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第1,351話 「生涯唯一の嫉妬㊷」

ここは海神王の神殿、最奥の至聖所。


長かったルウ、モーラル、テオドラ3人の旅……

救い出し、ブランデルの家族となったニンフ達からの切なる要望により……

粛々と実行された、海神王と女神アンピトリテへの『意趣返し』も大詰めとなっている。


『ぎゃあああああああ!!!! バ、バ、バカなあっっ!!?? に、人間如きの魔法にぃぃ!!?? か、か、神たる我がああっっ!!??』


海神王の残滓(ざんし)断末魔(だんまつま)の悲鳴をあげ……

至聖所の四方へ紅蓮の猛炎が吹き荒んだ。


至聖所の、天井まで高く高く立ち昇る猛炎は……

海神王の魂たる残滓を、完全に包み込んだのである……


そんな海神王を見ながらルウは告げる。


『海神王……お前に残された時間はわずかだ』


『なにぃ!?』


『この炎が燃え尽きた時……お前は俺によって冥界の最下層、全てが凍り付く世界、第9圏の最奥ジュデッカへと堕とされる』


『な、な、何だと!?』


誇りだけは高い海神王は、おのれの眼下に居て、全く動じず、

平然と見上げるルウへ言い放つ。


『く、く、く、屈辱だああ!! じ、じ、地べたを這いずる! い、い、賤しき! に、に、人間によって、い、い、偉大な神たる我が!!?? かつて弟がし、支配した!!?? め、め、冥界へっ!!?? お、お、堕とされるのかああっっっ!!??』


『はははははは、何を驚く事がある。そして、何が屈辱だ……何が地べたを這いずる人間だよ。お前は自分の息子とも分からず殺そうとした外道さ』


『な、何~っっ!!??』


『おい! はっきり言うぞ。お前達南の神々は、愛と尊厳をおもちゃにした外道どもだ。何が偉大だ、何が神だ。お前達は数多の人生へ、己の欲望の為だけに介入し、無残に破壊し、飽きたら捨てたのだ』


『愚か者め! そ、それが神だっ! 偉大なる存在なのだあ! 虫けらのような人間や妖精など、神の家畜だ! 思うがままにしても構わんのだ!』


『ほう、俺や妖精は家畜か……ならば! 海神王! お前は家畜にもなれない、最低最悪の畜生外道だ。観念し、冥界へ堕ちよ』


『ふざけるなあ!!』


『俺はふざけてなどいない……冥界には既にお前の魂の大部分があるしな』


『ぬぬぬ! 魂の大部分だとぉ! ど、どういう事だ?』


『自覚しろ。元は神でも、所詮、今のお前は魂だけの状態であり、一種の亡霊に過ぎない。その上、ちっぽけな欠片(かけら)なんだよ』


『ふざけるな! 我が亡霊で、魂のちっぽけなカケラだと!!』


『ああ、そうだ。粛清され、自我を失い、神の理性と誇りを捨て去ったお前に理解出来るとは思えんが、一応は言っておこう。それが堕とす者として、俺の礼儀だからな』


『な、何ぃ!!』


『海神王。お前は兄や他の一族とともに、創世神に粛清され、滅ぼされた。そして犯した罪から魂の大部分が冥界に堕ち、裁きを受けている』


『ふ、ふざけるな! 我や兄上は滅びたりしないっ!』


『ははははは、とっくに滅びているって』


『何だとぉぉ!!』


『地べたを這う虫と蔑んだ人間の俺に、ガンガン燃やされている癖に良く言うよ……これ以上問答をするのは無駄だ。時間もないし、(らち)が明かないから、一方的な通告で行くぞ』


『ぬおおおっ!!』


『……お前は冥界の最下層、更に最奥のジュデッカへ堕とされる。妻アンピトリテを裏切り、数多の女を不幸にした罪だ。もしも犯した罪を悔い改めなければ、永遠に封じ込まれるだろうよ』


『ふざけるなあ!! 我はっ!! 罪など犯しておらぬわあ!! 貴様など!! 我が神力でひねり潰してやるうう!!』


海神王は吠える。

叫ぶ、恫喝する。


しかしルウは完全にスルー。

淡々と言葉を重ねて行く……


『……欠片のお前が堕ち、冥界に堕ちた魂と合わさる事で本来の魂へ戻り、少なくとも自我は戻る。誇りと理性が戻るかは知らぬがな』


『ほ、ほざきおってぇぇ!!』


『再び言おう。ジュデッカで、己の欲望の犠牲になった女達に心から詫び、真摯に悔い改めよ』


『うるさいっ!! うるさいっ!! うるさいっ!! うるさいっ!!』


『……さすればまず、お前は妻アンピトリテと再会し、その上で精進すれば、いつかは転生が出来るやもしれぬ。但し神以外に転生、するがな……』


『黙れ!! 黙れ!! 黙れ!! 黙れぇぇぇっっっ!!!』 


『アンピトリテは、お前に心身を捧げ尽くして、死んで行った』


『黙れ!! 黙れ!! 黙れ!! 黙れぇぇぇっっっ!!!』


『アンピトリテは、夫のお前を一途に愛し、振り向かせる為、生涯唯一の嫉妬をし、策を用い、罪なきスキュラを怪物にまで貶めたのだ。……少しは彼女の気持ちを汲んでやれ』


『くそがあ! 余計なお世話だああっっ!!!!』


ルウがいくら話しても、罪を詫びるように言っても……

海神王は全く聞く耳を持たなかった。


『……さあ、そろそろ時間だ。炎が燃え尽きる。焼かれる痛みに耐えた事だけは褒めてやろう』


『殺す!!!! 虫けらの貴様など殺してやるうう!!!!』


燃え盛りながら、罵倒と呪詛の言葉を吐き続ける海神王……


ルウは振り返り、海神王の息子トリトーンへ言う。


『お前の父の最後だ。「送り火」とともに、送ってやれ』


やりとりを全て見ていたトリトーンは嘆息し……


『ルウ様……父を宜しくお願い致します。……送ってください』


としか言えなかった。


頷いたルウは振り返り、火柱となった海神王へ冷たい視線を向け、


『堕ちよ!』


と言い、指をピン!と鳴らした。

すると、燃え盛る火柱――海神王は跡形もなく、消え失せたのである。

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