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第146話 「1番弟子」

 ドゥメール伯爵邸中庭、日曜日午前5時……


 人々が未だ眠る休日の日曜日、ルウは早く起きだして身体をほぐす為に中庭にやって来ていた。

 早く身体に馴染ませたい為なのか、『真竜王の鎧』を身に纏っている。

 そこに来たのは家令のジーモンである。

 ジーモンも当然の事ながらいつもの服装では無く、以前試合をした時のような漆黒の革鎧に身を包んでいた。


「ルウ様、もし宜しければお手合わせをお願い致します」


 ジーモンの声にルウは黙って頷く。

 相変わらず表情は穏やかで口元には笑みを浮かべていた。

 やがて2人は中庭の中央で正対する。

 先に仕掛けたのはやはりジーモンであった。

 この前の試合の仕掛けの時の上を行く複数に見える高速の突きを顔面や身体に向けて繰り出して行く。

 それを身体と首の僅かな動きだけでかわして行くルウ。


「しゃあっ!」


 何か隙を見出したのか、今迄の突き一辺倒の攻撃からジーモンが気合一閃、突きと変則的な2段蹴りを同時に繰り出す。

 しかしルウは左腕でその蹴りをいなし、下半身はそのままで身体を大きく弓なりに逸らしてそれを避けたのだ。


「くあっ!?」


 思わずジーモンから驚きの声が漏れる。

 彼としては会心の攻撃のコンビネーションであったようだ。

 一方、身体を逸らしたままのルウの顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。


「ひゅっ!」


 ルウの口から呼吸が漏れるとその身体がバネ仕掛けの人形のように起き上がる。

 そして何とジーモンが使っている拳法を使い出したのだ。

 しかも攻撃を繰り出す速度がジーモンなど及びもつかない。

 はっきり言うと彼の数倍の速度なのである。

 ジーモンの表情に驚きが走った。


「ちちちちぃーっ!」


 今度ジーモンから漏れた小さな叫びは苛立ちを表していた。

 しかしルウの拳と蹴りは容赦なくジーモンを襲い、最早彼は防戦一方となっている。

 そして最後に彼は信じられない攻撃を見る。

 ルウから放たれた蹴りは不規則に何度も軌道を変え、彼の予測のつかない角度から後頭部を襲ったのだ。

 今迄、夢見ていた自分の拳法の奥義とも言える攻撃である。


「がふっ!」


 避ける事も出来ずに後頭部にルウの蹴りの直撃を受けたジーモンはあっけなく大地とキスをし、意識を手放したのだ。


「ふうっ」


 ルウは最後に小さく息を吐くと傍らでいつの間にか見ていた2人の少女を見る。

 ジゼルとモーラルであった。

 ジゼルは驚嘆していた。

 何という戦いであろうと!

 モーラルはというと表情は変わらないが目がらんらんと輝いている。

 こちらは自分の主人の強さに誇りを感じていたのだ。

 ルウは2人に向って手を振り、先に意識を失っているジーモンに向かう。

 彼が歩き出した時から、既に魔力がどんどん高まり、高質の魔力波オーラが立上っていた。

 ルウはジーモンが倒れている傍らに跪くと即座に回復の魔法を発生させる。


治療キューア蘇生レッスッレークティオー! 」


 回復の言霊が詠唱されるとルウの手から眩い光が放たれ、ジーモンの巨体が包まれた。

 ジーモンのダメージが回復し、その生命力はルウの魔力波オーラによって活性化する。


「旦那様……凄い……」


 回復魔法も得意なジゼルではあるが、ルウの魔法を見せつけられると自分のレベルとの格段の違いに嘆息せざるを得ない。

 しかし、ジゼルはこんな場合は落ち込まずに逆に大いに闘志を燃やすタイプである。


「私はあの回復魔法も絶対に習得する!」


 声を出して拳を握り締めるジゼルを横目で見て微笑するモーラル。

 モーラルから見ても相変わらずルウの魔法は見事であり、そして凄まじい。

 夢魔である彼女の魔法も本来の能力から得られる魔法以外は殆どがルウから学んだものだ。

 つまりルウの魔法の『1番弟子』とは実はモーラルなのである。

 昨日の妻達の話を聞いてモーラルは彼女達の訓練の手助けをしなくてはという思いに満ち溢れていたのだ。


 夢魔なのに、人類から忌み嫌われる魔族なのに……

 実の父からは捨てられ、最愛の母も亡くし、人里離れた森の奥で世の中を、呪われた出生である我が身を怨みながら生きて来たが、ある日生きる事に力尽き、倒れた自分……

 そんな瀕死の自分の命を救い、助けてくれたルウ。

 そのルウに命を捧げて『忠実な下僕』として生きて行こうと決めていたのに……

 絶対に言われないと思いながらも「死ね」と言われればそれも厭わない覚悟の自分だった筈なのに……

 

