第129話 「命名」
ジョルジュとアンナの2人は少し話した後、公園を出て歩いていた。
話が弾んだので時間が思ったより経ち、愚図愚図していたら2人とも遅刻してしまいそうだったからである。
方角が途中までは一緒であり、ジョルジュは幸運を感じていた。
「ふう~ん、まさか貴方があの校長の弟とはね。ジョルジュって大変だ」
「はは、大変も大変さ。母上と姉上がご覧の通り魔法の天才と言っても過言ではないし、その上あの人迄来たからさ」
ジョルジュは肩を竦めて苦笑いする。
勿論、あの人とはルウの事だ。
「学園でも散々引き合いに出されて困ったよ」
「そうよねぇ……でも、よくグレなかったわね?」
アンナがそう聞くとジョルジュは遠い目をして口を開く。
「実は結構グレていたんだ。当然学園も行く気がしなくて、よくさぼっていたしさ。街中で友人と遊んでいたよ」
そう聞いてアンナは何故かホッとする。
実は彼女も今日は学園をさぼる積りで大きな罪悪感を感じていたのだが、この優しそうな貴族の息子も過去に同じ事をしていたからだ。
「でもアンナ。止めた方が良いよ、さぼるのは。無断で休むと俺達の学園って直ぐ親に連絡が行って、後でしこたま叱られるからさ」
いきなりジョルジュが心中を突いて来たのでアンナは吃驚して彼を見詰める。
「え、そ、そうなの!?」
「そう! 俺なんか母上から罰として尻叩きを100回も喰らったよ!」
「う、嘘! アデライド理事長って凄く厳しいのね」
「そうそう、暫くは腫れ上がった尻が痛くて座れなかった」
驚くアンナにジョルジュは悪戯っぽく笑って尻を擦った。
「あはははは、御免ね、つい笑ってしまって。で、でもそれって死ぬほど痛そう!」
アンナもジョルジュの話を聞いて、可笑しいらしく思い切り笑う。
最近、彼女は学園ではいろいろとストレスが溜まっていたので少しすっきりとしたのである。
何よりもアンナはジョルジュと話すのが、とても楽しかったのだ。
「ね、ねぇ! ジョルジュ。今日授業が終わったらまた会ってくれる? 中央広場の魔導時計下で待ち合わせでさ」
お願い! と手を合わせて彼を見詰めるアンナの綺麗な碧眼と可愛らしい桜色の小さな唇にジョルジュはドキッとした。
思わず返事をする声が掠れる。
「あ、ああ、良いよ。じゃあ午後3時30分はどう?」
「分ったわ! ど、どうもありがとう。私、楽しみにしているわ。またね~」
アンナも自分から誘って恥ずかしくなったと見えて頬を赧めていた。
そして身を翻すとジョルジュの前から走り去って行く。
や、やったあ!
た、楽しみにしてる……だってさ。
ジョルジュは暫くアンナの走って行った方角をまるで魂が抜けたように見ていたが、いきなり手をポンと叩くと浮き浮きした様子で急ぎ魔法男子学園へ走って行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園『祭儀教室』金曜日午前9時……
本日は昨日と同様に1時限目から3時限目までじっくりと使い魔召喚という課題を設定した召喚魔法の授業を行うように予定が組まれている。
来週は2年生の他のクラスが交代で使うのでこのように3時限『祭儀教室』を使う事は出来ない。
「来週からは魔力の時と同様に先行組みと補習組に分かれて召喚魔法の実習を行います」
フランの言葉に生徒達が動揺する。
こんな時に級友との間に厳しい線引きがされてしまうのが、この魔法女子学園の非情な方針である。
「今日は、より一層の頑張りを持って使い魔召喚の儀式に臨んで下さい」
フランの言葉は表面上は柔らかいが実は厳しいものだ。
つまりは結果を出さないと召喚の魔法使いとしては今後厳しいという最初の通告なのである。
「まずは前回の授業で召喚に成功した人から儀式を開始してください」
ここでもまた個人差が出る。
一旦召喚に成功した生徒も召喚の安定さと魔力の省力化を求められる。
これは単に召喚を行えるかだけではなく、実用的な召喚の実現も求められるのだ。
次々と召喚の儀式を行う生徒達の表情は悲喜こもごもである。
実際ここからは一気に魔法のレベルが上がるので生徒にとっての難易度は高い。
今回も2年C組の召喚成功者の中でも良い結果を出せたのはオレリーとルイーズだけであった。
「次は前回の授業で残念ながら『使い魔』を召喚出来なかった人達に挑戦して貰いましょう」
何人か生徒が成功と失敗を見せた後にアンナの順番が回って来た。
何故か脳裏に先程、会ったばかりのジョルジュの笑顔が浮かび励ます声が聞こえたような気がした。
アンナは大きく深呼吸して魔力を高めると大きな声で魔法式を詠唱する。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ」
確かに手応えが……あった!
