第141話 「思いがけない昼食」
キングスレー商会を出る前に荷物を搬入するのを1日、早めて貰う事にしたフランを始めとした『妻達』は支店長のマルコ・フォンティに依頼して各家に使いを出して貰う事にした。
午前中に屋敷を下見して3階の各部屋に荷物を運び込んでおこうと決めたらしい。
今日の買い物は『妻達』の家具は勿論、食料品や肌着まで含めると金貨5,000枚にも及んだのだ。
※金貨1枚=1万円です。
ちなみに2,000枚をフランが、各1,000枚ずつをジゼル、ナディア、そしてジョゼフィーヌが支払っていた。
但し洋服や化粧品は意外にもあまり購入しなかった。
洋服はオレリー、モーラルを除くと凄い数の量を所有しているのと化粧品は未使用のものが多いという事もあり、皆で使い回しをする事にしたようだ。
主にその仕切りは完全に主婦と化したフランの指示によるものらしい。
貴族の令嬢とは思えない合理的なものだ。
しかしジゼル達にはかえってそれが頼もしく映ったらしい。
それもこれから先の生活に関する不安が少しあるからだ。
マルコは、ほくほく顔である。
キングスレー商会は薄利多売を旨としているので粗利率はそんなに高くはないが10%は確保してある。
今日のこの取引だけで少なくとも金貨500枚以上の純利益を得たのだから。
「じゃあ、マルコさん。各家への連絡を宜しくお願いします」
フランの言葉にマルコは最敬礼で応えた。
「かしこまりました! しっかりやっておきます。今後とも当商会を宜しくお願いします」
ルウが手を振り、フラン達妻も手を振ってキングスレー商会から遠ざかって行く。
その姿をマルコはずっと見送っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「旦那様ぁ」
ジゼルが、せがむようにルウに言う。
「フラン姉に聞いたのだが、冒険者が集まるような雰囲気の料理が美味しい店があるそうじゃないか。ぜひ行きたいと思っていたのだ」
ジゼルの瞳が夢見る少女の状態になっている。
何か憧れがあるのであろう。
ルウが理由を聞くとジゼルはバートクリード様の英雄譚だと小さく呟いた。
この国の者なら誰でも知っているという偉大なる王の足跡を追った建国の記録である。
「バートクリード様は最初は単なる冒険者に過ぎなかった。しかし呪われた悪鬼である魔族を追い、邪悪な竜達を倒した偉大なる王である。そして彼に付き従った11人の神聖騎士達。その彼等から脈々と血筋が続く王を含めた12人の騎士の子孫が我々なのだ」
熱く語るジゼルにナディアが同意して頷いた。
「確かに我々は偉大なる王と11人の神聖騎士の子孫だ。ジゼルの言う通り彼等は全員が元々冒険者だしね。ジゼルは騎士と同様、冒険者にも憧れているんだよ」
ルウは穏やかな表情で話を聞いていた。
これも魔法王ルイ・ソロモンの話と同様、亡きアールヴのソウェル、シュルヴェステル・エイルトヴァーラから既に真実を聞いている話でもある。
この国の歴史の表に出て来ない伝説の13番目の騎士が実はシュルヴェステルなのだ。
異民族であるアールヴは表立って人間に力を貸す事は出来ない。
しかし冒険者として知り合ったシュルヴェステルとバートクリードとの間は固い友情で結ばれており、 シュルヴェステルは人間を装い彼に力を貸したのである。
やがてヴァレンタインが建国されるとシュルヴェステルは人間の前から去り、彼の存在はこの国の歴史舞台から消えたのだ。
「とりあえず英雄亭に行きましょう」
話が終わりそうもないのでフランが皆を促した。
この王都を連れ立って歩くルウ達は目立っている。
中にはちょっかいを出そうとするならず者もいたが、ルウがフラン達に見えない所で悪魔のような笑いを見せると彼等は身震いをして道の脇に退いた。
やがて英雄亭が見えて来る。
それを見たジゼルはますます入れ込んだ。
「おおお、まさに本に書いてあるイメージ通りの冒険者が集う酒場だ。素晴らしい」
「ジゼルはこのような店に入った事はないのか?」
ルウが問うとジゼルは苦笑して頷いた。
「父上や兄上が煩くてな。無頼者に絡まれでもしたら不味いと……私は返り討ちにするつもりだったのだが」
それを聞いていたフランも一緒に苦笑する。
彼女も同じ様な理由で母アデライドからこのような店への出入りは禁止されていた。
この前ルウとこの店に入ったのが人生で初めての経験だったのである。
そもそも彼女達のような貴族の令嬢が普段入るような雰囲気の店ではないのだ。
ルウ達は店に入ると案内を頼む。
案内をしてくれたのはまたもや栗色の髪を三つ編みにした人間族のメイド姿の少女ニーナである。
今日も英雄亭は混んでいたが丁度昼の入れ替え時でタイミング良く全員が座る事が出来たのだ。
「いよぉ! 来たな、ルウよ。冒険者になる決心はついたのか?」
ニーナから報告を受けて店主のダレン・バッカスがにこにこしながら店の奥から現れたが、フラン以外にも女性が増えているのを見て口を窄めて口笛を吹いた。
「おおおっ! 何だか人数が増えているじゃねぇか。ドゥメールの嬢ちゃんよ、これは一体?」
ダレンの問いにフランが答える。
「皆、私と同じく彼の妻よ」
「そうか、甲斐性のある奴だなぁ。さすがだ。だそうですよ、エドモン様」
ダレンは店の片隅の席に居た法衣姿の男に面白そうに声を掛けた。
「エドモン?」
フランが訝しげに男を見る。
「ははは、フランシスカよ。やはりこの男か?」
相変わらず主語を省いて話す、エドモン。
お前の婚約者は……という肝心の言葉が抜けている。
法衣の頭巾を脱いだその男はフランの大伯父であるバートランド大公エドモン・ドゥメールであったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ははははは、じゃあウチの店での昼飯がその夕食会の前哨戦みたいなもんだな」
ダレンが豪快に笑った。
「ダレン爺、遊んでいないで早く厨房で仕事してよぉ」
ニーナがじと目で睨んでいるのを見てダレンが肩を竦めた。
「わ~った、わ~ったよ」
「がはははは、歴戦の兵、金剛鬼も形無しだな」
ダレンが苦笑いして厨房に消えるのを見て、今度はエドモンが笑う。
冷えたエールのマグがテーブルの上に既に人数分、運ばれていた。
「じゃあ、大伯父様、乾杯の音頭をお願いします」
フランがエドモンに乾杯の合図を促す。
「お前達を身内に出来て嬉しいぞ、では乾杯!」
簡単過ぎる乾杯の挨拶にフラン達は拍子抜けしている。
そんな彼女達を見たエドモンはその心を見抜くかのように笑う。
「ははは、挨拶はな。簡潔にするのに越した事はない。変に長い話をして自己満足に浸っているのは馬鹿者のする事だ」
一瞬驚いたフランであったが、「勉強になりました」とこの大伯父に対してにっこり笑って頭を下げたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




