第1,349話 「生涯唯一の嫉妬㊵」
侵入者を阻み、固く閉ざされていた至聖所を開ける秘密のカギは、
海神トリトーンが肌身離さず持つ、銀色に輝く三又槍のトライデントであった。
吸い込まれたトリトーン愛用のトライデントは至聖所の床から、宙に浮いていた。
安堵したトリトーンは手を伸ばし、そっと愛しいトライデントを掴み、大事そうに抱える。
海神トリトーンを先頭にして、ルウ、モーラル、テオドラが進む至聖所の内部は、
神殿の最奥だけあって、おごそかな雰囲気に満ちており、照度も低く、暗い。
ただ、淡い魔導灯に照らされた通路は広い。
脇道もなく、まっすぐに延びており、迷う事はなさそうだ。
通路がシンプルに、まっすぐに延びているのは、
さすがに神殿の更に最奥たる、この至聖所に入るのは『最も近しい身内』のみと、海神王が考えたに違いない。
よそ者は絶対入れないと、確信を持っていたのだ。
しかし妻アンピトリテ同様、創世神により粛清された海神王は、今や『魂のカケラ』――残滓に過ぎない。
そして、やはりというか、先ほどトリトーンへ話した口調から分かる通り、
『神の誇り』も『理性』も完全に失くしていた。
そして今も、ルウ達を至聖所へ引き入れた息子トリトーンをひどく罵っている。
至聖所へ頭から突き抜けるような声が響く。
『この裏切者が!! どこの誰かは知らないが、どうせ! 我が与えた息子トリトーンのトライデントを奪い、この神殿、そして至聖所へ盗みにでも入ったのだろう!!』
『……………』
しかし、トリトーンは無言だ。
彼のリアクションは、正面から反抗出来ない父への、せめてもの無言の抗議なのである。
……優しかった母を苦しめ、長年耐えて来た心を崩壊させ、嫉妬のあまり策を用いて、毒婦キルケーへ命じ……
罪なきニンフ、スキュラを怪物へ貶めたのはまぎれもなくこの父である。
しかしこの父は伯父の大神同様、粛清されるまで……否!
粛清されても全く反省をしていない。
ルウによれば……
海神王の本体は、伯父、叔母を始め、他の南の神同様、
犯した大罪から既に冥界へ堕ちているという。
そしてこの残滓を倒し、冥界へ堕とせば、海神王の本体は『完全な魂』として復活。
当然、神としての力は失われているが、自我のみは蘇り、改めて罰を受けるというのだ。
但し、母アンピトリテと違い、その魂は冥界の底へ永久につながれるともいう。
そのルウも、モーラル、テオドラも無言で粛々と進むのみであった。
偶然の出会いから、海神王と女神アンピトリテの息子、海神トリトーンが同行する事となり……
冥界へ堕ちる両親を見送るしかない、息子たる彼の心の中をおもんばかっている。
無言を貫くトリトーンから、海神王の『口撃』の矛先は、ルウ達へ変わっている。
『人間に、夢魔に、からくり人形があ! 不浄なる者どもめがあ! 今すぐにっ! この至聖所から去れぃ!!』
対して、ルウ達は完全にスルー。
投げかけられた言葉を、一切無視している。
ずっし~んんんっっっ!!!
いきなり至聖所の大気が重くなった。
魂の残滓となった海神王が、残されたわずかな神力で、一行の心身に圧力をかけたのだ。
周囲にあった祭儀品がぐしゃっと呆気なく潰れた。
しかしルウが背の完全な翼から張り巡らした、
絶対的な魔法障壁が、海神王の神力を完全に防いでいる。
それゆえ、ルウ達へのダメージは一切ない。
『な、何故だ!? 何故潰れない!? 何故!? わ、我が神力が!? き、効かないのだあっっ!!??』
神力が通用しない!?
ルウ達が潰れない!?
不可解だと絶叫する海神王の叫びが轟く至聖所をルウ達は相変わらず、ゆっくりと進んでいたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて……ルウ達は至聖所の更に最奥へ到着した。
意外にもおごそかな祭壇は、なかった。
シンプルで巨大な、オリハルコン製の収納台があり……
その収納台の中には、まばゆく黄金色に輝くトライデント――三又槍が納められていた。
トリトーンが持つトライデントの数倍以上ある巨大さである。
ここで、トリトーンが言葉を発した。
『ルウ様、あのトライデントから……父の気配を感じます!』
トリトーンの言葉を聞き、ルウは頷く。
『……そうか。あのトライデントへ、海神王は滅ぶ瞬間に魂の残滓を放ったのだ。そしてそのまま宿って、神体となった』
『そ、そのようです!』
ルウ達は一歩、二歩、三歩と、トライデントへ近づいた。
その様子を見ているであろう海神王が叫ぶ。
『ゲスどもがあ!! 我が聖なるトライデントへ近づくでないっ!!』
しかし、ルウ達は構わず進む。
すると、至聖所が強烈なプレッシャーに包まれる。
この力は先ほど感じたモノを同じ、海神王の神力である。
ここが正念場と、海神王の魂の残滓はありったけの神力を使ったらしい。
ルウ達が進むトライデントの前に魔力波が立ち上り、やがてはっきりとした人型になった。
輪郭も、はっきりして来る。
思わずトリトーンが叫ぶ。
『ち、父上ぇぇ!!』
一行の前に姿を現したのは……海に覇を唱えていた全盛時の海神王そのものである。
『くずの如き、貴様らを殺すう!! 皆、なぶり殺しにしてやるぞぉ!!』
神とは思えぬ悪鬼のような表情で、海神王は口汚く叫んだのであった。
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