第1,327話 「生涯唯一の嫉妬⑱」
悪しき魔女キルケーは、全てを自白させられた上……
ルウに醜き合成獣ハルピュイアの姿に変えられ、深き冥界の底へ堕ちて行った。
以前は冥界を自由に行き来していたキルケーは、もう二度と冥界から出る事は許されない。
未来永劫、冥界の各所をめぐり、厳しい処罰を受けるのだ。
今や無人となった……
悪しき魔女が住んでいたこの小さき島に、もう用はない。
『さて、キルケーの始末は済んだ。次は海神王の神殿へ移動だな』
柔らかく微笑み、モーラルが問う。
『はい! ところで旦那様、邪悪な主の居なくなったこの異界の島アイアイエーを、この後、どうしましょう? 旦那様の爆炎で吹き飛ばします? それとも私の氷結魔法で凍らせますか? テオドラはどうしたい?』
『私はですね、怨念立ち込める穢れたこの島を、我が拳で思い切りガンガン破壊したいです』
『ははは、ふたりとも、まあ待て。何か、使い道があるよ。現世との扉も俺が造り直したし、島はありがたく頂戴しておこう』
『了解です。この城館にはキルケーが所有していたもろもろの宝物、貴重な品々があるでしょうが、探索と確認は後日……ですね』
『ああ、そうしよう。ナディアを連れて来ると喜ぶかもしれないな』
考古学者志望のナディアは、遺跡や史跡が大好きである。
魔法にまい進するのは勿論であるが、大学では本格的な考古学を学ぶと決めていた。
ルウが、この城館へ連れてくれば大喜びするに違いない。
テオドラが微笑む。
『……では、ルウ様、モーラル奥様。さっさとこのアイアイエー島を脱出しましょう』
『ああ、そうするか』
ルウは笑顔で頷くと「ピン!」と指を鳴らした。
転移魔法の発動である。
発動と同時に、ルウ、モーラル、テオドラの姿はパッと消え失せ……
瞬時に、アイアイエー島を見下ろす高所に浮かんでいた。
すぐそばには、ルウが生成した巨大な扉がある。
重厚ながら、洗練されたた趣きのある渋い茶色の扉だ。
異界と現世とつなぐ扉であり、ルウが付け替えたばかりの新装の扉だ。
改めて3人が見やれば……
真っ青な空、真っ青な海が広がっている。
そして眼下には、さして大きくない島がたったひとつだけ、蒼き大海に浮かんでいた。
絶景のコントラストに、ルウ達は感嘆する。
『とても美しい。素晴らしい景色だ。魔法でこの異界ごと破壊してもと思ったが……やめておいて良かったよ』
『ですね! どれだけの旅人がこの島の美しさに魅せられ、立ち寄った事でしょう……自分の未来が閉ざされるとも知らずに』
『ここまで美しいからこそ、却って哀しさに胸が詰まりますね……』
『さあ、そろそろ行くか……また来よう、今度は、家族の皆でな!』
ルウがピン!と指を鳴らすと、新装の扉が音もなく開いた。
瞬間!
ルウ、モーラル、テオドラの姿は消え失せていた。
神速で行使されたルウの転移魔法で、異界から現世へ「跳んだ!」のである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キルケーが自白した海域は、アイアイエー島へ入る海域から少し離れた場所。
大陸どころか島も何もない大洋である。
3人は最寄りの地点まで転移魔法で移動。
更に飛翔魔法を使い、この地点までやって来た。
『旦那様、やはり……アトランティアルなのですね』
『私の故国ガルドルド帝国とは時代が違いますが……この場所は、歴史上、双璧と言われた失われし帝国、アトランティアルの沈んだ場所……ですよね』
『ああ、この地点はテオドラの言う通り、アトランティアルが海中へ没した場所さ。ふたりとも知っているだろうが、アトランティアルは、海神王の子孫が興したと言われる幻の帝国だ。資源が豊富で、農業、畜産も盛ん。軍事大国でもあり、84万人の兵士を動員可能。1万台の戦車、1200隻もの軍艦を所有していた』
ルウは軽く息を吐き、話を続ける。
『世界でも有数の広大な領土を支配していたアトランティアル帝国だったが、人の子と交わる事で、高貴さ、神性さは失われていき、欲望に染まって行った』
『『…………………』』
モーラルとテオドラは無言でルウの話を聞いていた。
『この欲望が、帝国民の心により多くの金と領土を求めさせ、結果アトランティアルは荒廃して行った。荒廃したアトランティアルに対し、大神と南の神々はどのような神罰を下すか話し合い、帝国の敗北と島の破壊を決めたという』
『『…………………』』
『他国から攻められたアトランティアルは連戦連敗、それまでの強さが嘘のように負け続けた。そしてついに大神の御業により、アトランティアルに天変地異が起こり、海の底へ沈められ、滅びてしまったというのだ』
『『…………………』』
『ははは、とんでもなく嘘くさいな』
『ですね!』
『はい、おおがかりなカモフラージュとしか思えません』
『うむ! 南の神々は人間を虐げ、快楽を追求し、奔放にふるまった。神とも思えぬその行いが、創世神の怒りを呼び、神罰により、彼らは滅ぼされた』
『その通りです』
『アトランティアルの滅亡は、海神王が、神罰を免れる為、わざと行った。数多の帝国民を巻き添えにして……非道な奴ですね』
『ああ、秘められし海神王の神殿は、海中へ沈んだアトランティアル帝国跡に隠されているはずだ。魂の残滓となった海神王とその妻アンピトリテは神殿に隠れ住んでいると俺は推定する……と、いう事で行こうか』
『はい、行きましょう、旦那様』
『テオドラは、どこまでもお供致します』
『よし!』
ルウは「ピン!」と指を鳴らした。
すると直径10mほどの、球体化した大気が発生し、それぞれ3人をしっかり包む。
高貴なる4界王のふたり、水界王アリトン、空気界王オリエンスの加護を得た、
神速で発動した精霊の属性合体魔法である。
この大気の球体で、呼吸と防御の双方をケア、3人は海中へ突入するのだ。
『行くぞ!』
『『はい!』』
ルウの合図とともに、3人は海中へ勢いよく飛び込んだのである。
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