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第132話 「魅惑の魔道具」

 王都中央広場同金曜日午後4時30分……


 ルイーズ・ベルチェはふらふらと中央広場を歩いていた。

 何人かの男がルイーズに声を掛けたが、彼女の焦点の合っていない視線を認めると皆、肩を竦めて去って行く。

 この時間の中央広場は1日で1番人が多いといっても過言では無いだろう。

 その時彼女は聞き覚えのある声を耳にする。

 1軒のお洒落なオープンカフェ……

 その軒先の席で楽しそうに話していたのはアンナ・ブシェであった。


 え!?

 アンナ? 

 どうして? 相手は……誰?


 彼女の向かい側に座っていたのはいかにも育ちが良さそうな長身の少年である。

 魔法男子学園の制服を着ているのに加え、雰囲気からして貴族の子息かもしれないとルイーズは思った。

 ルイーズは暫く2人のやりとりを見守る事にする。

 少し距離が離れているのでさすがに話し声は聞こえないが2人の表情は良く見えた。

 少年は何やらアンナを諭しているようである。

 彼を見詰めて真剣な表情で頷くアンナ。

 それは最近アンナがルイーズには全く見せていない表情であった。

 先程学園で散々、なじられた反動から、ルイーズの心の奥底にどろどろと煮え滾る情念が湧き上がる。


 ひ、酷いわ!

 私との約束を破って男なんかと会っていたなんて!

 ゆ、許せない!


 その時であった。

 ルイーズの肩がポンといきなり叩かれたのだ。


「ひっ!?」


 2人のやりとりをこっそり覗き見していた気持ちもあったせいか、いきなりの何者かの行為にルイーズの身体が縮こまる。


「だ、誰?」


 ルイーズが恐る恐る振り返ってみると、そこには古ぼけた法衣ローブを纏った彼女の面識の無い1人の老人が立っていた。

 老人はルイーズを見ると皺だらけの顔をほころばせて、さも面白そうに笑う。


「ひひひひ、お嬢ちゃん。あの2人が憎いのかね?」


 え?

 いきなり……何、このお爺さん?


「警戒するのも無理はなかろうて。しかしなお嬢ちゃん、儂はあんたに良い話を持って来たのじゃ。どうかな?」


「どうかなって……見ず知らずの人の話には乗れないわ」


「儂はバトス。とっくに引退した、しがない元魔法使いじゃ」


 バトスは広場のある方角を指し示した。

 そちらは期間貸しの臨時店舗や露店が立ち並ぶ雑多な商業区画である。


「儂はもう1人の元魔法使いの相棒とあちらに雑貨店を出しておるが、たまに困っている人を救いたくなってな。今のお嬢ちゃんに役立つ凄い魔道具を何とタダ・・で差し上げようという話だが、果たして断るかな?」


 いつものルイーズであれば絶対にバトスのような怪しげな老人に関わらなかったであろう。

 しかしバトスは巧みにルイーズの心を隙を突いたのだ。


「私が困っている? 役立つ魔道具がタダ?」


 バトスの誘い文句に対してルイーズは針についた美味しそうな餌に食いつく魚のように飛び込んだのである。


「そうじゃよ。こ~んなに美味しい話はないわい。あんたは幸運なんじゃ、お嬢ちゃん」


「……本当にあの2人に思い知らせる事が出来るの?」


「ひひひ。ああ、出来るとも」


 こうなったらルイーズはバトスの術中に完全に落ちたも同然であった。

 彼女は笑みを浮かべながら手招きするの後をふらふらとした足取りで着いて行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ドラス&バトス商店に何か用か?」


 愛想の無い声でルイーズを出迎えたのは、法衣を纏い店番をしていた猛禽類のような鋭い目をした老人である。


「ひひひ、こやつはドラス。儂の相棒じゃ」

 

