第136話 「幸せの予感」
ドゥメール伯爵邸、土曜日午前8時……
昨夜は元々この屋敷に住んでいるフランを除いたメンバーもこの屋敷に宿泊した。
女子間の話し合いで昨夜はオレリーとジョゼフィーヌがルウと同衾したのだ。
いきなり女として抱かれる事はなかったが、3人でかなり親密なやりとりをしたようであり、オレリーもジョゼフィーヌも上機嫌であった。
一緒に食事を摂っているジョルジュには辛い時間であった。
昨日は彼にとって天国が、今朝は地獄が来たようなものだからだ。
いつの間にか、モーラルという可愛い少女まで増えているのを見て彼は深い溜息を吐く。
当然、彼から『贈り物』を奪った記憶は消されているので騒がれる事も無かった。
まあ、彼にはまた『幸福』が戻って来るのではあるが……
今日は午前早くから新居での生活に備えて皆で買い物に出掛ける予定である。
夜は夜でバートランド大公エドモン・ドゥメール主催の夕食会だ。
「買い物に出掛ける前に新居をさっと見ておきましょうか?」
フランの言葉に皆、全員一致で賛成して現在は空き家である新居に出向く事になったのだ。
「楽しみだな、ボク。あの寮を出られて旦那様と一緒に暮らせると思うと」
ナディアが上気した顔で思わず言うとジゼルが同意して笑顔で頷く。
「全くだな。魔法武道部の合宿みたいで楽しそうだ」
「その体育会系のノリだけはやめようよ」
思わず苦笑したナディアの言葉にジゼルが過敏に反応する。
「にゃにおう! 『合宿』のどこが悪い? お互いを切磋琢磨し、鍛え上げる事のどこが?」
それを聞いていたオレリーが手を口にあてて笑いを堪えている。
「ああ、オレリー! お前、また笑っているな? 先輩である生徒会長と副会長をいつも笑い者にして! ああ、ジョゼやモーラルまで笑っているな?」
ジゼルが気がつくとオレリーの隣に座っていたジョゼフィーヌとモーラルもくすくすと笑っていたのだ。
「もう、旦那様。私はいつもこうやって虐げられているのだ、分るだろう?」
すかさず頭を差し出すジゼル。
これはジョゼフィーヌには分るサインであった。
思ったとおりルウの手がジゼルの頭を『撫で撫で』したのである。
「ああっ!? ジゼル姉が私の権利を侵害しましたわ!」
自分だけのものと思っていた、その光景を見て思わず憤るジョゼフィーヌ。
「ははは、さっきの仕返しだ。これで少しは先輩に対する尊敬の念を持って欲しいものだ」
「持てませんわ、そんなモノ!」
「にゃ、にゃにおう!」
その時である。
ぱんぱんぱんと手を叩く音がする。
ぴくりと反応するジゼル達。
にこやかに笑いながら手を叩いてその場を鎮めたのはフランである。
「最初はどこまで効果があるか、半信半疑で試してみたけど、これ結構効果があるのよね」
「まるであのエイルトヴァーラ教頭だと思った。心臓に悪いよ、フラン姉」
ナディアが肩を竦めて彼女のクラスの担任の名をあげてみせると皆、どっと笑ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
旧ホワイエ子爵邸午前9時……
今ルウ達新たな『家族』はフランの母であるアデライド・ドゥメール伯爵が皆の為に買い取ってくれた屋敷の正門の前に居た。
「凄いわね、確実に今の屋敷より大きいわ」「確かに!」「楽しみ!」
比べてみればカルパンティエ公爵邸だけが、この屋敷よりははるかに大きいが、さすがにそれを自慢するほどジゼルは野暮ではない。
正門前には護衛の為の騎士の詰め所もあるが、今は無人であった。
屋敷を取り巻く塀も高く、隣のドゥメール邸同様5mはある。
「良いか? 開けるぞ。開門」
ルウが貰った鍵で錠を開けた上で魔法で重い鉄製の巨大な門を開く。
門は若干軋む音をたてながら内側に開いて行った。
「この門も頑丈そうだねぇ」
ナディアが感嘆して呟くと、そこにいつの間にか現れたのか、狼の風貌に変化しているケルベロスがとことこ歩いてきて門の脇に座り込み、これがいつもの自分の役目とばかりに辺りを睥睨する。
「お前はいつもやるべき事をやっている、偉いぞ」
ジゼルが優しく頭を撫でるとケルベロスは気持ち良さそうにしていた。
その姿は冥界の門で死者を厳しく識別する3つ首の怖ろしい魔獣とは思えない穏やかさである。
ルウ達はケルベロスを残し、中に進む。
「庭も広い。これなら思う存分鍛錬が出来そうだ」
入れ込むジゼルを横にして肩を竦めるナディア。
ドアへの一本道の脇には良く手入れをされた芝生が植えられており、故人が庭を如何に大事にしていたか窺がえる。
門から母屋まではたっぷり30mはありそうだ。
ルウが先頭を歩き、フラン達はその後を着いて行くがこれから始まる新生活への期待と不安を各自が思い浮かべていたのである。
「うわぁ、これまた頑丈そうなドアですね」
オレリーが感に堪えないという面持ちで呟いた。
皆の目の前にあるのは古い楢の木で出来た重厚な扉である。
木の風合いを巧く生かした独特の造りだ。
「防犯上も問題なさそうだし、どんな嵐が来ても大丈夫そうだね。ボクもホッとするよ」
ナディアが胸を撫で下ろしていると、その様子を見たジゼルが茶々を入れた。
「ははは、ナディアは怖がりだからな、これだけ頑丈なドアであれば安心だろう」
「そんな事を言ってジゼルだって怖がりでその上、焼餅焼きだろう」
ナディアの反撃に図星を突かれたらしいジゼルは言葉に詰まっている。
「な、何故それを?」
「ははは、カマをかけてみたのさ。伊達に長く付き合ってないよ、君とは」
ナディアが我が意を得たりといった表情をするのを見て慌てるジゼル。
そんな2人を笑顔を浮かべて横目で見ながら、またフランが手を叩いた。
乾いた音が辺りに鳴り響く。
「さあさあ、皆! いよいよ屋敷の中を見て回るわよ。今日の買い物の下準備にもなるから、間取りや設備をしっかり見ておいてね」
フランの声に一斉に返事をするジゼル達。
ルウはドアの鍵を開ける。
こちらも頑丈な2重鍵となっていた。
この屋敷がこれからの生活の場となるのだ。
そう考えるとルウは不思議な……そして今迄に無い幸せな気持ちに満たされるのであった。
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