第1,300話 「恋の魔道具問答④」
バートランド大公エドモン・ドゥメールの3男、
ヴァレンタイン王立魔法大学教授ケヴィン・ドゥメール。
先日40歳となった彼は、遂に人生最大のターニングポイントを迎えていた。
今日から明後日の朝まで、ようやく交際叶った理想の女子、冒険者ギルド王都セントヘレナ支部のサブマスター、端麗な顔立ちをした凛々しい魔法剣士ピエレット・ラファランとともに過ごす事となったのである。
ピエレットは30代半ばで、大人の女。
全く怯えず落ち着いたその様子は、今夜ケヴィンと『深い仲』になる覚悟を決めているようだ。
概して、下手な男子よりも女子の方が度胸があるようである。
しかし、ただ深い仲になる、結ばれる、というのは、愚の骨頂と考えすぎるのも、
ふたりのめんどくさいところでもある。
シチュエーションが大事である。
雰囲気良く盛り上がったところで、盛り上がり、自然な流れで結ばれる。
それが肝要だとの意見で一致したのである。
その為、現在ケヴィン・ドゥメール邸の大広間には、大量の魔道具、魔導書が運び込まれていた。
これらのものには『ある共通点』があった。
つまり『恋』の要素を持った諸品なのである。
そしてテーブル上には、居酒屋英雄亭から持ち帰った特選ワイン付きのおみやげが載せられた。
これで、万全。
ふたりは料理と酒の心配をせず、『恋』の魔道具談義をしながら、夜を過ごす事が出来る。
そんなこんなで、夜の6時を回った。
ふたりは改めて乾杯する。
「ピエレットさん、仕事、お疲れ様」
「ケヴィン様も!」
カチン!
コチン!
ガラス製のワイングラスが合わされ、冷たく乾いた音を立てる。
……ふたりの会話が始まった。
最初は他愛もない雑談だ。
しかしランチをともにしたふたりはすぐに話題が尽きてしまった。
そろそろ魔道具の話に行く頃合いだろう。
ケヴィンが1冊の魔導書を取った。
最初にする話は決まっている。
建国の英雄バートクリード・ヴァレンタインが天界から授かったという神剣の伝説だ。
魔導書のあるページを開くと……
軽く息を吐き、ケヴィンは話を始めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
建国の英雄バートクリード・ヴァレンタインが天界から授かったという神剣の伝説とは……
バートクリードがまだ冒険者であった頃、旅先の村で岩に突き刺さった剣と出会った。
村長によれば、その剣を抜いたものが、剣とともに英雄の力と称号を得るというのだ。
そしてその剣の鞘は村に伝わる宝であり、剣を抜いた者に引き渡すと。
バートクリードは伝説に興味を持った。
自分が創世神に選ばれた者、もしくは加護を受ける者ならば、神剣を抜き放つ事が可能かと考えたのだ。
果たして、岩に刺さった剣の柄に手をかけたバートクリード。
どうなったかといえば……何と、スルリと抜けたのである。
バートクリードは、歓喜の声をあげた。
そして、村長から鞘を受け取り、伝説の神剣を手にするかと思いきや……
何と!
鞘が盗まれてしまったのである。
鞘を盗んだのは、英雄の出現を嫌った闇の魔女と噂されたが……
結局、犯人は不明のままであった。
バートクリードは鞘なしの不完全な神剣を手にしたものの、それが逆に幸いした。
自己の鍛錬を怠らず、血のにじむような努力で剣技、そして魔法を極めたというのだ。
ケヴィンが話し終わると、ピエレットは首を傾げた。
この伝説のどこが、恋の話だろうと、はなはだ疑問に思ったのだ。
「ケヴィン様……今夜のお題は恋の魔道具たる話では?」
「い、いや。ええっと……この不完全な神剣はまるで、私のようだと思ったのですよ」
ケヴィンは魔導書に描かれた神剣を指さした。
「え? ケヴィン様が? 神剣?」
「は、はい、それで、ズバリ、私のような愚直な剣を引き抜いたバートクリード様が、ピエレットさんですね!」
「え? 建国の英雄!? この私が!! とても恐れ多いですよ!!」
「いえ! 畏れ多くなどありません! 今まで頑固に自分の殻に閉じこもっていた自分は、まるで岩に突き刺さった神剣そのもの! そのまま誰の役にも立たず、埋もれて行ったに違いない。そんな俺を引き抜き、ここまで導いてくれたのが、ピエレットさん、貴女なんです」
「そんな!」
「俺は勝手な理想を女子に求めていた。だが全く巡り合えず、そんな女子は空想の産物だと思っていた。しかし遂に出会う事が出来た! そうです! 限りなく俺の理想に近い女子が、ピエレットさん、貴女なんです!」
「いえ! わ、私はそこまで見込んで頂ける女じゃありません。ケヴィン様は素敵な殿方なのに」
「いえいえ、俺こそ不完全、つまり未熟な男ですが、麗しい貴女の力に少しでもなれればと思います」
やはり、魔道具……この場合は伝説の剣なのだが、普通に話すより、円滑に話せる。
恋の話とは、少し遠いかもしれないが、何とか無難に話せた。
と、ケヴィンは安堵する。
「ピエレットさん」
「は、はい!」
「今度は貴女が話す魔道具の話をぜひ聞きたい! お願いします!」
ケヴィンがぎこちない笑顔で頭を下げると、
「わ、分かりました」
ピエレットも緊張した面持ちで、口を開いたのである。
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