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第15話 「決意」

「フラン……貴女は、今の自分の気持ちが一体何なのか分かる?」


 アデライドが真っすぐにフランを見つめていた。

 母に尋ねられ、フランは自問自答する。

 

 今の私の気持ちって……何だろう?

 ええっと……

 お母様は、ルウの事を言っているのよね。

 

 ルウが気になる……

 いいえ! ルウが居ないと困る。

 ルウがこの王都から、いいえ、もしも自分の前から去ったら……

 

 嫌だ!

 絶対に嫌!


 ルウを失う……

 今のフランにとっては、想像しただけでも、ショックだ。

 実際にルウが居なくなったら、とんんでもない喪失感をもたらすのは間違いがなかった。


 そう!

 ……ルウは今、私にとって1番大事な人だ。

 

「貴女はルウの事がとても気になっているわ。でもね、それは本当に彼の事を好きとか愛しているという感情かしら?」


 考え込むフランに対し、アデライドが再び問いかけた。


「…………」

 

 しかしフランは、すぐに返事をする事が出来なかった。

 フラン自身、今の自分の気持ちに自信を持てないのかもしれない。


 そんなフランへ母の追い討ちがかかる。


「ラインハルトを失った喪失感を、ルウで埋めようとしているだけではないの?」


 母の口から出た懐かしい名前……

 だがそれは、懐かしさと共に、酷く辛く悲しい記憶も伴うもの……

 

 フランはつい頭を抱え込んでしまう。

 

 分からない……

 どうして私は?

 ああっ!? 

 そうだ! 

 多分、そうだ。


 考え抜いたフランには思い当たる節があった。

 それは……


「お母様、彼の口癖がきっかけだと……思います」


「口癖?」


 アデライドは、聞き返してハッとなった。

 確かに「任せろ!」というルウの口癖は、ラインハルトも良く口にしていたものだ。


「成る程ねぇ……口癖か」


 アデライドは暫し考え込んだ後、フランにきっぱりと言い放つ。


「フラン、貴女だけじゃない」


「私だけじゃない?」


「ええ! ルウも多分、貴女を愛してなんかいないわ、情を感じているだけよ」


 母が告げる残酷な現実。

 しかし愛娘を、徒に傷つける為の言葉ではないだろう。

 

「情は、愛とはまた違うもの……だけどラインハルトの身代わりにルウを求めているかもしれない貴女も同じね」


「…………」


 母の言葉がショックで、フランは黙ってしまう。

 だが、ゆっくりと首を振る。

 ルウは絶対にラインハルトの身代わりなどではないと。

 でも自分の気持ちの『正体』が分からない……

 

 ルウの事がこんなに好きな、自分の感情の正体が一体何なのか?

 アデライドは、一心に考え込むフランの肩をぽんと軽く叩く。


「理屈じゃないわ。考えて考え抜いてもルウに対する気持ちが変わらなかったら、自分に素直になりなさい」


「自分に素直に……」


 アデライドの言葉を聞き、フランは大きく目を見開いた。

 自分に素直に……

 理屈で割り切れない時は……自分の気持ちに素直になる……

 

 そうだ!

 私は素直になれば良いんだ!


 フランは僅かに微笑むと、大きく頷いた。

 不思議な事に、真っ暗闇の部屋の窓がいきなり開け放たれ、眩しい光が一気に差し込んだような気持ちになったのである。 


 笑顔になったフランを見て、アデライドも安心したようだ。


「決定的に違うのは、ラインハルトを貴女の婚約者に決めたのは私。だけどルウは貴女が自分で巡り合った人ですからね」


 「それにね」……とアデライドは笑う。


「あの頃の貴女は本当に子供だったけど……今はひとつの恋を乗り越えた大人の女でしょう?」


「…………」


「口癖は似ていても、ルウはラインハルトとは違うわ。本当に好きなら、理屈抜きで彼へ好きだと告げなさい。私と一緒に居てってね」


「でもさっきは……」

 

