出来るようになる。フランの火属性の魔法のようにな』
『む、無詠唱!? フラン姉が!?』
驚いたのはナディアである。
彼女は家族として接しているうちにいろいろな意味で密かにフランを目標にしようと決めていたのだ。
『本当!? フラン姉?』
『ええ、炎の魔法だけ……それも限られたいくつかね』
謙遜しながら言うフランにナディアは尊敬の念を隠さない。
『凄いです、フラン姉。ど、どうしたら!? どうしたら無詠唱を?』
『ふふふ、私の無詠唱は感覚的なものなの。だから残念ながら教えられないわ』
返って来た答えはナディアの期待するものではなかった。
フランの使う無詠唱とは教えて習うものではないという感覚に基づいたものであったからである。
それを聞いたナディアは一旦落胆しながらも、直ぐにやる気を見せた。
『そうか、やっぱり旦那様の言う通りなんだね。ジゼルじゃないけど、ボクも燃えて来たよ』
それを聞いていたジゼルがいかにも面白いといった感じで笑う
『ほうら! ナディアだって風属性なのにそう言うじゃないか』
『分ったよ、ジゼル。お互いに頑張ろうよ』
ナディアが苦笑して手を差し出すとジゼルはこの親しい友の手をがっちりと握ったのであった。
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『我は知る、力の御使いよ! 汝の力を盾に変え肉体に纏い、我は勝利と栄光の王国へ赴く! 我は知る、かつて人で在りし偉大なる御使いよ! この力の契約を執り行い給え! ビナー・ゲプラー・ザイン・サーマエール、ビナー・ゲプラー・ネツアク・ホド・マルクト・メータトロン!』
身体強化の魔法式の詠唱が行われている。
これが何回目かの詠唱であろうか、ルウがまず詠唱し、フラン達がそれを繰り返す。
いつもの通り最初は魔力を込めないやり方だ。
そしてこの繰り返しの詠唱が身体だけでは無く、魔法の根幹である魂の感性にも影響してくるのだ。
『よ~し、皆良いリズムで詠唱出来ている。メリハリが利いていて素晴らしいぞ。次はいよいよ魔力を込めてみよう』
いよいよか……
モーラルを除いた妻達の間に少し緊張が走る。
不完全な身体強化の魔法を使っていたフラン、ジゼル、ナディアも同様である
『行くぞ!』
ルウの掛け声と共に今度は呼吸法で充分に魔力が高められると、全員での詠唱が始まった。
『我は知る、力の御使いよ。 汝の力を盾に変え肉体に纏い、我は勝利と栄光の王国へ赴く! 我は知る、かつて人で在りし偉大なる御使いよ。この力の契約を執り行い給え! ビナー・ゲプラー・ザイン・サーマエール、ビナー・ゲプラー・ネツアク・ホド・マルクト・メータトロン!』
すると先程ルウが力の天使の名を呼び、詠唱した魔法式とは比べものにならないくらい凄まじい魔力が立上ったのだ。
ルウが見る中で自分以外に際立って強力な身体強化の魔法を発動させたのはジゼルであった。
彼女の身体は黄金の魔力波で輝き、その姿は戦女神のように気高く神々しいのである。
『素晴らしいぞ、ジゼル』
ルウが思わず声を掛けるとジゼルはルウに向って大輪の薔薇が咲き誇るように誇らしげな笑顔を見せたのであった。
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