第131話 「諍い」
話は魔法女子学園の授業が終わった直後の午後2時50分に遡る。
ジョルジュ・ドゥメールと放課後に会う約束をしたアンナ・ブシェは気もそぞろであった。
そんなアンナに声を掛けたのは親友のルイーズ・ベルチェである。
「アンナ、良いかしら? 授業も終わったし、中央広場のカフェでお茶でもしない?」
浮き浮きしていたアンナの眉間に僅かだが皺が寄った。
これから訪れるであろう自分の楽しみな時間の想像を邪魔された。
それは明らかにルイーズに対するアンナの不快感を表していた。
ルイーズに全くそんなつもりが無くてもである。
当然、彼女に返事をするアンナの口調もぞんざいになった。
「悪いけど……今日は先約があるの」
「でも今日は前々からの約束で将来について話をしようって……」
アンナの意外な答えに戸惑うルイーズ。
そして先に約束をした筈だとアンナに問い質したのである。
「将来?」
ルイーズの口から出た言葉にアンナは過敏に反応した。
「将来って……私から貴女に何を喋れば、どんな夢を語れば良いのかしら?」
アンナからその答えを聞いたルイーズには信じられない彼女の言い草だった。
あれだけ決められた人生が嫌だと言っていたのに……
「も、もう忘れたの? この学園に入学出来て、私達もしかしたら魔法使いになれるかもしれないから頑張ろうって……」
「はぁっ!? 何を言っているの? そりゃ才能のある人は良いわよ。だけど私なんか平凡な人間だもの。所詮は親の言う通りにするしかないじゃない」
アンナはそこまで言うつもりはなかったのだが、先日授業中にルイーズに無視された事が熾火のように燻っていた。
先程ルウには才能があると言われたが彼女自身にわかには信じていなかったのである。
「でも貴女だって今日召喚に成功したじゃない」
ルイーズも元々は気の強い娘である。
アンナにきつい言葉を投げつけられて少々カッとなっていた。
しかし、今の言葉が完全にアンナの怒りに火をつけてしまった。
「はあっ! いい加減にしてよね。将来性豊かな『アンノウン』と可愛いだけの私の『ジョルジュ』じゃあ、悔しいけど差は歴然じゃない。私が何も分らないと思って馬鹿にしないでよ!」
思いがけないアンナの剣幕にたじろぐルイーズ。
こうなってしまってはアンナの厳しい言葉は止まらなかった。
「自分の都合の良い時だけ私に相手をしろだなんて勝手よ。この前は私を無視した癖に」
「だ、だって……あの時は授業中だったし」
「言い訳しないで!」
アンナは何故かそんな事を言う自分に対して違和感を感じていた。
本来は真面目に授業中を受けているルイーズに話し掛けるのがいけないのである。
自分でも理不尽だとは分っていた。
しかしアンナの口は誰かに操られているかのようにどうしても止まらない。
普段はとても仲の良い2人の激しい言い争いにクラスメート達も呆気に取られている。
思った事を言いたいだけ吐き散らしたアンナが我に返ると結構な時間が過ぎていたのだ。
いけないっ!
ジョルジュとの約束に遅れてしまうわ。
「悪いけど、ルイーズ……暫く私に話しかけないでね。じゃあごきげんよう、皆さん」
アンナはそう言い残すとさっさと教室を出てしまったのであった。
―――アンナが去った後には涙ぐむルイーズがぽつんと残されている。
どうして、どうして、どうしてなの?
ルイーズには理由が分らなかった。
幼い頃から仲良くして来た2人である。
それがいきなりこんな事になるなんて!
