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第145話 「大公問答」

 アデライド・ドゥメール伯爵邸土曜日午後10時……


 ルウはこの屋敷の中でも最上級の客室をノックする。

 いわゆるVIPルームだ。

 その部屋の主は今夜のみ宿泊するバートランド大公、エドモン・ドゥメール公爵である。

 今夜は夕食会後に彼が話したいと言う要望で部屋に参上したのだ。


「入れ」


 ノックに対して重々しい声で入室を許可する声が響いたので、ルウはドアのノブを回して部屋の中に入る。

 中にはエドモンが大きな身体を投げ出すように肘掛付き長椅子ソファーに座っていた。

 エドモンはルウを見ると顎を動かして合図した。

 座って良いというゼスチャーである。

 ルウは彼が指し示した反対側の肘掛付き長椅子ソファーに座った。

 座った途端にエドモンが言葉を浴びせて来る。


「お前の事は聞いた―――だが、怒るな」


 エドモンの言葉にルウは首を縦に振った。


「はい、無理も無い事です。アデライドさんを責める気は毛頭ありませんし、貴方は家族です。共有する必要がある所はそうしないと」


 要はルウの事をエドモンがいろいろ聞いたが、情報元のアデライドをルウが責めないで欲しいという意味だ。


「いくつか聞きたいのだ。まずお前は今の力、魔法も体術も自身底を見た事が無いな?」


 エドモンは珍しく慎重に聞く。


「限界と言う意味では無いですね」


 しかしルウがあっさりと答えるとエドモンは腕組みをし、考え込んでしまう。

 ルウを見詰めた視線を外さないまま、エドモンは問いただした。


「ふうむ、その力―――果たして何に使う?」


「自分に関わる者―――それも学ぶべく良き意思を持つ者には授け、助けを求める弱き者を救う為に行使したいと考えています」


「それは創世神の名の元にと、誓ってか?」


 ルウの答えはこの国の宗教的な倫理感からすれば問題無いものであったが、エドモンは敢えてこの世界の神の御心に従うのかと聞いたのだ。

 しかし返って来た答えは全く予想外のものである。


「俺を育ててくれたのはアールヴのソウェルである、シュルヴェステル・エイルトヴァーラです。彼はアールヴの叡智と7千年の生涯で得た物を俺に授けてくれました。その彼の考えには俺は賛同していますので必ずしも創世神の教えだけとは限りません」


 これは初耳であった。

 10年前に孤児の彼がアールヴに引き取られて生きていたとは聞いたが、まさかアールヴのソウェルとは聞いていなかった。

 アデライドもさすがにこの事実は隠していたのである。


「何、アールヴのソウェルである、シュルヴェステル・エイルトヴァーラだと!? ふうむ、その考えとは一体――何だ?」


 アールヴの教えとは何だ?

 若い頃、人伝に聞いた事があるものの記憶が曖昧である。

 元冒険者のエドモンには結構興味のあるものなのだ。


「はい、この世に生きとし生けるものは全てそのカルマにより意味を背負って生きている。その業が重なり合う時に相手とどう接するか、考えるが良いと……」


 業?

 エドモンは首を傾げた。

 余り、この国では聞き慣れない言葉である。


「業とは生きる意味か? ……それにより考えよという事か? それは創世神と神の御使いが仰る、『秩序と調和』の教えとはいささか違うようだ」


「はい、『秩序と調和』の必要性は当然認めながらも、『混沌と不和』の存在を一方的に悪とせず認める寛容さを持つのが大事だと言うのが師の教えです」


「ははは、秩序と調和を重視する教会関係者から見ればお前は相当な危険人物だな。しかしお前があのモーラルという魔族の娘を妻にしたという事実を見ればそれも分る。その事をフランも受け入れているようだしな」


 そう言いながらエドモンはこの若者に親近感を感じ始めていた。

 普通、最初から分っていて魔族を妻にする者など皆無に近いからだ。


「はい、俺はこの国に来るまでは、いえフランと出会うまでは最初皆が言う『愛』とは何かが分りませんでした。ただ可哀想だと思う『情』とはどう違うのか? しかしある考えに及びました」


「ふむ、『情』か……愛から来ている場合もあるし、単なる哀れみだけの場合もあるな」


 エドモンは面白そうに鼻を鳴らす。


「はい、俺は彼女達と正対して考えました。もし彼女達がある日、突然居なくなったら、そして愛を求めている彼女に俺は応えられるのか? そう考えたら相手が妻として愛する対象なのか? 違う愛の対象なのか、はたまた全く違うのか、意識出来るようになっていました」


「ははは、女は魔法や体術と同じで奥深く、そして興味深いだろう。面白いか?」


「はい、男と女とは愛によって自分も相手もお互い慈しみ、学び合い、成長する可能性を引き出す。そして自分達の思いと絆を後世に残し続けられる。これこそが創世神が創られた我々人間の可能性を引き出す本能だと学ぶ事が出来ました。これは師からも教えられなかった事です」


 ルウの言葉を聞いたエドモンは自分の姪を引き合いに出して笑う。


「ははは、アデライドのように魔法に愛を感じ、与え過ぎている輩も居るがな」


「俺もアデライド母さんと同じですよ。男と女だけではなく森羅万象……人間を含めたあらゆる生き物、自然、学問、この世の全てに興味があり、愛を感じる事が出来ます」


「成る程、お前はスケールが大きいわ。この先の人生、楽しみだな」


 エドモンはそう言うと、さも面白そうに笑ったのである。

 それからもルウとエドモンの話は続いた。

 その中でもエドモンが興味を示したのはルウが聞いたシュルヴェステルの7千年の生涯と彼に関わる歴史上の人物の話だ。

 特にバートクリードの話になると彼は少年のように目を輝かせたのである。


「そ、そうか! バートクリード様の物言いがこの儂に似ていると言うのか。これは嬉しい」


 それからも2人の話は弾み――――気がつくと時間はもう夜中の1時を過ぎていたのである。


「ははは、この儂がこんなに夜更かしをするとはな。お前が悪いぞ、ルウ」


 エドモンは怒っているが、当然これはポーズである。


「お前にはまだこの儂に語っても良い話が沢山あろう。逆に話したくない事は話さなくとも構わん。今度はバートランドの儂の屋敷に来るが良い。『冒険者』として一緒に冒険をする事も可能だ」


 冒険者?

 エドモンの言葉を聞いたルウは妻や学園の生徒の面倒をみなければと柔らかく断わりを返した。


「ははは、分っておる。アデライドにお前の引き抜き・・・・は固く禁じられておる。ただな、本音はお前を儂の腹心としてバートランドのまつりごとに参加させたいのだ」


 しかし、それはしないとエドモンは悪戯っぽく笑う。


「リシャール陛下に判明して、お前を王族として取られた挙句にロドニア辺りへ婿に出されなどしたら、儂はアデライドとフラン、そしてあの可愛いお前のおんな達に酷く恨まれる。そんな事は出来ん、はははは」


 最後に彼が念を押して言ったのは何か困った事があったら必ず自分を頼れという事である。


 そしてルウも妻達が世話になったと礼を言い、珍しく楽しそうに饒舌にもなったエドモンのもとを辞去したのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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