第14話 「嫉妬」
「コレット先生……いい加減ルウの、いいえ……ブランデル先生の手を放して頂けるかしら」
職員室に、フランの冷たい声が響いた。
アドリーヌはハッとして我に返り、恐る恐る顔を上げると……
氷のような視線で射抜くように見据える、フランの怒りに満ちた顔がある。
「ひっ!」
驚きのあまり思わずルウの手を放し、アドリーヌは「ぺたん」と座り込んでしまった。
だがルウはフランに対し、「駄目駄目」と諭すように首を横に振る。
そして、座り込んだアドリーヌへ手を差し伸べると……
彼女の手をしっかり掴み、「ぐいっ!」と立たせてやった。
「御免……」
フランは、ルウへ小さく呟いた。
いつもは大人しいフランが、珍しく見せた激しさである。
意外な愛娘の姿を見て、アデライドが苦笑していた。
「おいおい、フラン、お前が謝るのは俺に、じゃないぞ」
首を横に振るルウの表情は、相変わらず穏やかだ。
ルウに諭されたフランは、アドリーヌの方に向き直ると素直に謝罪する。
「……御免なさい、コレット先生」
フランの謝罪を見届け、ルウもアドリーヌへ「ぺこり」と頭を下げて謝罪した。
「フランもこう言っているし、許してやってくれよ」
全く予想もしなかった状況の中で、アドリーヌはまた混乱してしまう。
「え、ええっ!? そ、そんな! 校長を許すなんて! 何も私は!?」
慌てふためくアドリーヌ。
更に冷静さを取り戻したフランも、頭を下げる。
「コレット先生、本当に御免なさい、私が悪かったわ。またゆっくりと話しましょう、今後とも宜しくね」
フランの丁寧な謝罪を受けたアドリーヌだったが……
相手の極端な変貌振りに、複雑な表情を浮かべたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
職員室を出た3人は、校長室を見た後、教頭室のドアをノックする。
しかし中から返事は無い。
今日は出勤予定なのだが、教頭はまだ来ていないようだ。
教頭の顔を思い浮かべたらしく、アデライドが肩を竦める。
「教頭はとても良い人なんだけど……何かにつけて、拘り過ぎるの」
更にフランが顔をしかめる。
「そうね……あの人は、いつも気難しい顔をしているわ」
アデライドに同意して愚痴るフランではあったが……
愛娘の言葉を聞いたアデライドが、悪戯っぽく笑う。
「あら、貴女も人の事を言えないわよ」
フランが生徒達から、どのような渾名で呼ばれているか、アデライドは当然知っていたが、さすがにこの場では言えなかった。
「そんなぁ! お母様!」
気難しいアールヴ教頭と一緒にされた、フランは頬を膨らませる。
「心外だ!」という表情だ。
「まあ、良いわ。次に3階へ行きましょう」
愛娘の抗議をスルーして、いかにも面白そうに首を傾げるアデライドであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
3階は生徒達の教室フロアである。
2年生、3年生の教室があり、学年ごとに各3つずつ計6部屋となっている。
そして2階は同じく1年生の教室が3つ。
学年ごとのロッカールームが3つ、そして生徒会室という間取りであった。
いずれの教室も木製の重厚な雰囲気の教壇があり、その対面に木製の横長の椅子付きの机がいくつも並べられている。
ヴァレンタイン王国のいくつかの学校は簡素な教壇に教師が立ち、机も椅子もない床に生徒達が座り込んで授業を聞く。
到って牧歌的な風景だという。
それに比べて、魔法女子学園の教室は、まるで政治家達が国の政を行うような趣きであった。
厳かな教室の雰囲気を見て、ルウは素直に感心した。
「う~ん。やっぱり王都は、すげぇや!」
「でもルウ。王都にはこれ以上の建物は沢山あるからね」
アデライドは自嘲気味に呟く。
だが、学校の中だけでは群を抜いているという自負は、密かに持っていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
校舎内を見終わった3人は再び、理事長室へ戻って来た。
アデライドは紅茶を淹れ、茶菓子を用意する。
「ルウ、フランとふたりきりで話をしたいの。お茶でも飲んで待っていて」
