第137話 「買い物同行」
ルウ達は屋敷の中の下見をして回っていた。
フランの母アデライド・ドゥメール伯爵が言っていた通り、前の持ち主が家具等を一切処分してしまっていたので屋敷の中は物が無く寒々しかった。
しかし間取りは皆の満足の行く広さであり、設備も申し分なかったのである。
母屋は4階建ての白亜の瀟洒な建物で建てられたのは30年程前らしいが、アデライドによれば数年前に内外装ともリフォームがされたばかりだと言う。
1階は約40畳はある大広間が1つと使用人が控える従者の間、大きな厨房と広々とした食糧倉庫、そして使用人達の居住用の為の部屋が5室、共同の浴室が2つとトイレなどで構成されていた。
地下にはワインセラーを含めた1階の2倍程の食糧倉庫と大きな物置があり、収納スペースは充分過ぎるくらいである。
2階は15畳程の客間が20室あり、各個室には専用の浴室とトイレ、そして納戸が備えられていた。
3階は2階とほぼ同じ構造である。
そして最上階の4階は30畳程度の主人用の部屋、そして物置用と従者の15畳程度の部屋があり、それとは別に30畳程の部屋もあった。
こちらは応接兼書斎用に使用していたらしい。
この階にも浴室とトイレがあるのは言うまでもない。
中でも素晴らしかったのは浴室で、通常の浴室の10倍はある20畳余りの広さで湯船は一度に5人は入浴する事が出来る野外の温泉を模した岩造りのものだったのである。
「想像していたよりずっと素晴らしいわ。さすがお母様ね」
フランが満足そうに頷くとジゼルが内外装の改装と補修に関してはいつでも任せてくれと言う。
「カルパンティエ家専任の大工を確保してある。費用の事は全く考えなくて良いそうだ」
じゃあと、今度はナディアが口を開いた。
「使用人に関してはシャルロワ家の方で手配をするよ。皆、その道のプロでしっかりした身元の人間を雇える。給金は向こう10年間は父上が面倒をみるって」
それを聞いたジョゼフィーヌが負けじとばかりに申し出る。
「では当座の生活費はギャロワ家から出る私の持参金で賄いますわ。この屋敷の維持費もかかりそうですしね」
ジョゼフィーヌが言い終わるのを待ってナディアが先回りして大きな声で叫ぶ。
「そしてオレリーとモーラルはボク達にしっかり家事を教えるのさ」
オレリーはそれを聞いて目を潤ませており、モーラルも黙って頷いていた。
全員の発言を聞いたフランが微笑む。
「ふふふ、分ったわ。皆、家の面子があるし、ありがたくお言葉に甘えましょう。でもいずれは自分達の力を発揮して、この家族の力で生活出来ると良いわね」
ルウの妻になった上でまたそれぞれの人生の道があり、その道が家族を支える糧を得る手段となる。
フラン達は改めて自分の将来に関して自問自答する事になりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール伯爵邸、土曜日午前10時……
ルウ達が隣の屋敷に戻ると正門には既に馬車が待っていた。
これからキングスレー商会に行っていよいよ買い物をするのである。
支店長のマルコ・フォンティには事前に今日訪問する事は伝えてあった。
伝言を託した使いの者によるとマルコはほくほく顔だったと言う。
それは当然であろう。
何せドゥメール家からの紹介でこの王都の有力貴族の顧客が一気に増えるかもしれないのだ。
フラン達は次々と馬車に乗り込む。
そこへやって来たのはフランの弟のジョルジュ・ドゥメールである。
何か手持ち無沙汰にしているジョルジュが気になってフランは馬車の中から声を掛けた。
「あら、ジョルジュ。どうしたの?」
「今日は特に用事も無いし、よかったら姉上達の買い物に同行したいのですが」
「でも、私達の買い物に同行しても何にもならないわよ」
別にジョルジュが邪魔と言う訳では無いが、ルウに甘えて自分達が買い物するのが分りきっているだけにわざわざ付き合うのは彼にとっては余り良いとは思えなかった。
しかし傍らで2人の話を聞いていたルウが手を挙げてフランにストップをかけたのだ。
「まあ良いじゃないか、フラン……ジョルジュ、一緒に行くか?」
ルウには何か考えがありそうだ。
はいと、元気良く返事をするジョルジュを見てフランはくすりと笑った。
ルウの面倒見の良さとそれに応えて日に日に彼を慕う度合いの強くなる弟ジョルジュ。
フランはそんな2人を見てとても嬉しかったのだ。
「ふふふ。じゃあ、ジョルジュ。早く馬車に乗りなさい」
ジョルジュ以外は皆、既に馬車に乗り込んでいる。
最後に彼が乗り込むと扉が直ぐ閉められ、馬車はキングスレー商会へ向ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キングスレー商会王都セントヘレナ支店、午前10時15分……
支店長のマルコはルウ達一行が来るのを今か今かと待っている。
はっきり言って王都の他の商会からあからさまな圧力もあった。
この王都での商会間の横の付き合いを放棄すると言ったものである。
客からの依頼があった時、要望された商品の在庫を切らしている場合がある。
そんな中でリミットが切られており、間に合わない場合は商会間の横の繋がりを使う事が多いのだ。
そうすれば期限を守って客の信頼を失わないで済む。
そうした相互間のフォローを一切無くすといくつかの商会は伝えて来た。
マルコはそう言った圧力を全て撥ね付けると決意し、バートランド本店の会頭チャールズ・キングスレーに伝えた所、マルコの方針通りやれとのお墨付きが出た為、そのまま実行したのである。
あ!
来た!
マルコの視界に見覚えのある黒い馬車が目に入った。
待っていたドゥメール伯爵家の馬車である。
馬車はキングスレー商会の前に停まり、中からはまずルウとジョルジュが降りた。
続いてフラン達、『名花』が降り立つのを道行く人が立ち止まって眺めている。
6人はそれぞれが特徴の有る美人揃いでとても目立つ存在だったからだ。
凄いな!
そう思いながらマルコとスタッフは揉み手をしながら駆け寄った。
「今日は朝早くからご足労いただき、誠にありがとうございます。ご希望の商品をいろいろご用意しましたので存分にお買い物をお楽しみください」
ルウが目で合図をしたのでフランが進み出てマルコに声を掛けた。
「ありがとうございます、マルコさん。では皆さん参りましょう」
店の中に入るとマルコはルウに頭を下げる。
「ルウ様、これからは言葉遣いを改めさせていただきますので」
それを聞いたルウは手をひらひらと左右に振った。
必要無いという意思表示である。
「今迄通りで良いじゃないか」
「いいえ、最初にお会いした時に戻すだけです。こればかりは会頭からの指示もありますので……申し訳ありませんが」
聞けば今夜会うエドモン・ドゥメール大公とキングスレー商会の会頭は大の親友だという。
そこからの配慮もありそうだ。
ルウは仕方なく了解する事にした。
マルコの商人としての立場もあるからである。
「その代わりいつか2人で酒でも飲もう。そんな時は普通に話そう」
マルコはそんなルウに黙って頭を下げる。
「それと今日はお願いがあって『彼』を連れて来たんだ」
ルウは傍らに居たジョルジュを呼ぶ。
マルコはだいぶ前に会ったこのフランの弟の記憶を何とか呼び覚ました。
「これはこれはジョルジュ様、お久し振りで」
「はい! 今日は兄上からここで学べる事があると言われて伺いました。宜しくお願い致します」
ジョルジュはそう言うと深くお辞儀をした。
その様子を見たマルコは吃驚した。
言葉遣いや態度が以前会った時のジョルジュとは一変していたからである。
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