第152話 「異界での訓練④」
ルウに手を繋がれ、シルフとウンディーネに護られながらジゼルとナディアは異界の海を進んで行く。
水は冷たくも無く、熱くも無く肌に心地良い感触である。
『目を開けてみろ、2人共』
ルウの言葉に2人はゆっくりと目を開けた。
目の前には蒼々とした広大な『海』が広がっており、彼女達が日々暮らしている王都の喧騒を思うと信じられないくらい静かな世界である。
『凄いな、ナディア。何という不思議な世界なんだ』
『ああ、怖いくらいだ』
思わずジゼルが呟くとナディアも同意して大きく目を見開いた。
『2人共、おいで』
ルウが呼ぶとジゼルとナディアはしなだれかかって来た。
飛び込んできた2人をルウは確りと抱き締める。
『旦那様ぁ~、私は幸せだ!』
『確かに! 残って良かったって事かな。ああ、これって本当に幸運だ。ボク、嬉しいよ』
暫しの抱擁の後にルウは2人と手を繋ぎ直した。
ジゼルとナデイアは少し不満げだ。
もう少しルウと抱き合っていたかったらしい。
『おいおい2人共、これは一応修行だからな。さあ、行こう』
ルウは苦笑してジゼルとナディアの手を引いて水中をゆっくりと動き始める。
それは何と美しく幻想的な光景なのだろう。
細身だが逞しい体躯の青年が長い髪をなびかせた2人の美しい少女の手を引いて水中を流れるように進んで行くのだ。
3人について行く精霊達ですら、その姿に見惚れていたのであった。
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高貴なる4界王の異界、2時間後……
思い思いの方向に散ったルウ達はまた元の場所に戻っていた。
ルウが皆に念話で呼び掛けた上で、誘導したのである。
『だ、旦那様ぁ~、身体が、身体がぁ~』
そんな中でオレリーが1人呻いていた。
酷い筋肉痛のようである。
『ははは、水の精霊の加護があるとはいえ、お前自身は生身の身体だ。いきなり無理をさせ過ぎたな』
『だ、だって思うように泳げて嬉しくなってしまったんですもの』
ぐすぐすと半泣きのオレリーの傍に行き、優しく抱き締めるルウ。
『治療』
ルウの全身が眩く光り、抱き締められたオレリーもその光に包まれた。
『うううう……う!? あ、あれっ! 痛くない!』
ルウの回復魔法の効果であろう、唸っていたオレリーがきょとんとした顔でルウを見る。
『大丈夫か、オレリー。それと皆にも言っておく。俺があえて彼女に注意しなかったのには理由がある。お前達はまだ身体や魂の基礎鍛錬も完全に出来ていないし、身体強化の魔法もしっかりと覚えていない。新しい魔法や体術を覚える際は魂や身体への負担がかかる事もある。今後は気をつけるんだぞ、良いな?』
ルウに諭されて申しわけ無さそうに頷いたオレリーだったが、自分が他の妻達の注目を浴びているのを知って頬を赧め、俯いてしまう。
そして小さな声でルウに囁いたのだ。
『旦那様。私、気をつけて頑張りますから……その、今……私の事抱いていただけます?』
最後は消え入りそうな声で懇願するオレリーに対してルウは答える代わりに彼女を確り抱き締め、その背中を優しく擦ってやったのである。
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『皆、どうだ。リラックス出来たか?』
改めて問うルウに対してフラン達、妻は全員が頷いた。
オレリーの筋肉痛発症という事件はあったものの、殆どの妻達はこの太古の海のような世界に慣れ、伸び伸びと泳いでいたのである。
『皆、オレリーの事を人事だと思っているみたいだが、屋敷に戻ったら筋肉痛は出るぞ。ジゼルは良く知っている筈だ』
話を向けられたジゼルは軽い笑みを浮かべ、ルウに向って片目を瞑った。
『そこでだ、お前達には身体強化の魔法を覚えて貰う。これは魔法女子学園で一応習うものだからフランは勿論、3年生のジゼルとナディアは知っているな』
ルウの言葉にフランは黙って頷き、ジゼルとナディアは肩を竦めた。
何か意味あり気な反応である。
『私は一応習得している。但し使いこなせているかはよく分らない』
『ボクもそうさ。身体が軽くなるのは分るのだけれども』
不平を洩らす2人にルウは笑う。
『ははは、俺は学園の魔導書を読んだが、多分魔法式が不完全なのさ。この魔法は力を司る御使いの加護によるものだが、魔法の効果を最大限発揮する為にはもう1人の御使いの象徴である肝心の言霊が抜けている。だから今のままでは効果に個人差が出過ぎてしまう』
確かにとジゼルが頷いた。
『旦那様の仰る通りで、この魔法は2年生の1学期後半に習うが、今の我々のクラスである3年A組でも魔法の効能効果に関しては他の魔法と比べても特に個人差が多いのだ』
ジゼルの言う通りだとルウは微笑んだ。
『魔法女子学園の教科書にひと通り目を通してみたが、身体強化の他にもそういった不完全な魔法は多少あった。だから、俺が魔法を教える際にはそういった弊害も極力無くすように効能効果の上昇や安定も考えて教えたい』
それを聞いたフランは驚きを隠せない。
元々アールヴの精霊魔法を主に学んできたルウにとってフラン達の魔法は門外漢の筈なのだ。
『ははっ! 確かにヴァレンタイン王国で使われている魔法式そのものは勉強した事は無いけど、創世神が頂点に立ち、その下に御使いが居るこの世界の概念は爺ちゃんから教わっている。御使いが担う役割も学んでいるからそれに付随した魔法も一応は使えたんだ』
アールヴの長である、シュルヴェステル・エイルトヴァーラから学んだ以外にもかつての天使長ルシフェルから学んだ事も実は多いのだが、彼の事は禁忌となっているのでルウからフラン達には話さない。
『今日はこの身体強化の魔法の教授を終えたら、一旦屋敷に戻ろう。この世界で過ごす時間は通常より短くしてある。来てから3時間近く経っているが、現世である向こうの世界では約1時間くらいしか経っていない筈だ』
ルウの言葉を受けてフランが補足する。
『個人差はありますけど、皆それぞれ魔力の質が上昇しています。ここでの訓練は旦那様がお考えになった通りにとても有意義なものになりますね』
それを聞いたルウが微笑む。
フランに眠っていた力が少しずつ覚醒しつつあるからだ。
まだまだ母アデライドの域には達してはいないが、今彼女が魔力の質の向上を指摘する事が出来たのは母アデライド・ドゥメールも所持する、物事の本質を見極めようとする力である魔眼なのだ。
『私……何故?』
自分で言葉を発してから戸惑うフランをルウは優しく見守っていたのであった。
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