 そんな自分の人生が―――今迄の情で愛されるのでは無く、ルウから改めて『妻』として愛され、自分の新たな『生きる意味』がどんどん見出されて来る。

 それは限り無い喜びに満ちている。


 エドモン・ドゥメールの言う通り、魔族の女である自分がルウの妻になる事は『茨の道』であるかもしれない。

 しかし、同時にフランにエールを送った通り、己の信念で彼女は生きて来た。

 ルウに出会わなければ1度、死んだ筈の自分なのである。

 それさえ考えれば何でも出来そうな気がした。

 モーラルは笑みを浮かべ、隣に居るジゼルの手を握る。

 魔族特有の冷たい手にジゼルは一瞬驚いたが、モーラルの顔を見てにっこり笑うと確りと握り返したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「旦那様ぁ~!」


 ジーモンに肩を貸して歩いて来るルウに向ってジゼルが大きく手を振った。


「おお、ジゼルにモーラル。お早う!」


「おお、若奥様方お早うございます。ははは、これは朝から恥ずかしい所を見られてしまいましたな」


 ジーモンはルウに支えられながら頭を掻いた。

 ちなみに彼はアデライドと区別してフラン達を『若奥様』と呼んでいる。


「ジーモン殿、大丈夫か?」


「ああ、これはモーラル様。大丈夫、ルウ様の回復魔法の効き目は相変わらず凄いですからな」


「それはよかった。それで旦那様、私は今の戦いを見て決めました。宜しければ、これからは私も訓練のお手伝いをさせていただければと!」


 それを聞いたジーモンとジゼルが怪訝な顔をする。

 無理もない。

 影働きが多いモーラルでなのである。

 その実力をその目で見てちゃんと知っているのは、自身を助けて貰ったオレリーだけなのだ。


「ああ、宜しくな。モーラルが手伝ってくれるとありがたいぞ」


 ルウは笑顔を見せ、モーラルの頭を撫でる。

 ジョゼフィーヌが見たら怒りそうだが、これ元々はモーラルの専売特許だったのだ。


「ルウ様、聞きたい、聞きたいと思っていたのだが、貴方の使われる拳法というか体術は一体?」


 ジーモンが恐る恐るという雰囲気でルウに問う。

 こういった特殊な体術は一般の格闘技と違って、その方針や伝承、奥義などの理由からその存在自体を明確にしない場合も多いのだ。

 ルウが体得し、使っている拳法も実はそうである。

 これは本来はアールヴの長、ソウェルだけに代々に伝わる拳法なのだ。

 しかし今となっては奥義のみが伝承者にのみ受け継がれているというのが現状である。

 先代のソウェルであったシュルヴェステル・エイルトヴァーラがそれまでの秘匿の方針を大きく転換し一般のアールヴ達が身を守る為にその拳法の『型』の基本動作と体得方法のみを開放したのだ。

 ただ、それはアールヴ族だけに限る話であり、人間達が知る由はなかった。

 そのアールヴ族だけに伝わる拳法、その名を『魔導拳』という。


「魔導拳……」


 ジーモンとジゼルが一斉に呟くのを聞いてからルウが補足する。


「ああ、体格や膂力りょりょくにおいて他の大柄で頑健な種族に劣るアールヴがその身体に合った合理的な体術の技を限界まで極め、更に身体能力を魔法で強化して自らを守る為の拳法さ」


 そこでモーラルがルウに合図をした。

 ルウが頷くとモーラルが口を開く。


「私もルウ様程ではありませんが、多少は使えます・・・・・・・


 そんなモーラルに対してジーモンとジゼルはこんな少女がと、驚きを隠せなかったのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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