 母の言う事が最初の話と全く違う。

 なのでフランは混乱して口籠る。

 

 ルウの事を本当に考えてあげるのなら、縛らず旅に送り出してあげるのも愛情なのかしら……

 

 フランはそんな事も考えていたのだ。


「ふふふ、この母がさっきから言う事が矛盾だらけで揺れているんでしょう? 先程はルウの事情だけを考えて言ったわ」


「ルウの事情……」


「でもね。今話しているのは先輩の女として、女の都合だけで言っている事。恋する女として後悔しない為にね」


 恋する女として、後悔しない為……

 フランに対して、アデライドは一般論を告げた後、恋する女の『先輩』としてヒントもくれたのである。


「選択するのはフラン、貴女次第なのよ」


「え? 貴女次第って?」


「貴女がルウと、どうなりたいのか? しっかり考えた上で行動しなさいって事。ルウと愛し、愛される関係になりたい、いつも一緒に居たい。女としてそう考えたら、答えはひとつじゃない」


「答えは……ひとつ」


「そうよ、愛なんて相手に振り向いて貰う為に一方的に与える場合もあるし、けして綺麗事ばかりじゃないわ。最初から相思相愛なんて都合良い事は殆ど無いもの。そんな時はどうするのか、分かる?」


 その時は?

 そこがフランが1番知りたい部分であった。

 熱く語るアデライドは、女の情念を前面に出しているのである。


「どんな手を使っても振り向かせるの。貴女がルウを失わない為にね。全力を尽くすのよ」


 全力を……尽くす……

 私がルウを失わない為に……

 

 そうだ!

 私はルウを失いたくない!

 これは理屈じゃあないんだ!


 だけどフランの心に不安がぎる。

 そんな気持ちを見透かしたようにアデライドは言う。


「それでもし駄目だったら……」


 駄目だったら……何?

 縋るような目で見るフラン。


 しかし、


「涙を拭いて相手をきっぱりあきらめるの! そして次の恋に進みなさい!」


 アデライドは平然と言い放ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ルウ、お待たせしたわね」


「御免ね、ルウ」


 ふたりきりで何を話していたのだろうか?

 ルウがそう思ったのも当然である。

 部屋に入って話す前とは、フランの様子が一変していたのだ。


「ルウ、ちょっと相談」


 アデライドの短い言葉を聞いただけで、ルウは頷き、

  

「ああ、良いぞ。事件の説明の刷り合わせと俺の身元の件だな」


「さすがルウね、察しが良いわ。証言に食い違いがあるとまずいし、身元もそう……この王都セントヘレナは、貴族以外、外部の人間に対してチェックは厳しいのよ」


「了解! 俺は何をすれば良い?」


 ルウはいつもの通り穏やかな表情である。


「貴方の身分は……フランの従者という事にしたいの、良い?」


「ああ、任せろ。そうすれば何事も上手く行くって事だろう?」


 下僕である、地位の低い従者になって欲しいと言われても……

 ルウの表情は変わらない。

 誇り高い男であれば、「命の恩人に頼むなど屈辱!」と受け取って即座に却下する筈である。 


「万が一、何かフランにあったら俺がすぐ守れるしな。とても良いと思うぞ」


 ルウの言葉を聞き、フランが顔をそむけた。

 感極まって嬉し涙が出たのをルウに見られたくなかったようだ。

 

