第133話 「待つ女達」
モーラルはジョルジュが持つ包みを凝視していた。
妖しい魔力波が大量に出ている……
包みの中身は相当危険だ。
オレリーの時は彼女に自戒を促す意味も込めて途中まで見ていたけど……
フランシスカ様の弟である、あの少年はオレリーよりだいぶ打たれ弱そうだしね。
ようし、決めた!
ジョルジュが包みに手を掛けた瞬間であった。
モーラルは飛び出すと彼から包みを奪い、身を翻して走り出したのだ。
「え!?」
呆然とするジョルジュ。
しかし彼が振り返った時には小柄なシルバープラチナの髪をした少女の姿はあっという間に消えていた。
「ど、どうしよう……アンナのプレゼントを……」
ジョルジュは慌てて左右を見渡すが、モーラルがその場に居る筈も無い。
「……また俺……振られるのが決定したな」
ジョルジュはモーラルに助けて貰ったとも知らずに肩を落としてとぼとぼと歩き始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョルジュがモーラルに魔道具『アタランテの像』を奪われたのとほぼ同時刻
魔法女子学園屋内闘技場、午後5時……
「では本日の鍛錬を終了する! 解散」
魔法武道部部長ジゼル・カルパンティエの凜とした声が屋内闘技場に響く。
この日もルウの指示でクランを組んだ魔法武道部の部員達はコンビネーションプレイで相手と戦う能力をあげていたのだ。
個人の強さより適材適所に徹して全体の強さを重視し、総合力の向上を目指し始めてから今迄悩まされていた1年生の退部がすっかり無くなったのは部にとって喜ばしい事である。
1年生の中でもリーダー格は以前上級生クランをもう少しの所まで追い詰めたイネス・バヤールだ。
バヤール騎士爵の娘である彼女は元々が優れた剣士ではあったがいかんせん体格に恵まれていなかった。
しかし魔法の才能がある事が分ったので自分の可能性を試してみたいと両親を説得してこの魔法女子学園に入学したのである。
ちなみに彼女の魔法適性は火属性だ。
「ルウ先生、今日の私の技の切れや踏み込みはどうでした?」
「ああ、俺は現状では文句無いと思う」
「現状では……ですか?」
怪訝な顔をするイネスに違うと笑って手を横に振るルウである。
「お前の現状の能力ではって、意味だ。体術は勿論の事だが本格的に魔法を習得したらまだまだ伸びると思うぞ」
それを聞いたイネスは嬉しそうに笑う。
そこにジゼルがもどかしそうに声を掛けて来た。
「ルウ先生、宜しいですか? 打合せがあるから、そろそろ移動しましょう」
「ああ、分った。じゃあな、イネス」
「今日もご指導ありがとうございました!」
イネスは深くお辞儀をして去って行くルウとジゼルを見送ったのである。
2人はルウが本校舎のロッカールーム、ジゼルはこの屋内闘技場にある部室に向うまでの途中、暫しの間であるが並んで歩きながらジゼルがそっと呟いた。
「旦那様、どうも私は器が小さくていけない。本当はフラン姉のように動じない女になりたいのだ。だが他の女が貴方と話していると寛容さが保てない……いらいらする、この気持ちが情けないのだ」
自分が焼餅焼きで困ると、口を尖らせて話すジゼルをルウは可愛いと思う。
「俺はそんなお前も好きだぞ」
「え!?」
「じゃあ、後でな」
吃驚して立ち尽くすジゼルに軽く手を振りながらルウは本校舎に走って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その時ルウの魂にモーラルの声が響いた。
彼女からの魂の声、念話である。
『ルウ様、報告があります』
『どうした? 赤帽子が奴の気配を感じると言っていた件か』
『はい、実は……』
モーラルは念話で今までの事を話した。
『ふむ、じゃあその中央広場にある店の2人の店主が怪しいか?』
『はい、店には魔法結界が張られていたので、この前のチェックに掛からなかったと思われます』
魔法の力を遮ったり和らげる魔法障壁と違い、魔法結界とはその場所を一時的に『異界化』する事である。
『さすがに今の俺ではルシフェルの力を全て引き出す事は出来ないか……』
『ルウ様……如何致しましょうか? アンドラス以外にも、敵がもう1人増えたようですが』
モーラルがルウの呟きを聞こえなかった振りをして問う。
『よし! 一気にカタをつける。悪いがフラン達に先に帰る様にとだけ伝えておいてくれ。それ以外は言うな。そうだな、奴等は彼女達にちょっかいは出さないと思うが―――お前にケルベロスをつけよう、モーラル……頼むぞ』
『はいっ!』
モーラルは元気良く返事をした。
彼女にとってルウに頼りにされるのが極上の喜びなのである。
『フランシスカ様達は私がしっかりとお守り致します』
それを聞いたルウは満足そうに頷くと異界に居るヴィネの名を呼び掛ける。
『は! 出陣でございますね』
即座に返すヴィネ。
主語が無くても彼には主の気持ちが手に取るように分るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園正門前午後5時30分……
「どちらかにもう行かれたの……ですか?」
フランがモーラルに訝しげに尋ねる。
「はい、皆様は先にお屋敷にお帰りなるようにとの命令でございます」
モーラルは全く表情を変えずに口を開いた。
「何かあったのか?」
「お答え出来ません」
ジゼルが心配そうに尋ねるがモーラルはあっさりと首を横に振った。
「私達には言えない事なのかしら」「心配ですわ」
オレリーとジョゼフィーヌも心配顔だ。
「ボク達は旦那様を信じて待つしかない。これからもこのような事はたくさん起こると思うよ」
そう言って微笑んだのはナディアである。
勘の良い彼女はルウが強大な敵に立ち向かう為に動いたのではと、感じているようだ。
「分ったわ。ナディアの言う通りです。私達は旦那様の指示通りにひと足先に屋敷に戻りましょう」
彼女達は明日の朝の買い物の為に親など身内の許可を得てドゥメール邸に宿泊するのである。
「ありがとうございます。ルウ様がお戻りになるまで私がお守り致します。それにルウ様がケルベロスも呼び出しますので……」
ジョゼフィーヌは不思議そうに首を傾げる。
彼女だけがモーラルの実力を知らないのだ。
「さあ、取りあえず帰りましょう」
フランの言葉にルウの妻達全員が頷くと彼女達は馬車に乗り込む。
御者の横には既にモーラルが座り、周囲に鋭い視線を走らせている。
ぴしり!
御者の鞭が鳴ると馬車は滑るようにドゥメール伯爵邸に向かって走り出したのであった。
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