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第13話 「新人教師」

「さて、とりあえず理事長室に行きましょうか? 今日はまだ早いから職員は来ていないものね」


 アデライドによると……

 春季休暇中において教師の出勤時間は、通常の7時45分出勤ではなく、9時という決まりらしい。

 

 朝食を摂って、屋敷を出て、すぐ学園に向かったので今は午前8時。

 他の教師達より1時間程早く、出勤している事になる。

 

 アデライドは先頭に立つと、「すっすっ」と早足で歩いて行く。

 その後を着いて歩くルウとフラン。

 やがて一行は、本校舎の入り口である扉の前に立った。


「今、鍵を解除するわね」


 アデライドは銀色をしたカードのようなものを扉にかざし、目を閉じる。

 一瞬のうちに魔力を高め、何事かを呟いた。

 

 多分、開錠アンロックの魔法なのであろう。

 アデライドの持つカードから放たれた魔力波オーラが扉に触れ、ガチャリと鍵が開く音がする。

 

 扉を開けて入ると、そこは広々とした空間になっていた。

 学生が利用出来るように、いくつかのテーブルと椅子が置いてある。

 現在は無人だが、一角がカウンターになっており、その奥が事務所になっているようだ。

 

 ルウが聞くと、このフロアが学園の事務作業を行う事務局だと言う。

 地下への階段も見えたので、ルウが視線を向けると……

「学生食堂が地下にあるのよ」とフランが囁いた。

 

 正面には3つ扉があり、上下階への階段もある。

 不思議に思ったルウが聞くと、魔力で上下する大掛かりな魔道具だと言う。


「これは魔導昇降機よ」


 魔導昇降機とは、風の魔法らしい力で、校舎の1階から5階まで人を乗せて上下する箱である。

 このように曖昧な言い方であるのは、使われている技術が古代遺跡から発見された魔法が使用されているからであり、その理屈は判明していない。

 

 ちなみに3つのうち、ふたつが学生専用、残りのひとつが職員専用であるとの事。

 アデライドは扉と同じようにカードをかざし、昇降機の扉を開けると中へ乗り込んだ。


「さあ、ふたりとも乗って! ルウ、理事長室は5階なの」


 昇降機の中からアデライドが手招きし、フランがルウに目配せし、ふたりは後に続いた。

 

 3人が乗り込み、扉が閉まると昇降機はあっという間に上昇し、5階に到着する。

 扉が開いて、アデライドはさっさと降りると、笑みを浮かべながら、またも手招きした。


「理事長が、この5階全部を使っているのよ、贅沢でしょう」


 機嫌の良い母の様子を見て、フランが苦笑し、呟いた。

 それを聞きつけたのかアデライドはふふっと笑う。


「ここが理事長室よ、どうぞ……」


 扉を開けると……

 正面には木製の重厚な雰囲気の机と椅子、その背後には歴代の理事長の肖像画であろうか、沢山の油絵が飾られていた。

 向かって右には木製の長テーブルと肘掛付長椅子ソファの応接セットがひと組。

 向かって左脇には本棚が並んでおり、中には分厚い魔導書がぎっしりと並べられている。


 左奥にはまた別の扉があるが、奥は理事長専用の研究室と図書室だという。

 規模としては、ドゥメール家屋敷の研究室及び書斎と同じくらいだそうだ。


「そこへ、フランと座って待っていてくれる。貴方の職員証を発行してあげるから」


 「本来は事務局の仕事なんだけどね」と呟きながら、アデライドはあまり嫌そうな感じではない。

 

 ……やがてアデライドは銀色の薄いカードを持って来た。

 そして、ふたりが座っている前に来ると、テーブルにそのカードを置いたのである。


「ルウ。これが当魔法女子学園の職員証カードよ。身分証兼通行証といったところかしら」


「成る程……魔力を感じる」


「ええ、さっき私が使ったのを見ていたでしょう。さあ貴方の指先をカードに触れてね」

 

 アデライドに促されたルウが指先で触れると、カードは眩く光った。

 その後、徐々に元の色へ戻って行く。


「このカードはミスリル製。知っているでしょうけど、ミスリルは金属の中では魔力の伝導が1番大きいから。この職員証は絶対に失くさずに持っていてね」


 アデライドが渡したカードを、ルウは昨日貰った職員手帳と同様、大事そうに収納の腕輪へ仕舞い込んだ。


「さあて、学園の中を案内する前に午後の話をしておくわね」


「午後の話?」


 フランが不思議そうに聞くが……

 何か気付いたようで、「あっ!」と声を上げる。


 アデライドが軽く息を吐いた。


「フラン、貴女が襲われた事件の話を、王国騎士隊隊長のライアン卿に報告しなくてはならないでしょう? 今日の午後2時に屋敷へ来る予定よ。何せ部下が5人も殺されているしね」


