第144話 「フランへのエール」
英雄亭での揉め事は結局ルウとダレンの話し合いで冒険者を許してやる事となった。
怪我を治したルウが冒険者としての筋を通せと言い、加えて金を貰うなら料理を食べて貰わないと気が済まないとダレンが不敵な笑みを浮かべて言うとボリバル達は恐れ入って平謝りに謝ったのである。
しかしルウは余計な噂が拡散しないよう冒険者達に対して記憶操作の魔法を掛けておく事は忘れない。
そうしないとルウの評判が1人歩きする可能性が高いからだ。
ルウがダレンに料理の礼を言い、勘定を払おうとするとダレンが手を横に振る。
エドモンから既に代金は受け取っているというのだ。
ダレンは加えてエドモンからの伝言を託されていた。
「エドモン様は先に店を出られたよ。用があると仰ってな。今夜、お前とじっくり話がしたいそうだ」
ルウはダレンの言葉に頷くとフラン達に店を出ると伝え、英雄亭を退出したのであった。
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王都中央広場、午後3時……
ルウはドゥメール邸に帰宅すべく歩いている。
フラン達は胸を張って歩くモーラルを除いて皆、項垂れていた。
気になったルウが元気の無い妻達に声を掛ける。
「どうした?」
「私達は無力だなぁと……」
それに答えたフランが肩を落として呟いた。
「フラン姉、私も同じ事を考えていた。そして旦那様にお願いしたい、どうか私達を鍛えてくれ。心身ともにな」
ジゼルがルウに真剣な眼差しで言う。
「いつも旦那様が付いていてくれるわけではない。備えておくに越した事はないのだ。父上や兄上からも言われている―――やがて大破壊がやって来て、その時に慌てても遅いからな」
大破壊!
その言葉を聞いたフランがびくりと身体を震わせた。
フランの様子を見たジゼルがまた諭すように言う。
彼女はフランが大破壊で婚約者を亡くした事を誰かから聞いて知っていたようだ。
「フラン姉―――貴女には酷な様だが私達は前に進まないといけないのだ。しかし幸いな事に私達には旦那様がついている」
ジゼルの言葉にナディアもそうだと頷き、フランを見詰めた。
「フラン姉、貴女も良く知っている通り人間は弱く儚い生き物さ。だがその代わり、神から限り無い可能性を与えられた」
ナディアは俯くフランを力強く励ます。
「私達は縁あって共に人生を歩む事になった。これはジゼルの言う通り、とても喜ばしく幸福な事さ。たった1人では無く、皆で助け合っていける素晴らしいものなんだ。後はこの人生を楽しむだけ……是非やってみようよ、フラン姉。限り無く努力して自分の限界点まで到達……いやそれさえも超える為に」
オレリーがフランの肩に手を置く。
「フラン姉、いつも私を庇い守ってくれてありがとう。でも私も頑張ります、いつか誰かを私が守れるようになる為に」
ジョゼフィーヌがフランを見て微笑んだ。
「私は皆さんのお役に立てるか分りませんけど、今やれる事を頑張ってやろうと心に決めましたわ。私と一緒に頑張っていただけませんか、フラン姉」
そしてモーラルがフランを見据える。
「私は絶望の中から生を拾いました。元々失うものなど何も無い。己の信念に基づいて生きていけば道は開けるのですよ、フラン姉」
フランは皆が自分を励ますのをじっと聞いていた。
そして顔をあげるとにっこりと微笑んだのだ。
「ありがとう、皆。……旦那様、フランは幸せ者です」
「そうだな、フラン。お前だけでなく俺を含めた皆もそうさ」
ルウが優しく囁くとフランは「はい」と大きな声で返したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アデライド・ドゥメール邸、土曜日午後6時30分……
エドモン・ドゥメール主催の夕食会が後、暫くして始まる。
本来なら、妻達はお客としてその身内と訪問するのが普通だ。
しかし今日は妻達が接待役として自分の身内を迎えるのである。
「ふふふ、皆頑張ってね。打合せ通りにやれば心配する事なんかないわ」
アデライドが広間に集まった妻達に発破を掛けた。
「はいっ!」「了解です、アデライド母様!」「任せてください」
―――やがて、訪門客の第1号が現れた。
公爵のレオナール・カルパンティエである。
「ようこそ、父上」
「おお、ジゼル。お前が案内してくれるのか」
迎えたのは娘のジゼルだ。
ジゼルは父の手を取るとエスコートする。
向かった先はエドモン・ドゥメール公爵が待つ大広間である。
「レオナール、久しいな」
「はい、ご無沙汰しております。エドモン様もご機嫌麗しゅう」
レオナールには意外であった。
まず例のアデライドの件での嫌味を言われない。
それどころか、口数はいつもの通り少ないながらも気難しさではこの国1番と言われているエドモンの機嫌が最高に良いのである。
その理由は直ぐに分った。
娘のジゼルがエドモンと実の肉親のように打ち解けているのである。
この爺さんの笑顔なんて見たのは何年振りか?
レオナールは正直そう思ったが、おくびにも出さず笑顔で返していた。
続いてジョゼフィーヌが父親のジェラール・ギャロワ伯爵をエスコートして来る。
こうして次々と妻達は身内をエドモンの元にエスコートして来たのだ。
ほう!
この爺さん、ウチの娘を始めとして彼の妻達とは皆、仲が良いのか。
ルウという男―――以前私が見込んだだけの事はあったかな?
武の才能だけで無く、妻達を使った爺殺しの才能まであったとは。
しかし、まさか我が娘を娶るとは思ってはいなかったがな……
そんなレオナールの思いは背後からのルウの声によって破られた。
「ようこそ、親父さん。俺もカルパンティエ公爵ってお呼びすれば良いのかな」
レオナールはルウに向って笑顔で答える。
「ははは、親父で良い。そう呼べ その代わり私もお前をルウと呼ぶぞ」
ルウは頷くと手を差し出した。
その手を笑いながらがっちりと思い切り握るレオナールだったが、直ぐに渋い顔になっていた。
彼としては悪戯心で少し力を入れてやろうと思ったのであるが、ルウの意外な握力に逆に拳に鈍い痛みを与えられたのだ。
やがて午後7時の開始時間が近くなると料理が運ばれ、その間もエドモンとルウの妻、そしてその身内との歓談は続いている。
そして最後にオレリーが恐縮しっ放しの母アネットを連れて現れた時もエドモンは上機嫌であり、夕食会は益々盛況となった。
こうしてエドモンと妻達は勿論、その身内との懇親の目的は無事果され、満足な形で終了したのである。
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