 バトスはこの娘は儂が連れて来たと伝えるとドラスはまた店番モードに戻った。

 ルイーズがおっかな吃驚で店に足を踏み入れると中は雑多な物が積み重ねられ、店と言うより整理されていない物置きの様な趣である。

 埃っぽく饐えた臭いが店内に漂っていた。


「ここにある魔道具はかつて様々な魔法使いが隠し溜め込んだ物ばかりじゃ。持ち主が死んだ後は無用の長物……であれば儂が有効的に使うのが道理と言うもの」


 そうじゃろうと黄色い歯を剝き出しにして笑うバトス。

 既にバトスの術にかかっているのであろう、ルイーズも大きく頷いて笑う。

 そんな中ドラスだけが無表情であった。

 我関せずという感じである。


「ひひひ、ドラスは放っておけ。奴は儂とは趣味が違う。さてさてお嬢ちゃん、あんたに差し上げるのはこれじゃ」


 バトスがルイーズに渡すと言って奥から持って来たのは1体の木製の彫像である。


「き、綺麗!」


 それは古代の衣装を身に纏った美しい女性の像であった。

 美しい曲線の胸を露にし、彫の深い顔立ちをした美貌の女性……それは同性のルイーズでさえ見惚れてしまう妖しい魔力波オーラを放っている。


「ひひひ、これは『アタランテの像』と言ってな。男を虜にする魅惑チャームの魔法が付呪エンチャントされた素晴らしい魔道具なのじゃ」


「見ていると吸い込まれそう……」


「これをお前の友人の相手の男に手渡すのじゃ。友人からの贈り物とか何とか言ってな。女のお前でさえそうなるのだから、その男はこの像に夢中になる筈だ」 


 そうしたら……彼に振られたら……アンナは自分の元に戻って来る。


 ルイーズはバトスの言葉に頷くと浮き浮きした表情になる。


「ひひひ、しっかり梱包してやるからな。他の男に見せるなよ」


 ルイーズは悪戯っぽく笑っている。

 邪気に満ちた笑顔であった。

 魅惑の魔法に嵌った男の運命の事など露ほども心配していない。


「じゃあな、しっかりやれよ」


 梱包した『アタランテの像』をルイーズに持たせて店から送り出したバトスは振り返ってしかめっ面のドラスを見る。


「お節介な事だ」


 ドラスは全く抑揚の無い声で呟いた。


「儂がせっかく諍いを起こさせ不和の種を蒔いたというのに」


ドラスの言葉を聞いたバトスは肩を竦めて苦笑する。


「まあ今回は儂に任せろ。それにお前は例の『侯爵』の件でしくじっている」


 それを聞いたドラスの表情に怒りの色が浮かぶ。


「貴様……あまり良い気になるなよ。爵位が上だからと言って実力は比例しないのだからな」


 バトスは苦笑したまま返事をしなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルイーズは息を切らして先程のカフェの前に向かう。

 2人は未だ居るだろうか?

 何とかこの像をあの少年に手渡さねばならない。

 その機会はアンナと彼が別れた直後しかない。


 あ、居た!


 カフェの前で2人が手を振っている。

 そして2人は別れるとアンナは自宅のある商業街区へ向かい、少年は反対側の貴族街区に向かった。

 彼はやはり貴族の子息であるらしい。

 ルイーズは少年の後をゆっくりとつける。

 少し離れた所でルイーズは歩く速度を速めて追いつくと、頃合を見て少年に声を掛けた。

 ここなら彼はアンナからのプレゼントだと確かめに戻らないであろう。


「あのう……私、アンナ・ブシェから頼まれてこれを届けに来たのですけど」


 振り向いた少年はちょっと気の弱そうなしかし優しそうな雰囲気である。


「あ、ああ……ありがとう。君は?」


 バトスの邪気に染まったルイーズではあったが、彼の人を疑う事の無さそうな笑顔に少し心が痛んだ。

 しかし、自分がアンナを取り戻す為と弱気を振り切って包みを渡す。

 そして名を聞こうとする少年を振り切って駆け出したのだ。

 一方、驚いたのは少年=ジョルジュである。


 アンナからプレゼント?

 何だろう?


 そんなジョルジュを少し離れた所から見ている人影がひとつ。


「お人好しと言うか、無用心と言うか……見ず知らずの女の子から渡された物をいきなり開けるかねぇ?」


 プラチナシルバーの髪を肩まで伸ばし、整った顔に苦笑いを浮かべる少女。

 モーラルである。

 中央広場に怪しい店がある……その店から魔法女子学園の生徒が出て来た。

 監視を続けていた『赤帽子』の報告は正しかったようだ。


「さあて……どうしたものか?」


 モーラルは何も考えずに路上で包みを開けようとするジョルジュを見詰めていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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