「ああ、そうだったわ……」


 忌まわしい記憶が甦ったらしく、フランが暗い顔をして呟いた。

 苦い顔のフランに対し、アデライドが言う。

 

「フラン、大丈夫! 私も同席するし、ルウも一緒に居てくれるからね」


「ははっ、フラン。心配するなよ」


「……ありがとう」


 ふたりに励まされ、フランは弱々しく微笑んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「4階は校長室、教頭室、職員室、会議室、教師用の男女別ロッカールームがあるわ。貴方の席はこの職員室に置くし、毎朝の職員会議もこの階の会議室でやるわ」


 出勤時間前で他の職員がひとりも居ない職員室……

 アデライドの声だけが響く。


「丁度、3日後から春期講習があるから、教育実習代わりに出て貰いましょう。フランの行う授業に一緒に出て頂戴」


 ルウと一緒に仕事が出来る。

 アデライドの指示を聞いたフランが、歓びのあまり拳を突き上げる。


「やった~」


「あらあら。もう仕方がない娘ね」


 アデライドは苦笑して、はしゃぐ愛娘を見守っている。

 片やルウは、相変わらず穏やかな表情だ。

 

 と、その時。

 職員室の扉が開き、大きな声が響き渡る。


「お、お早うございま~す!」


「あら、お早う! コレット先生。早いわね」


「お早う……」


 アデライドは快活に挨拶し、フランは口篭って挨拶した。


「り、理事長に校長!」


 アデライドから、コレットと呼ばれたのは若い女性であった。

 

 髪型は明るい栗毛のポニーテール、大きな瞳は鳶色である。

 背はフランと同じくらいで160cmを少しこえるくらいだろう。

 春期休暇中の休日出勤で来たらしいが、まさか職員室に上席ふたりが居るとは予想していなかったらしい。

 

 コレットの視線はアデライドからフランへ注がれた後、ルウに向けられ、動かなくなった。


「あ、あの――その方は?」


「ふふふ、丁度良かったわ。貴方と同じで今年から教師になるルウ・ブランデル先生よ。ルウ、彼女はアドリーヌ・コレット先生」


「おう! 宜しくな、アドリーヌ! 俺はルウだ、ルウ・ブランデル」


 え!?

 この人、いきなり……私の事、馴れ馴れしくファーストネームで呼び捨て? 

 それも俺って?

 

 ルウの無作法とも思える常識外れの挨拶。

 コレット……アドリーヌは呆然としていた。


「コレット先生? どうしたの?」


 茫然自失していたアドリーヌは、アデライドに声を掛けられ、ハッと我に返る。

 

 そ、そうだ!

 相手がどうあれ、しっかり挨拶をしなければ!

 

 アドリーヌに事情は飲み込めなかったし、どういう間柄かも分からない。

 だが、彼は、ルウは現実に理事長、校長代理と一緒に居る。

 

 それもとても親しそうな雰囲気なのである。

 これから同僚になるのであれば、アドリーヌが与える第一印象として最初の挨拶は肝心であろう。

 

 ……しかし、頭で考えた事に、身体がついて行くとは限らない。

 慌てたアドリーヌは何と盛大に噛んでしまったのだ。


「おおお、お早うご、ございます。ルルルル、ルウ・ブブブ、ブランデルせ、先生。アアア、アドリリリーヌヌヌ・コ、コレットです。よよよ、宜しく、おおお、お願いします!」


 アドリーヌは、そんな挨拶をしてから……

 自分のあまりの情けなさに顔を伏せてしまった。

 

 何という醜態……

 ……は、恥ずかしい!

 

 だが!

 俯くアドリーヌは、いきなり「ポン」と肩を叩かれた。

 

 は!? な、何!?


「悪りぃ、緊張させちゃったみたいだな。でもな、アドリーヌ。お前良い奴だよ。魔力波オーラで分かるんだ。改めて宜しくな」


 アドリーヌが顔を上げると、目の前にルウが居た。

 

 黒髪、黒い瞳、……不思議な雰囲気。

 そんな男が、笑顔で右手を差し出している。

 

 アドリーヌはついふらふらと、自分も右手を差し出した。

 言葉にも見つめる瞳の奥からも、一切邪気が感じられなかった事もある。

 

 それだけではなかった。

 ルウと握手をした瞬間、アドリーヌは奇妙な感覚に見舞われたのだ。

 

 どこか懐かしいような、悲しいような不思議な情感……


 思わず吃驚して、ルウの顔を見るアドリーヌであったが……

 目の前には、先程からずっと変わらない穏やかな笑顔があったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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