第138話 「鑑定訓練」
「それで当キングスレー商会にお願いとは? ジョルジュ様が学べる事などありましたでしょうか?」
マルコは怪訝そうにルウとジョルジュを見詰めていた。
そんなマルコに対してルウはいつも通り穏やかな笑みを見せる。
「マルコ、この商会には冒険者達からいろいろな『お宝』が持ち込まれていると言ったな?」
「はい、バートランドの本店程ではありませんが」
キングスレー商会はこの国の冒険者ギルドとは特に深い間柄だ。
冒険者からの持ち込み商品も積極的に受けている。
ここ王都は冒険者の街バートランド程ではないが、周囲の遺跡や小さな迷宮からの持ち込みは他の商会に比べて格段に多い。
「その中には未だ鑑定前の物もあるんだろう?」
「そりゃそうです。魔法鑑定士の数は絶対的に足りません。良い腕の鑑定士は王家を始めとして各所で奪い合いになっていますから」
そこまで言ってマルコはもしや? という感じでルウを見た。
「ああ。悪いが、このジョルジュの訓練も兼ねて未鑑定商品の確認をさせて欲しい」
「しかし魔法鑑定士は国家免許制です。ルウ様は免許をお持ちで?」
これは当然の事である。
そうしないとかつてこの国で偽錬金術師がはびこった時のように詐欺を働く者が出現して世の中を乱す原因ともなるからだ。
しかしルウはゆっくりと首を振った。
「残念ながらそんなものは無い。しかしある程度は分ると思うぞ。当然参考レベルだから鑑定料などは貰わない」
それを聞いてマルコはもしやと考える。
彼から見てもルウは魔法の天才だ。
多分難なくこなしてしまうだろう。
それに今回は大きい売上げが見込める。
マルコにとってのデメリットは全く無いのだ。
「分りました。とりあえず危険が無く簡単な物からご覧になっていただきましょう。それを問題なくクリアしたら、本番に入っていただきます」
「ありがとう、マルコ」
それを聞いたルウは礼を言い、マルコに握手を求める。
「ありがとうございます、マルコさん」
改めて礼を言うジョルジュをマルコは感慨深げに見詰めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「旦那様」
フランがルウを見詰めている。
「今日の買い物の段取りを決めたいのです」
このような場合妻に任せるという夫も多いかもしれないが、ルウは話を聞く事に関しては『まめ』である。
世の中の女性は受身の時も良くあるが、自分が話したい時に聞き役が欲しい場合も多い。
当然、ただ聞くだけではなく相手に意見も言って欲しいのだが。
「優先順位を考えるとまず家具を選びたいのですが」
どうでしょうか? と聞くフランにルウは笑顔で答えた。
「良いと思うぞ。あくまで参考意見だが俺は派手でないものが好きだ。但し自分の部屋はそれぞれの好みを尊重しよう」
ルウの答えを聞いたフランも笑顔で頷く。
そして続いてルウにこう告げたのである。
「よかった! 共用部分の家具に関して私達は基本、旦那様の趣味に合わせるけど、各自の部屋の家具は今自宅にあるものを使う事で皆の合意は取れているの。だから後はオレリーとモーラルちゃんの部屋の分の購入ね」
「あ、あの私の家具を買って貰うなんて本当に良いのかしら?」
「私など……ルウ様の下僕……いや従者なのに……」
オレリーとモーラルは相変わらず逡巡している。
「いつまでも愚図愚図言わないことですわ」
それを聞いたジョゼフィーヌがきっぱりと言い放つ。
しかし言い方はきついが、彼女の言葉には温かさが感じられたのだ。
「私達は家族です。これからは助け合って生きて行くのですよ。遠慮する事など何もないのですわ」
それを聞いたジゼルが言う。
「ジョゼの言う通りだな。今私が部長をしている魔法武道部は旦那様の指導で適材適所を推奨している。個の力より全員の力で戦い抜く。その方が脱落者も出さず強敵にも勝つ事が出来るのだ。私達家族も全く同じだろう」
「そうそう、今格好をつけて物言いをしたこの女の壊滅的な家事の腕を何とかするのが2人の仕事だぞ」
「そうだ! 私の家事を……にゃにおう!」
突っ込みを入れたナディアを睨むジゼルを見てくすりと笑うオレリー。
その傍らで笑いを堪えるジョゼフィーヌとモーラル。
どうやらいつものペースに戻ったようだ。
「こらあっ! 皆、何を笑っている。私はだなぁ!」
皆が和やかな雰囲気になる中でジゼルの大きな声だけが響いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――1時間後
共用部分で使う家具を妻達と選んだ後にルウはマルコが未鑑定の発掘品を用意してくれた別の部屋に移動した。
部屋の中では既にジョルジュが商品を手にとって熱心に見入っている。
その隣には法衣姿の見知らぬ壮年の男がジョルジュに付き添っていた。
ルウは待たせてしまった事をジョルジュに謝罪する。
「悪い! 待たせてしまったな」
「いいえ! 時間があっという間に経って行きます。兄上、好きな事に没頭するとはこのような事なのですね」
しかしジョルジュはさして苦にはしなかったようである。
マルコが壮年の男を紹介する。
「彼はオーギュスタン・ボビリエ、ウチの商会専属の魔法鑑定士です」
「オーギュスタン・ボビリエです。ルウ・ブランデル様、宜しくお願いします」
「ははは、ボビリエさん宜しくな。じゃあ時間も無いことだから早速始めようか」
マルコもルウがどこまで鑑定の魔法を使うか興味津々だ。
目の前に置いてある未鑑定の魔道具の中で、瑪瑙を使用した古ぼけたアミュレットが取り分けて置いてあった。
マルコから試験鑑定用としてそれを渡されたルウは息を吸い込み、呼吸法で即座に魔力を高めた後、一気に魔法式を唱え始める。
「叡智を司る御使いよ! 知らしめよ、我に真理を! もたらせよ、我が手に栄光を! ビナー・エメト・ヨド・ホド・ラージエール!」
目を閉じたルウの手から出る魔力波が眩い光を生み出し、アミュレットもその光に包まれた。
どうやらこのアミュレットの効果効能が見通せたようである。
ルウは目を閉じたままアミュレットの効能を呟いた。
「成る程な……このアミュレットは僅かだが気持ちを前向きに高める魔法が付呪されている。いわゆる覇気を高める魔道具だ」
「気持ちを前向きに……覇気を高める……」
ジョルジュは思わず独りごちた。
ルウはアミュレットを掌の上に載せ、マルコに向き直る。
「価値は金貨1枚と銀貨2枚を足したといったところだ―――どうだい、マルコ」
「相変わらず凄いですね、貴方様は……で、オーギュスタン、この方の鑑定の結果はどうかな?」
マルコに促された魔法鑑定士のオーギュスタン・ボビリエは驚いたような表情をして同じ様なアミュレットを皆に提示した。
「ここにほぼ鑑定済みのほぼ同じ素材、形状、そして効力のアミュレットがあります。ルウ様が仰った通りに価値は金貨1枚と銀貨2枚を足したものですな」
やはり凄いや、俺の兄上は!
ルウを見詰めるジョルジュの視線は最早、師に対する尊敬の眼差しと言っても良いものであった。
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