「ああ、良いぞ」
ルウが頷いたので、アデライドとフランは左奥の扉から研究室へと消えて行った。
扉を閉めて、ふたりきりになると……
アデライドは、真剣な眼差しでフランを見る。
「フラン、いいえ、フランシスカ!」
「い、いきなり、ど、どうしたの? お母様」
いつもの愛称ではなく、正式な名前で呼ぶアデライドの表情は、先程までのものとは全く違っていた。
いつになく真剣な母を見て、フランは直感的に大事な話であろうと判断した。
思わず表情が引き締まったフランへ、アデライドは唐突に問い掛ける。
「ルウを何故、臨時の教師として雇ったか分かる?」
母の問いに対し、暫し考えたフランは答えを戻す。
「分かるわ。正式な教師として学園に迎え入れられるからでしょう! 1年働けば教師として文句なく、ルウが実績を積めるからよね?」
ルウの実力は素晴らしいとしても、魔法女子学園にはしっかりとした雇用規則があった。
フランの解答は至極真っ当な物といえる。
聞いたアデライドは困った顔をして首を横に振った。
「全くの不正解」という意思表示である。
「ええっ!? ち、違うの?」
「あのね、ルウがどうしてアールヴの里を出て来たか、さっき聞いていたでしょう?」
驚くフランにアデライドは苦笑した。
そして「ルウが旅に出た理由を再考するように」と告げたのである。
フランは校舎を見学する間……
ルウに対し、昨夜は母とどんな話をしたか、おおよそ聞き出していた。
「……世界を見てみたいって、言っていたわ」
フランは小さな声で改めて答えるが……
何かを思いついたのだろう、母に対し猛烈に反論する。
「でも、お母様。この国が……ヴァレンタイン王国の王都セントヘレナがその第一歩だったら……もっと良いと思うんだけど……あっ!」
フランは言いかけた言葉を自ら断ち切り、呑み込む。
どうやら母の意図に、気付いたらしい。
正式な教師ではなく、手続き上、離職が容易な、臨時の立場にする事に。
「うふふ、気付いたようね」
「…………」
「私達の都合でルウを縛りすぎてはいけないわ、1年経って、また旅に出たいと言ったら快く送り出してあげましょう」
「…………」
「それにルウは、肝心な事を貴女へ伝えていないから」
アデライドは呟くとフランをじっと見つめる。
肝心な事?
フランはそれを聞いて「えっ?」という顔をし、母の方へ身を乗り出した。
そんな愛娘を見て、アデライドは優しい慈しみを籠めた表情になる。
「実は……ルウが言ったの。フランを見捨てられないし、教師になるって約束したからって言ったのよ」
「…………」
「ルウは、とても律儀な人ね」
アデライドは重ねて言う。
当然よ!
ルウは優しいし誠実だもの。
フランも心の中であっさり肯定し、母に同意するよう頷いた。
「しかも自分が魔法使いとしてどんなに凄い存在か自覚してはいないの、困ったものね」
アデライドは愚痴るが、それがとても嬉しそうでもある。
「私には分かるのよ、育ての親であるソウェルの口癖からね」
母の言葉を聞いたフランは、ルウが苦笑いしながら懐かしそうに話すのを思い出した。
そう、ルウが言っていた……「お前はまだまだ」だって、いつも師匠に駄目出しされてたって。
「その人……アールヴのソウェルが完璧主義者なのは勿論だろうけど……」
そう言ってアデライドはくすりと笑った。
多分、気難しそうなアールヴの老人をふと想像したのだろう。
「彼……ルウには凄く期待していたんだと思う。だから慢心させない為に言ってたんだなって」
母の言葉を聞き、フランは納得して頷いた。
アールヴのソウェルという人は、弟子に自分を超えて欲しかったんだ。
類稀なる才能を持つルウに……
と、その時。
フランの『思い』が、いきなり母の言葉で破られる。
「さて……フラン、良い? ここからが本題よ。今まではルウを思いやっての一般論、常識的な話……これからは、貴女自身の問題なの」
これまでの話は一般論?
ここからの話がフラン自身の問題?
驚く愛娘に向かって、アデライドは厳しい表情で告げたのである。
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