第150話 「異界での訓練②」
悪魔バルバトスが誘った高貴なる4界王―――風の王オリエンス、水の王アリトン、火の王パイモン、そして土の王アマイモンを使役し、ルウが造り上げた仮初の世界である異界。
水の王アリトンの力を借り異界を全て水で満たし、風の王オリエンスの力により水中では本来出来ない呼吸を可能にしたルウは、フラン達、妻と共に魔法と体術の修行を始めようとしていたのである。
アールヴの修行方法に倣ってルウ達は全員一糸纏わぬ姿であった。
「良いか、皆。幸いここでは泳げない事などないし、自由に呼吸が出来る。普通の修行条件よりずっと楽な環境だ。まずは力を抜いてリラックスし、この水に身を任せろ。呼吸法を有効に使ってまずリラックスしながら魔力の質を高めて行くんだ。もし眠くなったら眠っても構わない。じゃあ、注目しろ。これからモーラルが手本を見せる。モーラル!」
ルウが彼女の名を呼ぶとモーラルは頷き、全身の力を抜くとゆらゆらと水中を漂い始める。
呼吸法を巧く使ってリラックスしているのであろう、表情はとても穏やかであった。
「モーラルちゃん、気持ち良さそう」
「悩みなんか無いって位、リラックスした表情ですわ」
妻達は漂うモーラルを不思議そうに見守っている。
ルウは次にフランを指名した。
フランは短く返事をし、ゆっくりと目を閉じる。
力を抜くと思ったより水には彼女が考えていたより浮力があり、身体が軽くなるのが感じられた。
リラックス……しないとね。
フランは早速呼吸法を使ってみた。
呼気、いわゆる息を吐いたり吸ったりする。そして止気、息を止める事これをある一定のリズムで繰り返すのである。
息を吐く呼気を連続で4回行い止気し、次に息を吸う呼気を連続で4回行い止気をした。
やってみると自分でも思った以上に気持ちがリラックス出来たのである。
いつの間にか数人の影がフランに付き従う。
腰までの長い金髪に碧眼、目鼻立ちの整った顔、細身の身体に透明な光沢のある布の衣を纏っており、この世のものとも思えぬ美しい女達。
フランの呼吸法により自然に召喚され、彼女に加護を与えるべく現れた風の精霊達であった。
水中なのに彼女達の加護が受けられるのはルウの意のままに反映される異界なのは勿論、風の王オリエンスの力が彼女達にも働いているおかげである。
そしてフランが思った以上にリラックス出来ているのは呼吸法による風の精霊達の加護に加えて、通常の水練の訓練と違い溺れる心配の無いのとルウが見守っている事も大きかった。
フランは最初から決めていたのだ。
他の子はどうするのか知らないけど……
私は旦那様だけの事を考えてみよう。
フランはルウの事だけを考える事にした。
良く『無心で』という例えがあるが、フランの場合は違う。
彼女は自分の夫であるルウの事だけを考えている時間が1番リラックス出来る宝物のようなものなのである。
この異界が旦那様が造ったものだとすれば……
私にとって彼の胸の中と一緒で、とてもリラックス出来る場所のひとつね。
他の妻達が見守る中、フランの身体がふわりと浮き上がる。
風の精霊が見えるまでになったジョゼフィーヌは、当然彼女達がフランに付き従っているのがはっきり見える。
ジョゼフィーヌは水中なのにフランが風の精霊の加護を受けられる事に吃驚していたのだ。
そんなジョゼフィーヌにルウは微笑む。
「ジョゼ、これが俺の為の異界だという事実さ。そしてお前達をここに連れて来た理由でもある」
風の精霊達が見えない水属性の魔法使いであるオレリーはフランの表情がとてもリラックスしているのがとても気になった。
彼女はつい声に出して呟いてしまう。
「うわぁ、フラン姉、気持ち良さそう……そして綺麗……」
その呟きに合いの手をいれたのは同じく水属性の魔法使いのジゼルである。
「美しいな……まるで伝説の美の女神だ。それにあの幸せそうな表情は何だ――何を思っているのだろうか?」
「旦那様の事よ、きっと!」
ジゼルの問いに対して自然に言葉が出たオレリーはその答えが絶対にそうだと確信していた。
そんな他の妻達の声に包まれながら、フランは水中をふわふわと漂って行ったのである。
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次は? というルウの視線に対してジゼルは首を横に振った。
自分はある程度鍛えている。
今日は未だ才能が開花していない妻達がまず優先だと彼女は言いたいのだ。
その優しい気持ちが魔力波で伝わってくるとルウも嬉しくてジゼルに笑顔で返したのである。
ナディアも同様に後輩の妻からと順番を譲ったので次はオレリーである。
魔法使いとして覚醒手前の彼女もこの異界に圧倒されてはいたが、次第に異界に満ちるルウの魔力波に彼女の魂から放たれる魔力波が同調してくると自然に微笑が浮かび、余裕が出て来たのだ。
自分はこの異界において力を充分に発揮出来ると。
オレリーは今迄で1番リラックスした事を思い出しながら呼吸法を実践した。
先程のフランの件もあり、彼女もルウの事を考えようと思ったのである。
授業でルウから彼の故郷である森の神秘的な泉を教えて貰った事と暴漢から助けて貰い、彼の腕の中に確りと抱かれた時だ。
やがて彼女は軽いトランス状態に入って行く。
そんな彼女の前に肌が透けるくらい薄い布を纏った栗色の長い髪をなびかせた華奢な美しい女性が何人も現れたのである。
え!?
貴女達―――誰?
そんなオレリーの魂にルウの声が静かに響く。
『落ち着けよ、オレリー。彼女達は水の精霊達さ。お前は水の魔法使いとして覚醒しつつあるんだよ』
『私が水の……魔法使いに!?』
『そうさ、お前の俺への想いが彼女達を呼んでくれたんだ。ありがとう、オレリー。俺を愛してくれて……』
ルウの感謝の言葉が、優しい自分への想いがオレリーの魂を満たして行く。
オレリーは叫ぶ、思い切り叫ぶ。
『ああ、旦那様! 私こそ、私の方こそ旦那様に巡り会えてこんなに幸せな事はありません! ありがとう、旦那様……どうか私を導いてください』
『オレリー、今、お前は水の魔法使いとして完全に覚醒する時なんだ。行け、オレリー! 水の精霊達は俺達の想いを知っている。そして俺がお前に与えたペンタグラムがお前を護り、覚醒へと導いてくれる筈だ』
オレリーは胸に手を伸ばすとそこには肌身離さず付けているペンタグラムが眩いばかりに輝いている。
水の精霊達が放つ魔力波に反応しているのだ。
ゆらり……オレリーの伸びやかな肢体が動き出した。
それはだんだんと速度を増す。
手足が長く顔が小さいオレリーの肢体が水の中で人魚のように躍動している。
ルウは穏やかに笑みを浮かべているが、ジゼル、ナディア、そしてジョゼフィーヌは驚きの余り、声も出ない。
『水の精霊! 我と共に!』
オレリーの口元が僅かに動いた。
途端にオレリーの動きは速度を増し、ルウ達の視界から一瞬のうちに消え去ったのであった。
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