「ルイーズさん、大丈夫ですか?」
呆然とし続けるルイーズに声を掛けたのはジョゼフィーヌであった。
しかしルイーズにその声は全く届いていないようだ。
暫くしてルイーズもふらふらと立ち上がると夢遊病者のような足取りで教室から出て行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都中央広場午後4時30分……
カフェ・ミソルトゥ……
ジョルジュとアンナの2人は中央広場の喧騒を避けてジョルジュの知っているカフェに来てお茶を飲んでいた。
先程から気持ちが沈んでいる様子のアンナにジョルジュは優しく声を掛ける。
「元気無いね? どうしたの、アンナ」
「う、うん……実は遅れて来たのには理由があるの」
アンナは先程のルイーズとの一件をジョルジュに話したのだ。
「そうだね。君の気持ちは俺、凄く分るよ」
話を聞いたジョルジュはアンナの言った事に同意してくれる。
今度こそは責められるかと思っていたアンナは拍子抜けしてしまう。
「ほら今朝、俺言ったよね。俺の家の家族構成……考えてみてよ」
驚いているアンナに微笑みながら言うジョルジュ。
彼の言葉にアンナは彼の母と姉、そしてルウを思い浮かべてみた。
確かにこれは……辛いだろう。
魔法の才に秀でた3人に対してジョルジュは普通の男の子だと言っていた……
学園のみならず行く先々で彼は3人と比較され続けるであろう。
自分だったら恐らく耐えられない……
「母上はかつて『舞姫』と言われた魔法の天才で魔法大学の学長も務めた人だ。姉上も首席で学園と大学を短期間で卒業した才媛、その上、弟の俺が言うのは何だけどあの美貌だ。その2人の中で凡才の俺は何も突破口を見出せず流されるだけだった」
ジョルジュは紅茶を一口飲むとふうと息を吐いて店の天井を見上げた。
「魔法使い以外の道も母上には勧められたけど……それも嫌だった、逃げるみたいでさ。それで魔法男子学園に無理して入学したんだ……その結果……」
そう言うと顔をゆっくりと横に振るジョルジュ。
「随分、荒れたよ。色々な人を憎み、傷つけた。今から考えればとても愚かだった」
そしてジョルジュは向き直り、今度はアンナの顔をじっと見詰める。
思わずアンナはどきりとした。
「でも今は違う。俺にも魔法使いの才能があるって言ってくれた人がいる」
魔法使いの才能?
その言葉は今日ある人から自分にも投げ掛けられた。
「それって……」
「ああ、兄上さ」
言ってからジョルジュはしまったという顔をして頭を掻いた。
すかさずアンナが突っ込みを入れる。
「兄上って……ジョルジュはお兄さん居ない筈よね? って事は?」
「参ったな、口が滑った。ああ、ルウ兄上だ。姉上と婚約したんだよ」
「えええっ! 婚約!?」
自分の身近な誰かが付き合っているとか、婚約や結婚したという事はアンナみたいな年頃の女の子にとっては興味津々の話題なのだ。
「ねぇ、やっぱりお姉さんが一方的に好きになったのかな?」
「いや、俺はそこまでは分らない。でも姉上を見ていると本当に兄上を信頼しているのが分る。羨ましいし、本当に素晴らしい関係だ」
素晴らしい関係かぁ、良いなぁと、ジョルジュの横顔を見てほうと溜息をつくアンナである。
そんなアンナをよそにジョルジュは話を元に戻すときっぱりと言い切った。
「と言う事で……俺はもう迷わない。他人は他人、自分は自分だ。俺は自分の道を行くんだよ」
それを聞いてアンナも大きく頷く。
「実は私も――他人を羨むな。お前はお前なんだ。競争者に負けまいとする気持ちは確かに大事で必要だが、それは本来自分に向けるべきものなんだよって言われたの」
「良い言葉だな。で、『私も』って事は?」
「そう、学園の副担任である貴方の兄上に言われたのよ」
「そうか……だったら、アンナはもう、そのルイーズ君に謝る事は出来るじゃないか」
「うん……そうね! そうする! ジョルジュ、ありがとう!」
ジョルジュにルイーズに謝罪するように促されたアンナは素直に自分の過ちを認めた。
そして明日朝1番でルイーズの自宅に行って彼女に謝る事を決めたのである。
私……貴女の才能を僻んで八つ当たりして御免ね。
本当に御免ね……ルイーズ……
アンナは心の中で一生懸命詫びていたのであった。
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