 アデライドもルウを益々好きになったようである。


「そうね、そうすれば学校においてもフラン直属の臨時教師という事でいけると思うの。他の教師からは煙たがられるかもしれないけど」


「分かった、俺は全然構わない」


 ここから、時間は少しだけ遡る。

 ――実は母娘の間で結局こんな会話が為されていたのだ。


「フラン、私は貴女の母親よ。だから貴女の愛が上手く行くようバックアップする」


 宣言するアデライドの親心が、フランは嬉しかった。

 だが……

 続いて出た言葉に、とても驚かされたのである。


「ルウを貴女の従者にするわ」


「ええっ!? じゅ、従者?」


「そう従者よ。従者なら自然にルウと一緒に居られるじゃない。来年の3月迄という限られた時間の中でいっぱい機会チャンスを作ってあげる」


「で、でも! じ、従者なんて下僕よ。か、彼に失礼ではないかしら」


 戸惑うフランへ、アデライドは言う。


「良く考えてごらんなさい。ルウは絶対に断らないわ」


「そ、そうかしら……」


「大丈夫、保証する! それにあんなようでいて結構鋭い人だから私の意図は見抜く筈よ」


「…………」


「ルウは言ったわ、不安に怯える貴女を守りたいって」


「わ、私を守る? それってもしかして、ルウも私を!?」


 フランを守りたいと、ルウが言ったと聞き……

 喜ぶフランへ、アデライドは釘を刺す。


「フラン! さっきも言ったけど、ルウの気持ちは情よ、愛じゃないの。貴女の事もよく分かっていないし……貴女もそう。今は直感的に彼の事が好きなだけ」


 「だからなのよ」と……と言ってアデライドは目を閉じた。


「ルウともっと話し、行動しなさい。それで貴女をもっとよく知って貰いなさい。ルウに愛されるような素敵な女性としてね。当然、ルウの事も貴女は知らなくてはならない。お互いに分かり合うことが大事なの」


 今アデライドはひとりの教師であった。

 フランという愛する生徒に対し、大事な男女の機微を一生懸命教える、人生の教師に他ならなかった。


「ルウは貴女の事を、何か褒めてくれたの? 可愛いとか?」


 悪戯っぽく娘に聞くアデライド。

 

 フランは思わずルウの言葉を思い出す。

 それはとても嬉しい言葉だった。


「……良い香りがして……可愛くて美人だって……言われたわ」


 そう言うとフランは、真っ赤になって俯いてしまう。


「あらあら」


 アデライドはフランをそっと抱き締めた。


「だったら、大丈夫よ。少なくとも貴女の事は、魅力的な女性としては見ているから」


 俯いていたフランは顔を上げ、アデライドを見ると恥ずかしそうに微笑んだ。

 アデライドも微笑むと、更にアドバイスをする。

 

「ルウの魔法使いとしての才能はとても素晴らしいから、貴女は同じ魔法使いとして、教師として、お互いに切磋琢磨するのよ」


「同じ魔法使いとして、教師として……」


「ええ! 新たな魔法を学ぶ事は貴女は勿論、ルウにもプラスになるし、ふたりの教師としてのスキルも上がる。学園に居る時はそれが本来の趣旨よ」


「そうね。お母様の言う通りだわ」

 

「貴女だけじゃない。私も、ルウからは大いに学びたいのよ」


 笑顔で言うアデライドは本当に楽しそうだ。

 

 フランは感心する。

 母アデライド・ドゥメール……

 年齢、立場は関係なく、ひとりの魔法使いとして、研究者として、魔法への情熱は全然衰えないと。


「貴女達ふたりの成長。それがひいては生徒の為、学園の為になる筈ですから。校長代理の貴女はそんな事も考える立場なのですよ」


 最後は管理者の立場も考えてというアドバイスも加えられ、アデライドの助言アドバイスは終了した。

 

 フランは「アデライドが母で良かった」と心の底から思ったのである。


「分かったわ、お母様。いいえ、理事長。私、いろいろな意味で頑張ります」


 ――そして今、ルウの前に居るフラン。

 ルウが見たフランの変貌は、彼女の決意の表れなのだ。


 前向きな波動を放ち、爽やかな笑顔を浮かべるフランを……

 ルウは「そっ」と見守っていたのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


※当作品は皆様のご愛読と応援をモチベーションとして執筆しております。

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