アンナの魔力が異界への通路である魔法陣に注ぎ込まれると今回は何者かが現れる気配がする。
しかしルウとフラン、そして生徒達は緊張を解かない。
やはり前回同様召喚された存在が悪意を持っていないか、術者に対して従順であるかどうかを確かめる為である。
そして注目の中、アンナが召喚したのは『猫』のシルエットをした精神体である。
精神体は瞬く間に小さな三毛猫の姿になり、座るとアンナを見てひと声――にゃあと鳴いたのだ。
しかし犬のように尾を振る事は無く、暫くアンナを見詰めたかと思うと自らの身体を舐めて毛繕いを始めたのである。
アンナに対して、そして人間に対しての敵意は無さそうだ。
「や、やった!」
「アンナ、名前をつけてあげなさい」
思わず声が出たアンナにフランの声が掛かる。
「え、な、名前?」
アンナは思わず慌ててしまった。
まさか召喚が成功するとは思っていなかったからである。
そこにルウの声が飛んだ。
「アンナ、落ち着け。まずその子に対して男子か、女子か聞いてみるんだ」
「そ、そうか! 男の子か女の子か聞くんだったわ。ね、ねえ! お前はどっち?」
三毛猫がにゃあとひと声鳴き、アンナの魂にその意思が伝わって来る。
「お、男の子だって!? ど、どうしよう!? そ、そうだ、お、お前の名はジョルジュ、ジョルジュよ!」
「ジョルジュ?」
アンナは咄嗟に浮かんだ名を『使い魔』に名付けてしまう。
その名を聞いたフランが訝しげな表情を見せるが、アンナがその名を呼んだ瞬間、召喚者としての彼女と使い魔との契約は成立した。
アンナの使い魔『ジョルジュ』は嬉しそうにまたにゃあと鳴いたのである。
「アンナの使い魔は猫か……」「まあ普通ね」
「三毛猫だけど確かに珍しくはないわね」
生徒達がいろいろと囁く中でもアンナは満足だった。
何せ召喚に成功したからだ。
しかし彼女にとって更に嬉しい事実がルウの口から判明する。
「皆、アンナの使い魔『ジョルジュ』はとても貴重なんだ。三毛猫なのもそうだが、『ジョルジュ』のような牡の三毛猫自体が滅多に居ないんだよ」
「あ、ああそうかぁ!」「確かに!」
生徒達はルウに言われてから初めて気付いたようである。
それを受けて学級委員長のエステル・ルジュヌが呟いた。
「そう言えば聞いたことがあるわ。牡の三毛猫は滅多に生まれないので、その稀少性から東方の国では航海の守り神や幸せの使者と言われて、殊の外大事にされているそうよ」
エステルの言葉を聞きながらアンナの意識が遠くなる。
彼女は気を失ってゆっくりと床に崩れ落ちそうになった。
ルウがすかさず駆け寄って彼女の身体を支えたがその顔は満足そうな表情である。
使い魔を呼び出した彼女は魔力を消費し過ぎて、うっかりと『魔力切れ』を起してしまったのであった。
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