第130話 「理想の魔力」
「はっ!?」
アンナ・ブシェが目を覚ましたのは魔法女子学園救護室のベッドの上である。
思わず彼女の口から自分の所在を確認する声が出た。
「ここは?」
「アンナ、気がついたか?」
「え?」
アンナの傍らに居たのはルウであった。
「お前は魔力切れで倒れたのさ。召喚魔法に慣れていないから適切な『魔力配分』が分らなかったんだろう」
「私が魔力切れ? ああ……私、先生の仰る通り、魔力配分が分っていなかったのですね」
そう言いながら、辺りを見回すと救護担当の神官が居る他はルウたった1人だけである。
級友は誰もいなかったのだ。
何だか……皆、冷たい。
私の事なんか、どうでも良いんだろうな。
アンナはそう思いながら悲しそうに顔を伏せた。
「おいおい。アンナ、そう落ち込むなよ。皆が来たいと言うのを俺が付き添いは自分1人だけで良いって言ったのさ」
それを聞いて顔をあげたアンナは涙目になっている。
そんなアンナを泣くなと慰めながらルウは微笑んだ。
「召喚に成功しておらずに課題をこなそうと必死な者もたくさん居る。彼女達は限られた時間の中でまだ頑張らなくちゃならないんだ。既に召喚に成功して健康面で問題の無いお前に付き添うのは俺だけで良いってフランに言ったのさ」
「そう……なんですか?」
アンナは辛そうな目をしてルウを見詰めていた。
まだ半信半疑なのであろう
彼女はその表情のまま更に言葉を続けたのである。
「でも、でもルウ先生だってそんな彼女達の為の指導の方が大事でしょう。どうせ私なんか……」
「ははは、お前はもう覚えてないのかな?」
「え? 覚えていないって?」
「俺が春期講習で魔法女子学園の2年C組の皆に会った時、お前が1番最初に声を掛けてくれたんじゃないか。宜しく……ってな。俺は嬉しかったぞ」
「…………あの時は……単純に先生が格好良いなって……そんな事で私の事をわざわざ看病してくれたんですか。でも嬉しいです。先生が私の言った事をちゃんと覚えていてくれて」
アンナはやっと気持ちが落ち着いて来たようだ。
「当たり前さ。それにクラスの皆もお前の事を心配していたよ。体調の方も安心して良い。ここの神官殿に聞いたらもう少し休んで魔力が回復したら午後の授業も問題無く受けられるそうだ。笑顔で帰って来いよ、お前は魔法使いとしてちゃんとやれる才能を見せたのだから」
「え? 私が魔法使いとしてちゃんとやれる才能?」
ルウはその通りだと、きっぱり言い切った。
そして彼はアンナを見詰めながら更に言葉を続けたのである。
「他人を羨むな。お前はお前なんだ。競争者に負けまいとする気持ちは確かに大事で必要だが、それは本来自分に向けるべきものなんだよ」
他人を羨むな――ルウにそう言われてアンナは顔を伏せた。
ルウが他人とは誰に例えて言っているのかはお見通しだと思ったからだ。
そんなやりとりをしているうちにアンナは何かを思い出したかのようにハッとして目を見開いた。
「あ、そうだ! ルウ先生、ジョ、ジョルジュは?」
アンナは心配そうな表情をして自分が呼び出した『使い魔』の事をルウに尋ねた。
「安心しろ。お前が命名した時点で『使い魔』としての契約はなされたから」
「で、でも私が魔力切れになったら、あの子はどうなったのですか? まさか……」
なおも心配そうに問い掛けるアンナにルウは穏やかな笑顔で返す。
「異界に無事帰ったよ。魔力が回復したらまた召喚できるさ」
ホッとしたように大きく息を吐くアンナにルウは重ねて言う。
「今朝のお前は魔力が安定していたし、輝いていた。そうだな、理想の魔力と言って良いだろう。もしかして『良い事』でもあったのか?」
「え? 良い事?」
ルウの何気ない問い掛けにアンナは真っ赤になり俯いた。
「そうさ、今朝のお前は嫉妬や雑念が無い前向きな魔力に満ち溢れていたよ。だからこそ『ジョルジュ』を呼ぶ事が出来たんだ」
「…………」
「どうした?」
「な、内緒です! 絶対に内緒です」
真っ赤になって内緒と言い張るアンナをルウは優しく見守っていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都中央広場魔導時計下午後3時40分……
ジョルジュは先程からアンナを待っていた。
授業が終わるや否や即行でこの待ち合わせ場所に来たのである。
彼女と約束した待ち合わせ時間は既に過ぎていたが、ジョルジュは気にしていない。
待たすより待たされる方が良い。
ジョルジュは独りごちながら、今日はアンナをどこに連れて行って何を話そうか考えていたのだ。
中央広場は相変わらず人の数は多かったが、中でも今の時間はジョルジュのような学生や夕食の買出しに来た女性が多い。
ジョルジュは更に20分程待った。
約束の時間より30分経ってもアンナはまだ現れない。
もしかして……振られたかな?
中には確信的に約束を破る娘も居ると友人から聞いた事はあったが、今朝のアンナはとてもそんな風には見えなかった。
でも……所詮『俺』だからな。
魔法使いとして自信の無かったジョルジュは男としても同様に自信を持てず普段から自虐的になっていたのだ。
そんな重い気分になっていた時である。
「ジョルジュ~」
声がする方角を見ると手を振りながら走ってくる少女が見えた。
アンナである。
ジョルジュの前に現れた金髪碧眼の少女はどれだけ走り続けたのか、ずっと息が荒いままであった。
「ご、ご、ご、御免なさい! 凄く遅刻しちゃって」
「心配したよ、アンナ」
怒られる事を覚悟していたアンナはジョルジュの優しい言葉に驚く。
彼女の周りに居るのは父を始めとして女性に厳しい男性ばかりだからだ。
こんな場合には殆どが問答無用に叱責されるだろう。
「行こうか、喉が渇いただろう?」
呆気に取られていたアンナであったが、ジョルジュの思いやりの篭った言葉に頷くと心の底から嬉しそうな笑顔を見せたのであった。
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